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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

異世界恋愛

冤罪で処刑された令嬢が、残した手紙。

作者: 秋野 夕



"この手紙が読まれているということは、私はきっともうこの世にいないのでしょう"




そう書き始められた手紙を俺が受け取ったのは、自分の幼い頃からの婚約者が処刑された数日後だった。



◆◆



ことの始まりは、異世界からとばされた少女が城に現れたことだった。名はサクラ。セイフクと呼ばれる不思議な衣服に身を包み、その異世界からの客人は俺の前に現れた。


サクラは可愛らしい少女だった。細い手足に、鈴が転がるような声。何とも庇護欲を誘う子だった。俺が彼女に惹かれるようになったのは時間の問題だった。


「殿下」そう呼ぶサクラの声は、春の日差しのようで。その声を聞く度に俺は温かい感情を覚えた。


暫くして、神官が神のお告げを聞いた。「異世界からの異邦人は聖女である。丁重にもてなせ」と。異邦人と言われれば、サクラ以外の誰も思い付かず、彼女は聖女として、この国に更なる繁栄を約束してくれる者として、国にとって国王と同等なほど重要な人物となった。


そんなサクラを害そうとする者が現れた。それが俺の婚約者だったアリアだった。アリアは人目が少ない場所でサクラに嫌がらせを行い、時には毒さえ盛った。彼女は否定したが、その言葉に耳を傾ける者はいなかった。勿論、俺も。


そして、数日前にやっと聖女の暗殺を企てた罪として、処刑台に立たされた。


彼女の最期は俺も立ち会った。その時には既に婚約は破棄していたので、俺は婚約者としてではなく、この国の王子としてその最期を見ていた。


静かな最期だった。騒ぐこともなく、「殺せ」と叫ぶ民衆に囲まれてもアリアは背筋を伸ばして立っていた。自分の死に際にここまで落ち着いていられるものなのか、と驚いた。


ギロチンの刃が下ろされ、そして…。彼女の首はコロリと落ちた。わぁっと歓声が上がる。呆気ない最期だった。


そして、今日。俺の元に死んだはずの彼女の名前で手紙が届いた。不吉だ、と騒ぐ使用人に口止めし、追い払った。俺は幽霊だとかそういうものを信じる質ではなかった。この手紙も処刑の数日後に届くように、あらかじめ出されていたものだろうと考えた。実際、その通りだった。


封を開けると、彼女が生前に書いた文章が綴られていた。





"この手紙が読まれているということは、私はきっともうこの世にいないのでしょう。


読まれている貴方はどなたでしょうか。私の知り合いの方ならば、この後は読まず、どうかこの手紙を殿下に届けてはいただけないでしょうか。


誓って殿下を害することはいたしません。ですから、親切な方、どうかこの手紙をあの方に届けてください"




ふん、と俺は鼻を鳴らした。誓って俺を害さないから?サクラを酷く追い詰めたお前が何を言う。そもそも手紙で人が傷つけられるはずがないだろう。そう思いながらも俺は続きを読んだ。




"殿下。私がこの度、筆をとったのは、他でもありません。貴方様にだけは、真実を知っていて欲しいという私の我が儘からでございます。


もし真実を全て知った上で、くだらない、と仰るなら。この手紙は暖炉の火の中にでも捨ててください。ただの馬鹿な女の世迷い言だと笑ってください。


だから、どうか最後までお読みいただけますようお願いいたします。


私が申し上げたいのは、サクラ様に関することでございます。異世界から来られたお方。あの方は予言の『異世界からの異邦人』ではありません"




サクラが予言の聖女ではない?驚くべき言葉に俺は思わず読む手を止めた。彼女が唯一の異世界人だ。何を言っているのだろうか。



"本物の予言の方は私が保護しておりました。新しく入った、私のお付きのメイドを覚えておいででしょうか。頬に傷のあるメイドでございます"



俺は、あぁ、と一人のメイドを思い出した。まだアリアの行いが明るみになっておらず、俺たちが婚約者だった時に見たことがあった。頬に酷い傷を負った女だ。こんな者を裏方ではなく、メイドとして働かせるなど、と苛立ったことを覚えている。


そして…そうだ。アリアの処刑の日。最後までアリアを庇い、泣き叫んでいたメイドだ。あまりに暴れるものだから兵士が取り押さえていたのだ。アリアの首が落とされた後は、まるで魂が抜けたように大人しくなったが。


…まさか、あのメイドが聖女だと?いや、そんなはずはない。髪がブロンドだった。サクラと同郷ならば、彼女と同じ黒髪のはずだ。


そう思って手紙に視線を戻すと"髪色が違う、と思われたことでしょう"とあらかじめ俺の考えなど読んでいたかのように、文字が続いていた。ひゅ、と一瞬息が止まる。




"髪は私がウィッグを渡しました。黒髪はこの国で滅多に見ませんから。目立たぬようにと。


サクラ様と同じ吸い込まれるような綺麗な黒の瞳は、彼女が偶然持っていた『カラーコンタクト』なるもので変えさせました。


瞳の色を変える、ガラスのようなものだそうです。異世界には珍しいものがあるのでございますね"




何のために。俺は答える口もない手紙に問いかけていた。




"どうして私が彼女を保護することになったのか。


偶然でございました。私が城に招かれたある日、サクラ様に刃物を向けられた彼女を見つけました。パックリ、と彼女の頬から血が流れ、サクラ様が持つ刃物には血がついておりました。


『異世界からの人間は私だけでいい。貴方はいらない。消えて』と、サクラ様は彼女に言い、殺そうとしておりました。


私は二人の間に割って入り、『彼女を城に近付けさせないから』、そして『異世界人であることを隠して過ごさせるから』、彼女を見逃すように約束させました。


そして私が彼女を保護し、メイドとして雇うことにしたのです"




それは俺の知らないサクラだった。彼女は平和な国で生まれ育ち、この世にある汚いものなんか知らないんじゃないかと思うほど、誰よりも優しく心が綺麗な子のはずだ。


城の使用人にも評判がよく、まさに聖女に相応しい少女だった。少なくとも、俺の知る彼女は。




"メイドの名は、ユウコ。心根のいい優しい子でございます。最初はただ故郷に帰れぬという彼女を同情で保護しましたが、会話を重ねるにつれて私たちは友人になりました。


ユウコも元の世界に帰る手段がない以上、メイドとして生きていくことに不満はないようでした。ユウコはメイドとして慎ましやかに生き、サクラ様は城で唯一の異世界人として過ごす。


この件はこれで終わり、と思っておりました。


しかし、神官様が異世界人は聖女であると告げてから。事態は変わってしまいました。聖女はサクラ様ではなく、ユウコだったからでございます。


ユウコはこちらに来てから、予知夢をよく見ると言いました。明日は雨が降るという小さなものから、一ヶ月後誰が命を落とすかという大きなものまで。そして、そのすべてが当たっておりました。


ユウコが聖女だと分かったのでしょう。サクラ様は私たちを陥れようとし始めました。最初はユウコが狙われておりましたが、次第に彼女を守る私が狙われるようになりました。


城で流れる噂はすべて事実無根でございます。おそらく、サクラ様が流されたものだと私は考えております"




すべて嘘。アリアに嫌がらせを受けていたという話も、毒を盛られたということも。


証人はいた。その光景を見たという者が何人も。だが、そのほとんどはサクラの側にいる使用人たちではなかったか?彼らが全員嘘をついていたのなら。十分に、あり得ることだった。


まさか…。どっ、と心臓が大きく鳴った。上手く息が吸うことができなくなった。俺は重大なことを間違ってしまったのではないだろうか。


この手紙に書かれていることが本当なのだとしたら、俺は無罪の婚約者の手を離し、彼女を処刑させてしまった。無実のアリアを。




"殿下がサクラ様に惹かれていたことは気付いておりました。サクラ様は魅力あふれるお方。殿下が惹かれるのも無理からぬことでございましょう。


殿下が幸せになれるのでしたら。私は潔く身を引こうと思っておりました。


…ですが、どうしても思ってしまうのでございます。サクラ様は本当に貴方様の伴侶、次の国の母として相応しい器を持っていらっしゃるのだろうか、と。


申し訳ありません。思慮の浅い私めの考えでございます。


この手紙を書こうと決めたのは、ユウコのおかげでございます。夢で私が処刑台に登るところを見たと、泣きながら教えてくれました。ならば最後に何か残そうと、今この手紙を書いております。


もし貴方様がこの手紙を信じてくださるならば。…ユウコのことを気にかけてやってくださいませんか。私という後ろ楯がなくなれば、次に狙われるのはユウコでございましょう。


あの子の力は、きっと国の宝となります。貴方様の決して小さくはない助力となるでしょう。だから、どうか。…私の大切な友人を助けてください"




手紙に書いてあったのは、命乞いではなかった。俺やサクラへの恨み言でもなかった。ただ異世界から来た友を気にかける言葉だけだった。


そうだった。アリアはこういう女だった。強く、優しい、次期妃に相応しい女だった。…気にくわないからと、嫌がらせなどという陰湿なものを好む人間ではなかった。


手紙は二枚あった。俺は震える手で二枚目を読み始めた。




"手紙は二枚。一枚は先ほどのもの。


そして、この一枚は私から殿下への、最初で最後の恋文でございます"




二枚目の手紙はそう始まっていた。




"私が貴方様にお会いしたのは、七歳になった誕生日の日でした。その頃の私は人見知りが酷く、沢山の大人の方々に囲まれて、顔を真っ青にして怯えておりました。


恥ずかしいことですが、自分よりもはるかに身長の高い大人の方々が、小さな当時の私には巨人のように思えたのです。怖くて、怖くて、涙がこぼれてしまいそうでした。


そんな私に「大丈夫か?」と声をかけてくださった殿下を見た時、私はほっとしたのでございます。貴方様が握ってくださった手は温かく、緊張で固まった私の心を柔らかくしてくれました。


私が貴方様に恋をした、きっかけでございます。


その後幸運なことに、貴方様の婚約者に選んでいただき、まさに天にも昇る気持ちでございました。


貴方様の隣にいても恥ずかしくないようにと、私は変わる決意をいたしました。人見知りをなおし、人前で緊張する癖をなおし、勉学に励みました。


私に変わるきっかけを与えてくださったのも、他でもない貴方様でございました。


努力のおかげが、少しは己なりに成長できたのでは、と思っております"




アリアが好意を寄せてくれていた。その事実に俺は動揺した。確かに昔は頼りない少女だったが、歳を重ねるにつれて婚約者として申し分ないほど、完璧な令嬢になっていた彼女。


俺たちの婚約は政略結婚だ。親たちが勝手に決め、俺たちはただ了承するしかなかった。


嫌われてはいないのだろうと彼女の態度から思っていたが、好かれているなんて思いもしなかった。




"殿下の不器用な優しさが大好きでした。


私が風邪をひくと、私が好きだと言った花束を匿名で贈ってくださいました。


貴族の娘が料理など許されるはずがないのに、手作りの菓子を美味しいと言ってくださいました。


私が転ぶと無言で手を差しのべてくださいました。


私が失敗しても、気にするなと言ってくださいました。


私が怖いと思ったら、手を握ってくださいました。


そんな優しい貴方様が大好きでした"




それには、恋を知ったただの少女の想いが綴られていた。婚約者として恥ずかしくないように完璧に書かれた手紙ではなく、思いのままに書かれた手紙だった。


俺にとっては小さなことだった。花束も、菓子を食べたのも、手を差し出したのも、気にするなと言ったのも、手を握ったのも。大したことをしたつもりはなかった。


それをアリアは、まるで宝物のように思い、お礼を書いていた。



"私に恋を教えてくれて。


私に変わるきっかけをくれて。


私の側にいてくれて。


私の婚約者になってくれて。


貴方様は私に沢山のものを贈ってくださいました。


本当にありがとうございます"




二枚目の、俺あての最後の手紙はこう締め括られていた。




"殿下。貴方様はきっと素晴らしい国王になるでしょう。


怯えてばかりの女の子だった私を導いたように、沢山の人を導いて行くのでしょう。


殿下が治める平和な国を見れぬことだけが、唯一の心残りでございます。


殿下。ずっとお慕いしておりました。


貴方様の未来に幸多からんことを、心より祈っております"




一枚目に比べればあまりにも短い、恋文だった。ポタッ。水滴が紙を濡らす。俺の目からこぼれた涙が紙を濡らした。



「は、ははっ…はは…」



笑いが込み上げてきた。くつくつ、と腹の中から笑いが込み上げてきた。しかし、それは彼女に対してではなく、愚かな己に対しての嘲笑だった。


つまり、つまりはだ。


アリアは濡れ衣を着せられて殺されたわけだ。聖女を殺そうとした悪女として、全国民に恨まれて、石を投げられて、唾を吐きかけられて、首が落とされるのを喜ばれて…殺された。


誰も信じなかった。ユウコという彼女の友人を除いて。誰も。


俺もサクラを信じて、アリアを罰した。許されないことを、した。


後悔してもしきれない。


唇を強く噛むと、血の味が広がる。


手紙を持つ手は震えていた。



「なぁ、アリア。お前はどれだけ苦しんだんだ?なのに、どうしてこんな優しい文章が書ける?好きだった?どうして、そう言ってくれなかったんだ…?」



言ってくれたら、俺だって――――――。


そこまで考えて、自分の考えの卑しさに吐き気がした。俺が彼女を責める資格などない。


立ち上がり、俺はドアに手をかけた。


俺ができることなど。残された、俺ができることなど。たった二つだけだ。


俺は手紙を見つめて静かに言った。



「アリア。約束しよう。お前の友は俺が必ず守る。そして、お前の汚名をそそごう。サクラにもしかるべき処罰を与えよう。許してくれとは言わない。俺はお前に憎まれるべきだから。だから…どうかもうゆっくり休んでくれ」



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― 新着の感想 ―
[一言] クズどもぶち殺してから首かっ切って死ねってレベルで無能だから悲恋と言われて何ほざいてるんだこのカスはとしか思えない この間抜けは生まれた時に臍の緒で首をくくって死んでおくべきだったな
2021/04/29 01:03 退会済み
管理
[一言] とても感動した
[良い点] 割と性格の悪い自分としては、アリア嬢の復讐のエグさにちょっとときめきます。 いや、だって手紙キレイ過ぎだし。 王子に自分は無能な働き者で、女に鼻毛読まれて簡単に転がされる愚物だってことをオ…
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