森の中から
昔、ある国に武道の達人であり天才的な頭脳も持った王子がおり、次々と周辺国を征服していった。
ある日、新たに征服した国を視察していた王子は、鬱蒼とした森の側を通った。すると、中から女の泣き声が聞こえた。
森の中に入って泣き声のする方向へ進むと、美しい泉が現れた。そのほとりの倒木の上に腰掛けて若い女が泣いていた。
「どうしたのだ?」
声を掛けると女は振り向いた。柔らかく波打つ金色の髪。涙で濡れた大きな瞳は菫色であった。透き通るように白い肌、桜色の頬。王子は女の顔があまりにも美しかったので一目で恋をした。
「何故泣いているのだ?」
女は喋らない。その代わりに、王子の手を取って両手で包んだ。その途端、頭の中に声が響いてきた。
(私は話す事が出来ません。こうして触れている間だけ、あなたに言葉を届けることが出来ます)
「そうか、話せないのか」
女は頷いた。そして身の上を頭の中で話した。この国で生まれた女は戦により家族を全て失った。口のきけない自分は一人では暮らしていけないと絶望して泣いていたのだと言う。
「では、私がそなたを引き取ろう。王宮で暮らすが良い」
そう言って手を取り立ち上がらせようとしたが、女は首を振った。
「何、歩くことも出来ないのか。何という不憫な」
王子は女を抱き上げ、歩き出した。
「名は何と言う。フリージアか。良い名前だ」
そうして王子は女を馬に乗せ、王宮へ連れて帰った。
それからというもの、王子は人が変わってしまった。フリージアと部屋に入ったまま全く出てこず、会議にも視察にも興味を示さなくなった。
「王子よ。北の方で反乱が起きている。鎮圧して欲しい」
王が何度も懇願し、ようやく王子は部屋から出て来た。
「わかった。二日で帰ってくる。誰も部屋に入れるな」
急いで支度をすると王子は軍を率いて飛び出して行った。
王はフリージアに魅了されてしまった王子を嘆きながらも興味を持った。そこで部屋に入ってみると、王も出て来なくなった。討伐を終えて王子が帰ってくると、部屋に王とフリージアがいた。王子は怒り狂い王を剣で真っ二つにした。そして王宮にいる全ての男を殺し、城に火を放った。王子は微笑みながら死んでいた。
「我が国を滅ぼした報いだ」
あの森で遠い昔に封印されていた箱を開けた男が呟いた。その箱には『傾国の妖女』が入っていたのだ。
その後、妖力を取り戻した女が次の勇者に封印されるまで、世界は混迷を極めたという。




