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5 パラレルワールド

 さまざまなフィクション作品にも取り上げられているが、パラレルワールド(並行世界、とも呼ばれる)とは、時空の流れが分岐することによって生じた・生じる世界のこと・およびその概念である。別の表現をすれば、「過去に分岐した、この世界とは違う世界」である。簡単に説明できるものでもないが、分かりやすい例を挙げると以下のようになる。


 たとえば、私は今日朝ご飯に米(と、納豆、焼き鮭とヨーグルト)を食べた。私がいま認識しているこの世界線では、私は米をを食べたことになっている。しかし、私が米を食べる必要性はない。私が朝ご飯に、いちごジャムをぬったパンとゆで卵を食べていた可能性もあるわけである。


 この場合、朝ご飯の選択で、「私が米を食べた世界線(これが、私が今いる世界線)」「私がパンを食べた世界線」が分岐したことになる。他にも、「私がカップ麺を食べた世界線」「私は何も食べなかった世界線」という分岐も考えられる、ということだ。


 この概念により、タイムパラドックスの問題、いわゆる"親殺しのパラドックス"の問題は一応解決する。親を殺した世界線は親を殺した世界線として続いていくだけであり、私が元々いた世界には何も起きない、ということになる。


 ガルシア・フォーゲルの理論が説明するところによると、この説が一番有力なようだ。ただ、まだ実験の観測データと言うのは得られていないようだった。


 他の理論を上げると、、過去を変えるとダイレクトに未来が変わり、存在が消えてしまうという説がある。この例でいうと、親を殺すと、私の存在が消えてしまう。そのため、殺された親は不可思議な死を遂げたように見える、と言った理論だ。子どもの頃に読んだ漫画にも、そのように描写されているものがあった。


 他にも、さまざまな理論・説(もちろん、多くは憶測の域を出るものではない)が存在する。例えば、ちょっと前の漫画・及びアニメ作品「ラストラベンダー」(シリアスではなく、コメディー作品だが)で、主人公グループのなかの一人がいなくなってしまった、という事件があった。調査してみても原因が不明なので、主人公は、仕方なく過去に戻り、そのメンバーを未来に救出した。その話のオチは、「メンバーがいなくなったのは、主人公がそのメンバーを未来に連れていっていたから」ということが判明する、というものであった。


 

 理論上もっとも有力視されている説は、「パラレルワールド理論」に一ひねりを加えたものだ。それは、「時空は進むべき方向に進む性質を持っている」という要素だ。


 ドラえもん(22世紀から来た青色のネコ型ロボット、および彼がメインキャラとなっている作品の名称)で説明しよう。作中で、セワシ君(主人公のび太の孫)は、「ジャイ子と結婚する未来」を変えに過去に戻り、ドラえもんを彼のもとにおいた。


 セワシ君、およびドラえもんから説明を受けたのび太は、「ジャイ子と結婚する未来が消えたら、セワシ君はいなくなっちゃうんじゃないか」と問い詰めた。それに対してセワシ君は、「東京から大阪まで行くとき、どのようなルート(例:飛行機、電車、バス、徒歩)をたどっても、道が正しければ必ず大阪までたどり着く」という返答をした。


 これ(説明および、ジャイ子と結婚した未来)自体、セワシ君とドラえもんによる嘘という説があるが、それは話が逸れるのでわきに置いておく。とにかく、簡単に言えば、ガルシアフォーゲルの理論は、上に述べた、ドラえもんの「大阪理論」に近いものだいうことである。


 難解な言い回しになるかもしれないが、過去を変えると、"その世界線内で"未来が変わるが、最終的にはその世界線も「介入される前と同じ」世界に収斂しゅうれんする。もちろん、未来から来た私たちは"その世界線"の存在ではないので、我々がいた世界線が変わることはない、という論理だ。


 しかし、いつだったか放送されていたアニメで、のび太の介入によりのび助(のび太のパパ)及び玉子さん(のび太のママ)が結婚しなくなりかけた。そのとき、のび太の存在が薄くなった、という描写がなされているシーンがあった。


 これは、セワシ君の場合とは違い、一世代で修正することは難しいからであろう。しかし、これが祖父母、または曾祖父母を殺した場合であれば(そのような描写はアニメにはなかったが)また違う結果になるのだろう。


 これは理論により有力とされているものとは異なる。理論によれば、実際に親の結婚を食い止めても、子の存在が消えてしまうことはない、とされている。


 時間の流れは川の流れのたとえを用いて説明されることが多い。川は基本的には山から海へ向かって流れており、普通は逆流することはない。その流れを人工的に逆走するための装置がタイムマシンである。川はときに分岐し、ときにひとつにまとまる。最終的に海に流れ出るのはどの支流でも同じということだ。


 「その始まりはどうなっているのか?」「海へ流れ出た後はどうなるのか?」という問題はあるが、川の流れを想像するとわかりやすいだろう。


 過去に戻って川の流れを変えきることは困難だ。一部の水を新しい支流に流しても、残りの水は本来進むべきだった、我々の知る時の流れにあたる部分を流れる。川の流れをせき止めようとしたとしても、時の流れの勢いはすさまじいので、結局せき止めるための木材は流れていくだろう。そして時間はそのまま流れていく、ということだ。


 もちろん、理論的にわかっていることは多くない。もしかしたら、過去を変えるとダイレクトに未来が変わる、または過去は変えられないといった単純な仕組みを時空は持っているのかもしれない。



 自分でも考えすぎて分からなくなってしまった。気づいたら19時。夜ご飯にちょうど良い時間になっていた。私は、焼きそばを作るために台所に移動した。

 

 焼きそばのつくり方はいくつかある。これよりおいしい作り方もたくさんあるだろう。ただ、私が大学生のころから焼きそばを作ってきたこの方法が、私の中でのスタンダードとなっていた。


 まず、フライパンに油を小さじ一杯ほどひく(必須ではない。なくても大丈夫)。 そのフライパンの上で肉・もやし・ほうれん草・ソーセージ(・ニラ)を炒める。私は納豆が好きなので、ここで納豆をよく混ぜたものを投入してよく混ぜている。


 じゅうぶん時間がたって、肉の色が完全に変わった・もやしの体積がじゅうぶんに減ったら、次に、ソース焼きそばの麺を投入する。そこに、水を50mL(一人前の場合。二人前なら100mL弱)ほどいれる。麺をかき混ぜ、いい感じに柔らかくなったら粉ソースをまんべんなく振りかけてまたよく混ぜる。そこから1分ほどで完成と言う流れだ。


 お皿に盛りつけた後、ネギを適量振りかける。


 正直、適当と言う感じは否めないだろう。ただ、誰かに食べさせるというわけでもないので、私としてはこれでも満たされていた。

 

 私は焼きそばを食べ終え、食器を洗い自分の部屋に戻った。

 

 ガルシア研究所に入所する以前・以後で自分が変わったとは思えない。しかし、研究所に明確な目標がある以上、前の会社に比べて頑張れるような気はしている。それを自分が変わったという言葉で表現するのは違う気がどうも否めない。


 これから長い道のりになっていくだろう。その間で少しずつ変わっていくのかと思う。私はほうじ茶を飲みながら、将来について何となく考えていた。

 

 気づいたら21時だ。私は日課のゲームを済ませてお風呂に入り、シャワーを浴びて眠りに着いた。

 

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