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1 きっかけ

 2032年の5月。大学同期の新藤励喜(しんどうれいき)から、話があるといわれ蕎麦屋に誘われていた。私は車で蕎麦屋まで来ていた。その店自体は普段からきている場所ではあるのだが、話をすることが目的で訪れたのは初めてだった。


「あ、筒井さん、新藤さんですね。いつもありがとうございます」


 私たちを認識するなり、店員さんは声をかける。40も半ばといった風貌で、少しばかり筋肉質だが落ち着いた物腰で話す、身長が私と同じくらい(180cm強)の男性だ。私たちは、すでに名前を覚えられているほどの常連となっていた。


「お茶はいかがでしょうか」


 私も新藤も、冷たいそば茶をお願いします、と頼んだ。店員さんはペットボトルに入ったそば茶を運んでくる。私はふたをあけ、氷を入れたグラスに中身を注いだ。


「いつもの、マグロの刺身と、サツマイモの天ぷら、あとせいろ蕎麦の大盛りをふたりぶんお願いします」


 新藤はいつも通りの調子でオーダーを行う。そこには、何か重要なことを話そうとしている、という雰囲気は一切感じ取れない。私はおしぼりで手を拭いたのち、新藤に話の目的を聞いてみた。


「で、話って何?」


 私たちは兄弟のように仲が良く、何でも話せる関係であるが、別に付き合っている・恋愛感情を抱いているというわけではない。何だろう、と思いつつも、疑うことはなく私は蕎麦屋に来ていた。


 新藤はなかなか話をしようとしない。店の中は聞いたことあるような、それでも曲名は思い出せないような音楽のジャズアレンジが流れている。


 新藤は一口飲み、ゆっくりと口を開いた。


「こないだ、タイムマシンの理論が発表されたのは知ってるよね?」


 私は身構えていたが、新藤はいつも通りの口調で話をした。表情こそ真剣であるものの、何か重要なことを話そうという雰囲気は、彼の表情からは見て取れない。


「うん」


 私は返事をする。彼は続けて話した。


「あれを受けて思ったんだけど、タイムマシンの研究施設を建てようかなって、ガルシア先生が考えてるって話を聞いて。知ってると思うけど、僕自身、ガルシア教授の研究室だったからね。それで、彼が研究所を設立する、みたいな話になって、よかったら仲間を誘ってくれないか、って言われたんだよね。それで、まずは一番興味ありそうな君がいいんじゃないかなって思って。興味あるよね?」


「うん」


「でさ、よかったら筒井も一緒に初期メンバーになってみない? 理論とかよく分からないかもしれないけど、それでも大丈夫だから。ちゃんとサポートしていくって言ってたから」


 私は、少しばかり興味があったので、考えておく、とだけ言っておいた。


「ありがとう、詳細は後日話すから、また良ければ、メッセージ確認してね」


 新藤はそう言って、運ばれてきた刺身を口に運んだ。私は刺身自体が嫌いというわけではないのだが、寿司があまり好きではない。ワサビが入っているものは絶対に食べられる気がしないと思っている。


 私は、刺身にしょうゆをつけて食べた。新藤は、ワサビもつけなよ、子どもじゃないんだから、と言ってくる。


「コーヒーが飲めるようになったり、シイタケが食べられるようになるのって、大人になって味覚が鈍ったかららしいよ」


 私は本当かどうか知らないがどこかで聞いたことがある話を新藤にしてみる。彼は笑いながら刺身をもうひときれ口にした。



 数週間前。朝起きると、テレビでニュースが放送されていた。それぞれスペインとドイツの科学者、アントニオ・ガルシアとギルバート・フォーゲルが、タイムマシンが可能だとする論文を出した、というニュースだ。


 タイムマシンは、子どものころからアニメやSF作品の影響であこがれていたが、現実にはまず無理だろうと思っていた。私は、理解することはできなかったものの、その記事を読み込んでいた。


 掲示板やSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)でもかなり盛り上がっていたが、難解さという壁もあり、すぐに話を聞かなくなってしまった。私にとっても、別に関係のない話、程度の認識だった。


 新藤と私は大学1年生の夏休みの講義で知り合った。学部・学科・コースまで同じで、取っている授業も(話す前から)多くがかぶっていた。私たちは兄弟のように仲が良かった(そして、今もよい)が、恋愛感情というのが芽生えたことはこれまで1度もなかった。


 卒業後、私は地元の会社に就職したが、雰囲気に今一つなじめず、今のところ退職を考えているところだ。地元では名が知られる企業ではあるが、そこまで大企業というわけでもない。新藤は、これから先も研究者として人生を過ごしていくことに決めていたようだ。


 



「足引っ張るかもしれないけど、大丈夫?」


 私は不安になって聞いてみた。新藤は、大丈夫だから、気軽に、と言ってくれた。


「ありがとう、考えてみる。もし入ることになったら、これからもよろしくね」


 新藤は、こちらこそよろしく、と声をかけてくれた。話をつづけていると、蕎麦が運ばれてきた。私は蕎麦猪口そばちょこにつゆを注ぎ、ワサビをよけてネギを投入した。


「またワサビよけてる。食わず嫌いはよくないよ」


 新藤は私の様子を見て笑う。彼はワサビも入れたようだった。確かに、ここ5年ほどワサビを食べた記憶はない。私は新藤に、それもらってもいいか聞いてみた。


「じゃあ。ワサビ入ってるの一口食べていい?」

「いいよ」


 新藤の許可を得て、ワサビが入っているつゆでせいろ蕎麦を食べた。鼻にツンと来るあの風味は、私は一生かかっても慣れる気がしない。私は眉をひそめたような表情をしてしまった。


「あ、だめだ」


 ワサビの辛さは後を引かない。それはいいかもしれない(別に、辛い物が苦手というわけではないし、むしろ好きだ)が、私にとっては無理だった。私はそば茶を飲み、ワサビの風味を洗い流した。


「まあ、そのうち食べられるようになるよ」


 新藤は励ましてくれるが、私としては一生かけても克服できないと確信していた。私は、そばに唐辛子を振りかけた。


「唐辛子は大丈夫なのに、ワサビは苦手なんだ」


 新藤は煽ってくる。そもそも唐辛子の辛さ成分(カプサイシン)とワサビの辛さ成分(アリルイソチオシアネート)は根本的に異なる物質である。単純に比較できるものでもないのだ。


 私はそばをすすりながら食べた。私自身、高身長(183cm)ということもあるからなのか、人に比べて比較的多く食べる方だと思う。私と新藤はほぼ同じタイミングで食べ終えた。


「こちら、蕎麦湯になります」


 私たちがせいろそばをちょうど食べ終えたタイミングで蕎麦湯が運ばれてくる。蕎麦湯にはビタミンB1やB2といった栄養が多く溶けていて体にいいと聞いたことがある。私たちは、残ったそばつゆを割って飲んだ。少しばかりしょっぱいが、それがまたおいしい。


 蕎麦を食べたことによって、今週分の疲れが取れたような気がした。私たちはそれぞれ自分の分の会計を済ませ、店を出ていった。私たちはそれぞれ車で蕎麦屋まで来ている。私は、じゃあね、と言って車を操縦しながら、今後どうするかを考えていった。


 タイムマシン。正直興味はあるので、私は研究に参加したいとは思っている。ただ、分からないことも多く、失敗することもあるかもしれない。ただ、私は、今のところは結局人類の夢であるタイムマシンに対する好奇心が勝っている気がする。


 私は車を運転し、家まで向かっていった。その蕎麦屋はK県K市に位置しているが、私の家はK県Y市にある。ただ、蕎麦屋からK市とY市の境(川がある)まではたったの100m弱であり、実質意識などしていないに等しかった。


 車15分ほどで、私のアパートに着く。一人暮らしで独身だが、恋人がいるわけでもないので、一人で住む場所としては十分な広さだ。私は、車をとめて家の中に入っていった。


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