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63 悪夢の箱(2)



 ぱちぃーーーーんっ!


 そんな間抜けな音とともにその闇は霧散していく。

 視界が明瞭になっていき、夕暮れが差し込む廊下の風景に戻った。私とヴィンセントがほっと息をついたのも束の間、廊下には真っ白なドラゴンが宙に浮いており、ぎょっと目を剥いた。


 猫ほどの大きさで首元には赤い石がついたチョーカーがされている。ドラゴンは深紫色の瞳を私達に向け、文句ありげに「グゥ……」と唸る。


「お疲れ様、セピア」


 ジェットは呼びかけ、ドラゴンは彼の肩に留まり頬ずりをしていた。

 私は初めてみるドラゴンをまじまじと見つめてしまう。ドラゴンなんて早々お目にかかれる生き物ではない。ヴィンセントもそれは同じだ。


「ジェ、ジェット……なんでドラゴンなんて……」

「ああ、彼女はボクの相棒なんだ」


 ドラゴンの喉を撫でながらジェットはそう答えると「あ、そうそう」と廊下の隅に転がっている物を拾って戻ってくる。


「はい、これがこの学園を騒がせた犯人だよ」


 ジェットがつまんで私達に見せたのは蝙蝠のような羽がついたハムスターのような生き物だった。

 新聞紙で思いっきり殴られて気絶しているのか、綺麗に伸びている。


「なんだ、この生き物?」

「さっきの黒い靄の正体で、悪夢だよ」

「え、こんな可愛い生き物が!?」


 私はまじまじと悪夢を見つめる。骨ばった翼は少し気味の悪さがあるが、手のひらサイズのまるっとした体格と短い手足はとても愛らしい。


「うん。この国ではあまり馴染みがない生き物らしいね。まあ、見ててよ」


 彼は目が覚めた悪夢の頭を下に下げ、押し出すように背中を叩いた。すると、悪夢の口からころんと黒いものが転がり出た。それは真っ黒な石のようにも見え、ヴィンセントが眉を顰める。


「なんだこれ?」

「人の心だよ」

「はぁっ!?」


 この小さくて石ころみたいなものが人の心だなんて思いもしなかった。彼はその石を再び悪夢の口に押し込むと、ポケットから氷砂糖を取り出して悪夢に与える。

 ガリガリとハムスターのように氷砂糖を頬張った悪夢は、ぺっと何かを吐き出した。


「はい、心のお掃除が完了」


 真っ黒だった石はまるで汚れが落ちたように真っ白に変わり、さらさらと崩れていった。


「き、消えちゃった……」

「うん、それでいいの」


 ジェットは悪夢を鳥籠ではなく、トランクに入っていた折り畳み式の小さなゲージに入れながら言うとヴィンセントが「もっとちゃんと説明しろ」と眉を吊り上げた。

 ジェットはやれやれと肩をすくませ、壁に寄りかかる。


「ボクの国では、悪夢は心の掃除屋って言われてるんだ」



 彼の国では『悪い子は悪夢に食べさせてしまえ』という言い伝えが残っている。夜、癇癪が激しい子や悪ガキの枕元に悪夢寄せの飾りと甘いものを置いておくと、悪い心を食べ、心を綺麗にしてくれる。そして、朝になると子どもは悪夢を見たと泣いて起きるのだという。だから悪夢と呼ばれている。


「悪夢は悪い感情というか負の感情を持つ人間を好んで襲って魔力を奪うんだけど、なんでかたまに心まで奪い取ることもあるんだよね」


 心を奪われると目を覚まさなくなるが、しばらく悪夢の体内に滞在した心は、綺麗になって吐き出される。綺麗になったからと言って、人間性や性格が変わるのではなく、憑き物が落ちたような爽快な気分になるらしい。ただ、自然に心が綺麗になるまでの時間がまちまちなので、その間に衰弱死する例もあった。昔の人は甘いものを与えると時間短縮させられることを知ったらしい。


「ボクの妹も悪夢に付き纏われた時期があって、ボクはこの子達と一緒に悪夢を捕まえたり、追い払ったりしてたの」


 鳥籠に入ったペットを使い、縄張りを荒していると勘違いさせ、あぶり出した野良悪夢達をドラゴンで追い回す。


 そうすれば、ここは危険だと学習し、悪夢は寄り付かなくなるのだ。


 まるで鷹匠だ。

 私が感心して聞いているとヴィンセントも同じように頷いていた。



「じゃあ、その経験を買われてシヴァ兄に協力を依頼されたのか?」


 ヴィンセントがそういうとジェットは遠い目をして乾いた笑いを漏らす。


「まさか、むしろ面倒で悪夢の仕業だって黙ってようと思ってたくらいだよ。どうせ心なんてお菓子をばらまけば戻ってくるわけだし」


 わざわざドラゴンを使って鷹匠の真似事をする必要はない。ではなぜ、シヴァルラスに協力したのだろう。私の顔を見て察したジェットは言った。


「この間、遊びに来た身内に売られたの」


 遊びに来たのはジェットの兄姉きょうだいでシヴァルラスが学園で起こっていることを伝えたら2人はジェットの肩を叩いてこういった。



『きっと悪夢の仕業だろう。うちの専門家を紹介しよう』

『弟のジェットです』

『え?』


 そのままとんとん拍子に話が進められそうになり、他国まで来て悪夢の世話なんてごめんだと、断ろうとしたジェットに2人はさらに追い打ちをかけた。


 ジェットがこの国でやらかしていることは全て家族に伝わっていた。


 学校で問題行動を起こしまくっていること。

 成績は首位を保っているが、まったく授業を聞いていないこと。


 実は、ジェットは自国の魔法学院は不登校気味で、成績はわざと落第スレスレ保っていたらしい。ずっと魔法の才能があることを隠し「この学院では勉強が追いつかない」と大嘘をついて、この国へ遊学の許可を得た。しかし、遊学直前でジェットの才能がバレて、魔法学院の上層部は大激怒。


 おまけにジェットがまじめに授業を受けてないと知った上層部は『ジェット・アンバーを持て余しているなら国に返せ』と言ってきているらしい。


『遊学するならそれなりの功績を残してこい』

『そうね、いっぱいお世話になっているみたいですし、ちゃ~んと恩を返してくるんですよ?』


 たまたま自国で寂しがっていた相棒のドラゴンもつれてきており、上2人には逆らえない弟は仕方なく首を縦に振るしかなかった。


「とまあ、こんな経緯だよ」


 彼が遊びじゃないと言ったのは国に連れ戻されるかもしれないからだったようだ。まさかの理由に脱力を覚え、私の隣にいたヴィンセントも頭が痛そうに手をやっていた。



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