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33 悪魔付き令嬢、仕事をする。



(ふっふっふっふ……来たわよ! 来たわよ~っ!)


 事故ちゅー未遂事件から5日、私は自らイベントを発生させることを成功させた。


 それも「私、できない子なんですイベント」である。


 クリスティーナは完璧な淑女。平民育ちのヒロインにとって高い……いや、高すぎる壁である。

 そんなクリスティーナはシヴァルラスルートで活躍するが、実はちょくちょくと他のルートでも淑女のライバルとして現れるのである。


(完璧な淑女のクリスティーナにとことん実力の差を見せつけられて落ち込んじゃうのよね)


『私、できない子なんです。魔法も上手く使えないし、淑女としてもダメなんです』


 そう泣きながら落ち込むヒロインをヒーローが励ましてくれる胸キュンイベント。それが「私、できない子なんです」イベントだ。


 私はこれを発生させる為に、いつも以上に淑女として振舞った。ジェットに「クリス、また知恵熱でも出した?」と熱を測られるレベルで頑張った。


 おそらく、私が叩き起こしたのはグレイムルートのイベントだろう。この5日彼女と1番接点があったのはグレイムだからだ。


(はぁ~、どうせならシヴァルラス様のイベントが見たかったなぁ~)


 ようやく昼食会イベントが発生したくらいだ、他のヒーロー達より遅れているのは承知の上だ。


 それにこのイベントが発生したからといって他のルートに行けないわけではない。


(自分でイベントを立ち上げられることは分かったわ。このままイヴをシヴァルラスルートへ引き込むのよ!)


 グレイムルートのあらすじはこうだ。


 幼馴染であるグレイムと喧嘩別れをしていたイヴは学園で再会し仲直りする。しかし、イヴは侯爵令嬢、グレイムは平民。男女が2人きりで過ごしていると知られれば瞬く間に噂が広がってしまう。そこで2人はこっそり庭園で会う約束をしてイヴの手作りお弁当を食べるのだ。


 今日の彼女は少し落ち込み気味で、さらに大きなバスケットも持っていた。きっと今日がイベントの日だ。


 今日の悪役令嬢の仕事はただ1つ、庭園でイヴと鉢合わせることである。


 このイベントではクリスティーナに実力の差を見せつけられたイヴは、周りから「平民育ちに侯爵家の令嬢が務まるわけがない」と陰口を叩かれ落ち込んでしまう。


 彼女はグレイムとの約束の場所へ行くと、たまたまクリスティーナと鉢合わせるのだ。2人分の食事が入っている大きなバスケットを持つイヴを見て、クリスティーナは事情を察し「その量を1人で食べるなんて意外に食いしん坊ですね。大丈夫、誰にも言いませんのでどうぞごゆっくり」と言って立ち去る。


 これはクリスティーナなりの気を遣った言い回しだったのだが、イヴは嫌味と受け取り、今までのストレスやらなんやらを爆発させるのだ。


(このイベントも最高なのよね!)


 私の最推しはもちろんシヴァルラスだ。しかし、その次に誰のルートが好きかと問われるとどれも甲乙が付け難い。


 私はそんな事を考えながら庭園に辿りつくと、手ごろなベンチを見つけて腰を下ろした。


 そして、作りかけのシヴァルラス人形を取り出す。


(今日はジェットもヴィンセントとシヴァルラス様を連れて男子会みたいなのをやるって言ってたし、邪魔者もなく悪役令嬢の仕事ができるわ。さあ、いつでも来なさいイヴ!)


 私はシヴァルラス人形をちくちくと作りながら待つことにした。


 しかし──


「なんで来ないのよ!」


 もうかれこれ数十分は経とうとしているのに、イヴどころかグレイムすらこない。


 前にも同じような苦しみを味わったような気がするが、今はどうでもいい。


(なんで来ないのよ! 昼休みが終わっちゃうわよ!)


 せっかくジェットもいないというのに、これでは無駄足ではないか。ジェットに「クリス、自分の手料理でも食べたの? 頭、大丈夫?」と言われながらも頑張った淑女活動が台無しである。


(イヴ、一体どこで油を売ってるのよ! 私に仕事をさせて!)


 私がそう内心で叫ぶと、遠くの方から声が聞こえてきた。


「貴方、最近調子に乗ってるんじゃなくて!」

(ん? 何?)


 そのヒステリーめいた声を私はどこかで聞いたことがある。


 私は耳を澄ませると他にも複数の声が聞こえ、その場所に足を延ばした。木影に姿を隠しながらその場所を覗き込むと、複数の令嬢に囲まれたイヴの姿が。


「シヴァルラス様にまでちょっかいを出すなんてどういう事ですの!?」

「そ、そんな……ちょっかいを出すだなんてっ!」


 令嬢達に囲まれたイヴが小さく怯え、涙を浮かべている。


(えぇっ……なにこれ!?)


 イヴに当たり散らしているのは、私と同じシヴァルラスの婚約者候補達だ。彼女達の出番は主にイヴがシヴァルラスルートに入った時。グレイムルートでは登場しないモブキャラクター達のはずである。


(え、まさか、このイベントって!?)


 私はこの光景を知っている。このイベントが大好きで前世の私は何度もゲームでイベントを再生していたのだ。


「あんな騒ぎまで起こしておいて、シヴァルラス様にお茶のお誘いをしたんですってね! 令嬢としてあり得ませんわ! 貴方、侯爵家の令嬢として自覚が足りなさすぎるんではないの!」



(シヴァルラスルートのイベントだとーーーーっ!?)


 なんてことだ。グレイムルートのイベントを叩き出したと思ったらまさか推しのイベントを発生させてしまったとは。


(ひえぇええっ! しかも、リアルで見ると怖い!)


 ゲームでは「あーハイハイ」と聞き流していたが、リアルで見るとすごい迫力だ。

 おまけに彼女達はクリスティーナに負けず劣らず、家柄もよく令嬢としても申し分のない……言ってしまえばラピスラズリ家の肩書だけ背負っているイヴよりも遥かに格上の存在だ。


「そうよそうよ! それに私は見ましたわ! シヴァルラス様だけに飽き足らず、ヴィンセント様やジェット様にまでお誘いをしたんですよ!」

「まぁ、なんて手の速い事! 平民育ちはこれだから!」


 令嬢達の怒りがヒートアップし、さらにヒステリックに声を荒上げた。


「貴方の不祥事に対して、己を殺してまで許したクリスティーナ様に悪いと思わないのですか!」


(いえ、むしろ己が駄々洩れでした……ごめんなさい)


 しかし、一体どうなっているのだ。今の彼女はグレイムの好感度が1番高かったはず、それなのになんでシヴァルラスのイベントに乗っかっているのだ。


(もう、せっかくの悪役令嬢の仕事が! 私の出番が! 失礼だけど、ゲームに名前も出ないようなモブに奪われるなんてぇええええええ!)


 しかし、待て。これはシヴァルラスルートのイベントだ。

 シヴァルラスルートの場合、彼がイヴの前に颯爽と現れ、令嬢達を退散させるのだ。

 つまり、このまま見学していれば、おのずと推しとヒロインのイチャイチャが見られるという事だ。


(よし、今日の悪役令嬢の仕事はお終い! オタクの仕事に戻るとする!)


 悪役令嬢の仕事も大事だが、公式から供給源を発信されると分かっていて待機しないわけがない。


(イヴには悪いけど、しょうがないわよねぇ! シヴァルラス様が助けに来るなら私の出番もいらないし~っ!)


 私はウキウキした気持ちで野次馬をする。


「ご、誤解です! 私はただ、この間ご迷惑をかけたのでお詫びにと……」

「それが問題だと言うのです! 婚約者候補ですらないのに、あの尊いお方に気安く声を掛けていいと思っているのですか!?」


 ゲームをやっていた頃は「イヴ可哀そう」と同情していたが、今の私は令嬢達の言葉に大いに頷ける。


  シヴァルラスは王子様だ。王族と貴族の間には圧倒的な身分差がある。


 婚約者候補とはいえ、所詮は候補。気安く声を掛けられるような間柄ではない。婚約者候補ですら声を掛けられることを健気に待っているのに、どこぞの馬の骨とも分からぬ女が気安く話しかけているのを見たらそれはもうブチギレ案件である。


 もしここにジェットがいたら令嬢達に混じって「役にも立たねえ馬の骨なんざァ、灰にして畑の肥料にしてやる」と5号に言わせていたに違いない。


「侯爵家で礼儀を少しは叩き込まれたでしょうけど、付け焼刃なのが丸わかりですわね。肩書ばかりで礼儀もなってない令嬢なんて滑稽だわ」

「本当ですわぁ!」


 おほほほほと高笑いをする令嬢達。イヴは必死に耐えているが、うっすらと目に溜まっていた涙が今にも零れ落ちそうだ。 


(あー、イヴがどんどん落ち込んでいく。シヴァルラス様~、早く助けに来てあげて……ん?)


 私は何か重要な事を忘れているような気がする。しかし、それが何かが思い出せない。


 まあ、いい。もうそろそろシヴァルラスがイヴを助けに割って入ってくる頃合いだ。


「どんなコネを使って侯爵家に入り込んだのかは知りませんが、所詮平民は平民ね」

「魔力が強いだけで魔法もロクに扱えない。それで上位者クラスにいるなんて恥さらしもいいところですわ! 本当に噂に違わぬできない子ですこと!」


(来たーっ! イヴの心をへし折るモブ台詞!)


 この台詞の後にシヴァルラスが登場する。


 登場…………


(しないっ!? なんで来ないのシヴァルラス様!?)


 今も彼女達は高笑いをしている。そろそろイヴの涙腺も大破寸前だ。


(なぜっ!? 何故現れないのシヴァルラス様!)


 令嬢を追い払って「よく頑張ったね」とイヴをよしよししてくれるのではなかったのか。ゲームではあんなに格好良く登場してくれたのに、一体彼は今どこで何をやってるんだ。


(まさかどこかでのほほんとお茶でも飲んでるんじゃ……お茶……?)


 私は昼休みが始まった時の事を思い出す。


『クリス~! 今日ね、殿下とヴィンセントと男子会するんだ~っ!』


(ジェットーーーーーーーーーーーッ!)


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