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27 ジェットコースター(本人)

 


 私、クリスティーナ・セレスチアルは今、前を走っていた同級生達を追い抜き、単独トップに躍り出ていた。


(ちょっと飛ばしすぎたかしら?)


 身体強化は慣れていても長時間維持するのが難しい。私は人形使い(ドールマスター)なので魔力を長時間扱うのは得意だった。



(まあ、完璧な淑女(ドール)を目指すんですもの。上位者クラスでも上位に食い込むのよ!)



 しかし、さすがに疲れてきてしまった。少し強化を解除して、ゆっくり走ってもいいだろうか。



(でも、そろそろ男子達がスタートしている頃よね……)



 もしかしたら、ジェットやヴィンセントあたりがすぐに追い付いてきてしまうかもしれない。



(男子相手だとしても、抜かされるのはちょっと嫌ね……)



 私は完璧な淑女。体力差があるにしても後から来た男子に抜かされるのは少し負けた気がする。



(あと半分くらいだし、さっさと走っちゃおう)



 私が再び魔力を体に巡らせると、遠くから何やら声が聞こえてきた。



「誰か止めてぇ~~~~っ!」

「ん?」



 悲鳴にも似た叫び声。私が振り返ったと同時に私のすぐ横を突風が突き抜けた。



「へ?」



 反射的に私が目で追った先には、物凄いスピードで顔面スライディングを決めたイヴの姿があった。



(おぉっ! も、もしや……これは!)



 ブルースとクリスティーナの連動イベントだ。



 身体強化が得意なブルースがトップで走っていると、ビリのイヴを見つけて「もう、不甲斐ない義妹(いもうと)の為にお兄ちゃんが1枚脱いであげよう」と言って身体強化のコツを教えてくれるのだ。(ちなみに、この義兄は『1枚脱ぐ』と言ってジャージを脱ごうとする冗談まで披露するお茶目さん)



 そして、コツを教えてもらったイヴは身体強化に成功するが魔力が暴走。走る足が止まらなくなり、トップを走るクリスティーナに追い付くのだ。



(ま、まさか! シヴァルラス様のイベントより先に自分のイベントに遭遇するなんて!)



 この時、クリスティーナは自分の目の前で転んだイヴに「養女とは言え、貴女は侯爵家の令嬢。魔力を暴走させるなんて恥ずかしくないのですか?」と(たしな)める。しかし、クリスティーナは彼女に手を差し伸べるのだ。そして、それに驚いたイヴはこう言う。



『クリスティーナ様は私の事が嫌いなんじゃないんですか?』

『そうね、私は貴女の事が苦手です。淑女としても貴族の娘としても未熟で、作法も褒められたものではないし、魔法が上手く使えないのに上位者クラスいることにも少し不満があるのも本当です。でも、それを差別したり、弱者を蹴落としたりするのは私が目指す淑女ではありません』



 そんな彼女なりの淑女としての志を目の当たりにし、イヴはクリスティーナの手を取るのだ。



(クリスティーナって、他のキャラとの兼ね合いもあってイベント発生が特殊なのもあるのよね! よくイベントを発生させたわ、イヴ!)



 正直、私のイベントを発生できるなら、シヴァルラスのイベント起こせよという本音は飲み込んだ。私は淑女だから。



(さて、悪役令嬢、クリスティーナ行くわよ!)



 私がそう意気込んで、彼女に声を掛けようとした時だった。


 ズドドドドドドドドドドドドドドッ!


 そんな地響きが背後から聞こえて思わず振り返る。


 遠くから見えるのは巨大な砂ぼこり。


 そして──



「ジェットォオオオオオオオオオオオオオッ!」

「あははははははははははははっ!」



 聞こえてきたのは怒号と笑い声。その声の主の姿が見えてきた。先頭を走る金髪の少年は私の姿を見つけると、両手をぶんぶんと振った。



「やっほ~~っ! クリス~っ!」

「え、ジェッ……きゃぁっ!?」



 突風に攫われ、私の体が宙に浮く。そして気づけば、私の体はすっぽりとジェットの腕の中に納まっていた──いわゆる、お姫様抱っこである。


「ジェッ!? ジェット!? な、なんでっ……!?」

「ごめ~ん、クリス! ヴィンセントに一緒に謝って~っ!」


 能天気に笑いながら彼は言うが、正直私はそれどころではない。私を抱っこしたまま全力疾走しているせいで、ジェットコースターよりも激しい振動が私を襲っていた。



「あやまっ……うぇッ!? あ、ひぇっ!?」



 私は目を回しながら悲鳴どころか言葉すらならない声を上げてしまう。


 なぜなら私は、ジェットコースターが大の苦手である。



「ジェットォオオオオッ! テメェ、一体どこの誰に返事を書いたぁああああああ!」

「あはははははっ!」

(いやあぁあああああああああああああっ!)



 ◇



 私が解放されたのは、男子が走る12キロを2人が完走した後だった。しかも、2人は女子の先頭がゴールする前に走り切った。



(あー、地球が回ってる……目の前がぐるぐるしてる……)



 まさか今世でジェットコースター(本人)に乗るとは思わなかった。地面に降ろされた私は、地球が自転している事を身をもって実感する。



「ぜぇー……はぁー……ジェットぉ……テメェ……」



 私のすぐ横では息切れしたヴィンセントがジェットの胸倉を掴んでいた。



「ことの次第によってはどうなるか分かっているだろうな!」

「あはははははっ!」



 身体強化をしているとは言え、私を抱えたまま12キロを全力疾走したというのに、ジェットは息切れ1つせずに涼しい顔をしている。


 ヴィンセントが「一体、誰に出した? いつ出した? そして何を書いた?」とジェットの胸倉を掴み上げたまま問いただし、ジェットは飄々とした様子で「出してないよ。ただ返事のお手本を書いただけ! 応じるのと断るの、どっち欲しい?」と答えていた。


 一体、2人が何の話をしているのか全く分からない。しかし、ジェットがロクでもないことをやらかしたのは想像がついた。



「もうそんなに怒ることないでしょ~! ヴィンセントってば短気なんだから」

「お前が王族じゃなかったらすでに2、3発どついとるわ!」

「い、一体……何があったんですか……」



 ようやく、落ち着いた私は2人を見上げると、ヴィンセントが「うっ」と言葉を詰まらせた。



「そ、それは……」

「聞いてよ、クリス~!」



 言い淀むヴィンセントを押しのけ、ジェットが頬を膨らませて私に顔を近づけた。



「ヴィンセントがラブレターもらったんだよ!」

「あ、お前!」

「ラブレター?」



 あのヴィンセントが、ラブレターをもらった。私は目を丸くしてヴィンセントを見上げると、彼は居心地の悪そうに私から目を逸らした。



「ら、らしいな……」

「らしいなって……まだ読まれていないのですか?」

「ああ、なんでもそのラブレターはコイツの下駄箱に間違えて入ってたらしい。だから、まだ見てないんだ」

「あ、そういうことだったんですね」

「いいなぁ、ヴィンセントはモテて~。ボクなんて人生初のラブレターだ~ってウキウキしてたのに、ヴィンセントのだったんだもん。がっかりだよ」



 ジェットは唇を尖らせて、拗ねて見せる。



「いいなぁ、ボクも欲しいな~! クリス、ボクにラブレター書いてよ……いてっ!」



 軽口を叩くジェットの頭をヴィンセントが引っ叩き、ジェットは赤い瞳で彼を見上げた。



「いった~いっ! 何すんのさ、ヴィンセント!」

「人の婚約者に何言ってんだよ!」

「婚約者って、まだ候補だろ? 彼の婚約者候補が何人いると思ってるのさ」

「バカ。クリスティーナはその中でも1番有力って言われてるんだぞ? 王族なんだから軽口は慎め」

「はぁ~い」



 しぶしぶ返事をするジェットに私は苦笑してしまう。



(そういえば、ヴィンセントのマルチイベントにもラブレターってなかったっけ?)



 乙女ゲームにはキャラクターの好感度やパラメーター関係なしに発生するイベントとそうでないイベントがある。前者をマルチイベントと言い、私が1週間中庭に張り付いて待っていたイベントだ。


 確か放課後の時間に昇降口を選択するとラブレターを読んでいるヴィンセントに遭遇するのだ。


 そして、たまたま居合わせた主人公にヴィンセントがこういうのだ。



『なんだ、このラブレターの送り主はお前か?』



 ちげーよっ!と、画面の向こうで私が叫んだのは言うまでもない。



(ヴィンセントの性格と知ってると、自信満々なセリフすらも天然ボケに聞こえてしまうから面白いわよね……ん? ちょっと待て?)



 この学校に入学してから私が知っているイベントが通常通りに発生していない。


 入学式のヴィンセントの新入生代表挨拶に図書室のイベント。さっきのクリスティーナのイベントは、私がジェットに攫われたことにより失敗に終わっている。そしてヴィンセントのイベントも彼がラブレターを手に入れてしまったことで発生していない。



(もしかして……イベントを奪ってる?)



 ありえない話ではない。世の中には選択肢を1つ間違えただけで、地道に立てていたフラグを全て叩き潰し、ヒロインを掻っ攫っていくキャラもいるのだ。


 彼がそうである可能性も捨てきれない。なんせ彼は本編にずっと登場してこなかったのだ。



「あの、ジェット様?」



 私はヴィンセントがいる手前、淑女らしく呼ぶと彼は一瞬きょとんとしてから、にっこりと微笑んだ。



「ん? なになに?」

「明日のお昼、御一緒させていただいてもよろしいですか?」

「……へ?」

「……うぇっ?」



 ジェットだけでなく、ヴィンセントも素っ頓狂な声を上げ、私は淑女らしく微笑んだ。


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