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02 悪役令嬢、クリスティーナ・セレスチアル


 恋愛シミュレーションゲーム『センチメンタル・マジック』


 俗に乙女ゲームと呼ばれるこのゲームのキャッチコピーは『貴方の心に魔法をかける』である。


 ヒロインのイヴは平民出身でありながら魔力を持ち、人の心を癒す特別な魔法を扱える。


 ある日イヴは、とある縁からラピスラズリ侯爵家に引き取られることになり、貴族の御子息、御令嬢が通う魔法学園に入学するのだ。


 心の強さと脆さを合わせ持つ魅力(あふ)れる攻略キャラクターと出会い、共に成長していく超王道学園ラブファンタジーである。


 私、クリスティーナ・セレスチアルは第3王子、シヴァルラス(最推し)ルートで活躍する悪役令嬢だ。



 前世の私は、いわゆるオタクというヤツで、乙女ゲームだけでなく漫画もよく読んでいた。


 夢で見た内容が前世の記憶とも知らずに私が周囲に聞かせると、皆首を傾げるばかりで最後には苦笑いを浮かべられてしまう。


 私に付きまとう悪魔も「君は高熱を出す度に性格が変わっていくよね? まぁ、女の子は精神的な成長が早いっていうけど」とクッキーを貪りながら言っていた。


 しかし、私は夢の中に異世界転生する漫画や『センチメンタル・マジック』のプレイ画面が出てきた事で、自分がゲームの世界に転生したと気づいたのだ。


(どうせ生まれ変わるなら、悪役令嬢より推しが履く靴下が良かった!)


 さらには、夢を見る度に徐々に前世の性格に近づいている。


 今では本来のクリティーナの性格とはだいぶ違うだろう。


 その証拠に、私は自分の家の異様さに気づいてしまっている。



「やあ、おはよう。クリス」


 朝食を摂りに食堂に行くと、兄のクォーツが先に席についていた。


 父によく似た精悍せいかんな顔立ち、母に似たつややかな黒髪は真っすぐ背中まで伸びていて、うなじの辺りで1つに括っている。


 クォーツはやや黒みかかった紫の瞳をキラキラと輝かせて、私を見つめた。


陶磁器とうじきのように白い肌、グラスアイ(ガラス製の義眼)のように透き通った色と輝き! 今日のキミもパーフェクトだ!」


 やや興奮気味で私を褒める変態兄クォーツに若干引きつつも、私はいつもの澄まし顔をする。


「…………ありがとうございます。クォーツお兄様」

「おはよう、我が子たち!」


 そんな陽気な挨拶をして父が母を連れて食堂に入ってきた。


 長身でがっしりとした体格をした父、ハリー・セレスチアル侯爵は、茶色がかった黒髪をオールバックにしてまとめており、男らしい精悍な顔立ちをしている。見た目だけは完璧。紳士の鏡のような人だ。


 隣に並ぶ母は昔、社交界の高嶺の花と呼ばれたほどの美貌の持ち主。私は母に顔立ちは似ている。背も小柄で、父と並ぶと、まさに美男美女夫婦だった。


 父はクォーツに挨拶をした後、私に向き直る。


「おはよう、クリス! 今日も素晴らしい立ち姿(ポージング)だ! そして、寸分の狂いのない凛とした表情もとても素敵だ!」


 こちらもやや興奮気味に私を褒めると、隣にいた母が持っていた扇子で変態父の二の腕を引っ叩いた。


「痛いっ! 何をするんだローゼ!」

「旦那様、何度も言ってますでしょ! クリスティーナをお人形(ドール)のように扱うのはおやめくださいっ!」


 母、ローゼは柳眉を逆立ててそう言うと、次は兄に目を向ける。


「クォーツ、貴方もですよ! 貴方、殿下の前でクリスティーナを『可愛いお人形さん』って呼んでないでしょうね!」


 ものすごい剣幕の母に対して、兄は爽やかな笑みを浮かべる。



「あはははははっ! お母様、我々にとって『お人形のようだ』は最高の賛辞なんですよ」

「そうだぞ、ローゼ。我々はいつだって真剣に全力で美しいものを褒めたたえている」

「喧しいっ! この変態親子! だから、厄介(きわ)まりないのです! 御覧なさい、クリスティーナを!」



 ピシッと母が私に扇子を向ける。


「綺麗に切り揃えられた艶やかな黒髪! 常に正しく崩れない姿勢! かげが落ち、うれいの帯びた深紫の瞳! そして、寸分狂わず洗練された表情!」


 母が言った事は一見どれも褒め言葉である。しかし、問題はそこではない。


「これではまるで、本物の()()()()()でしょうっ!」


 クリスティーナの父と兄は人形使い(ドールマスター)であり、人形をこよなく愛している。


 それも、変態染みた愛し方だった。


 彼らは母似の愛らしい顔立ちをしたクリスティーナを人形のように褒め続けた。


 その結果、クリスティーナは人形のように表に感情を出さず澄ました顔と凛とした振る舞いが立派な淑女だと勘違いして育ってしまう。


 ゲームのクリスティーナは、人形のように可愛らしく、感情を表に出さないキャラクターだった。


 貴族の娘としてそれはある意味で理想の姿かもしれない。しかし、この家で唯一まともな母はクリスティーナにもっと女の子らしさを望んでいた。


「いい、クリスティーナ。貴女はお人形さんじゃないの。もっと笑ったり怒ったりしていいのよ?」

「はい、お母様」


 このやり取りは最早、日常茶飯事と言っていい。私はいつも通りに返事をして、父と兄が母をなだめて家族で食事を始めた。


(でも、これは勘違いするわ~……私も前世の記憶が戻るまで、おかしいと思わなかったし)


 人形の自分が一番自分らしく、立派な淑女ドールである。


 だから、クリティーナは人形じゃない自分を肯定してくれたあの人を好きになった。


 そして、あの悪魔に心を許した。


(確か、クリスティーナがあの人に恋をするのは8歳の時。本編開始は16歳。それまでに私がやるべき事を考えておかないと)


 食事を終えた私は、まず情報収集の為に仕事の準備をしている父の下へ駆け込んだ。


「お父様~! お城の事を教えてくださ~い! 特に王子様について詳しく~!」


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