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01 前世の記憶と悪役令嬢の私と悪魔の彼


 私は、昔からよく熱を出す子だった。

 8歳になったというのに、しょっちゅう知恵熱をこじらせている。

 そして熱を出した時は決まって同じ夢を見た。


 その夢は私が住んでいる世界よりもずっと文明が進んでいる世界。


 馬が引かなくても人を運べる乗り物。遠くの人と会話ができる不思議な道具。夢に出てくる人達は皆、ドレスやチョッキなどは着ていない。しかし、平民達の服装は簡素かと言えばそうでもなく、むしろ派手だ。


 特に夢の中で印象に残っているのは漫画と呼ぶ本と細長い箱で遊ぶゲームという道具だ。 漫画は不慮な事故で死んでしまった主人公が物語の登場人物に転生してしまう話、ゲームは男の子と恋愛する話が好きだった。


 今日の夢は、友達と一緒にゲーム画面を見ていた。画面の中で、自分がよく知っている赤い瞳をした少年が天使のような笑みを浮かべ、私によく似た黒髪の少女にこう言うのだ。


『クリスティーナ、ボクはね……キミをいじめるのが大好きなんだ』



 ◇



「──っ!」


 目を覚ますと、目の前は真っ暗だった。


 暗くて分かりにくいが、そこはパステルカラーで統一された室内で可愛らしい部屋。私が寝ている天蓋付きベッドには愛らしいぬいぐるみ達がズラッと並んでおり、他にもたくさんの人形が部屋のいたるところに鎮座していた。


 ──今の自分の部屋だ。


 その事実にホッと息をつく。


 身体中が汗でぐっしょりと濡れていて気持ちが悪い。まだ体が熱く、ベッドから出て体を冷ましたい気分だったが、それは叶わなかった。


 身体が重い。熱の怠さではなく、まるで誰かに乗られているような……


「あ、起きた?」


 すぐ目の前で声が聞こえ、視線だけを動かすと、暗闇でもはっきりと分かる赤い瞳と目が合った。


「おはよう、クリス。また熱を出したんだって?」


 金髪の少年が天使のような笑みを浮かべて、私の上に寝そべっている。

 この時、何もかも思い出していた私、クリスティーナ・セレスチアルは大きく息を吸い込んだ。


「ぎゃぁああああああああああっ! 出たぁああああああああああっ!」


 私の叫び声に少年は顔をしかめながら、耳を塞ぐ。


「クリス、真夜中にうるさい」

「うるさいって……そもそも貴方は……っ!」


 文句をいう彼に私は言い返そうとした時、遠くからこちらに走ってくる音が聞こえてきた。


(まずいっ!)


 ハッとしていつものすまし顔を作ると、部屋に来た家族を迎え入れた。


「クリス、どうした!?」

「大丈夫です。変な夢を見ただけです……」


 慌てふためいた様子でやってきた父と兄に私は淡々とそう答えると、ちらりと金髪の少年に目をやる。


 彼はニコニコしながら私の上に乗っているが、父や兄は私の膝の上にいる彼には目もくれていなかった。


 2人が部屋から出て行った後、目の前にいる少年を睨みつけた。


「なんで貴方がここにいるのよ、ジェット!」

「ひどいなぁ~、せっかく見舞いに来てあげたのに」


 少年はぱちんっと指を弾くように鳴らすと、ベッドの横にあったランプに明かりが灯る。


 オレンジ色の光が室内を照らし、少年の姿がはっきりと浮かび上がった。


 癖のある柔らかな金髪は片側だけ編み込みがされており、後ろで1つに括っている。雪のように白い肌は一片のシミもなく、天使のような愛らしい顔立ちをしていた。少しつり目寄りの赤い瞳は猫のような愛嬌があり、いたずらに輝いている。


「お見舞いって、こんな時間に淑女の部屋に入っていいわけないでしょ!」

「何さ、いつもだったらそんな事言わないくせに。急にませちゃって」

「いいから早くどいて!」

「はーい」


 彼は唇を尖らせてしぶしぶと私の上から降り、私はドレッサーの前に移動した。

 私は鏡に映る少女の姿を見て、ハッと息を呑んだ。


「やっぱりそうだ……」


 鏡に映っているのは、前髪を真っすぐに切り揃えられた黒髪の少女。陶磁器のように肌が白く、深紫色の瞳はどこか艶があり憂いが帯びている。幼いながら顔立ちは整っているがその表情は硬く、まるで出来の良い人形のようだった。


 その顔は良く知る自分の顔であり、自分が一体誰なのか証明する決定打となった。



 私、クリスティーナ・セレスチアルが乙女ゲームのキャラクターである事を自覚した瞬間だった。



「ねぇ、クリス。どうしちゃったの?」


 鏡を見つめたまま動かない私の顔を彼は嬉しそうに覗き込む。蠱惑(こわく)に光らせる赤い瞳は、面白い玩具を見つけた子どものような目だった。


「もしかして、また熱で頭でもやられちゃった? そりゃ、君は前から変わった子だったけどさ」


 彼はジェット。私と同じく乙女ゲームのキャラクターのはずだ。


 12歳くらいのこの少年はまるで天使のように愛らしい姿をしている。しかし、彼は本編で姿を1度も見せた事がない。当たり前だ。なぜなら、彼は人には見えない悪魔なのだから。


(でも、ここって本当に乙女ゲームの世界? それとも夢?)


 私は夢と現実がごっちゃになっているような感覚がまだ残っていた。

 さらに私は、死んだ瞬間の事を覚えてないのだ。

 あれは、夢だ。そう思いたい。しかし、どう考えても私の記憶と夢で見た内容が綺麗に合致していた。


 私は隣にいるジェットに目を向ける。


「ねぇ、ジェット。聞きたい事があるんだけど、質問に答えてくれる?」


 私は慎重にそう聞いた。

 幼い姿をしているが、彼は悪魔だ。彼を攻略していない私は彼との会話に正解が分からない。

 彼は一瞬、きょとんとした顔をした後、にやりと口元を持ち上げた。


「明日のおやつのクッキー、1つの質問につき1枚でどう?」

(この悪魔っ! いつも半分こしてあげてるのに、まだ食べる気なの!?)



 しかし、私は淑女だ。クッキーくらいで怒っていられない。



(そうよ。今はお菓子よりも自分の身よ、クリスティーナ!)



 そう自分に言い聞かせて、すまし顔をする。



「いいわ。交渉成立ね」



 互いに握手を交わし、私は早速、人には聞けない情報を確認する。


「私の名前と私の家はどんな家?」


「1枚目、まず君は、クリスティーナ・セレスチアル侯爵令嬢。御年(おんとし)8歳。セレスチアル家は代々人形使い(ドールマスター)の家系で、君の父も兄も人形使いだ。父親は王城勤めで、6歳離れた兄は第1王子の話し相手。母親は伯爵家の出身だったかな? ちなみに、セレスチアル家の野郎共は皆、君に溺愛中さ」



 彼はクッキーの枚数を数えながら答える。

 彼が言った情報と、クリスティーナの記憶、そして、前世の記憶に相違はない。



「じゃあ、この国の王子様はどんな人?」


 私がそう聞くと、彼は顔を少しだけしかめ、指を2本立てた。


「2枚目、この国の王子は3人。同じ正妃から生まれてる。会った事もないし、聞いた話だけど、上から変人、脳筋、凡人って話だよ? 3番目の王子が君の2つ上だったかな?」


 なんて雑な回答だ。いや、間違っていないのがまたおかしい。

 第3王子ルートでは、2人の兄が彼の悩みの種だったのだから。


「最後よ。貴方の名前と正体、そして、私の前にいる理由は?」


 私は彼の真っ赤な瞳を見つめる。

 彼はやれやれと言った風に肩をすくませると、天使のような極上の笑みを浮かべた。



「ボクの名前はジェット。君の心の色に見惚れ、君をいじめるのが大好きな小悪魔さ」



 彼は乙女ゲーム、『センチメンタル・マジック』の隠し攻略(シークレット)キャラ、ジェット・アンバー。


 クリスティーナ・セレスチアルを破滅へ導く者であり、


 ──本編の黒幕である。


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