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17日後  作者: 月波結
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十四日前(要)

 始発で由芽の部屋に帰る。朝早い時間の電車を待つ人はまばらで、ホームは余計に寒々しく見えた。さっきまでのベッドの温もりを思い出す。玲香は静かに寝息をたてて眠っていた。起こしたら悪いかと思いつつ、

「玲香、朝だよ」

と声をかけると案の定、

「んー、わたしまだ眠いから、先に帰っちゃって」

と言われる。……やることをやれば用無しなのかもな、とくだらないことを考える。彼女なら有り得ることだ。


 帰ると、由芽がベッドの真ん中で……真ん中であるにも関わらず抱き枕を抱いていつものように、小さく、丸くなって寝ていた。しばらく寝顔を見つめる。積み重ねてきた二年について考える。いや、もう走り出したことだ、迷うことはない。気持ちが逡巡する。布団をかけ直してやって、床の上にそのまま転がってクッションを枕にして寝てしまう。疲れているから何処ででも寝られそうだった。何しろ玲香は一度で許してくれたりしない。昨日は彼女の中で何回溺れたのか、……考えたくない。


「……要、要」

「んん……」

 由芽の声がする。違う女を濃厚に抱いてきても、由芽の夢を見るのか、と不思議に思う。頬にかわいらしいキスの感触。やっぱり由芽だ。由芽はいつでも温かい。

 寒い中、固いところで寝ていたけれど温かいものをかけられて、部屋も温まってきた。それから、由芽の作る朝ご飯の香りがほんのりする。味噌汁の香りが、飲みすぎの胃に染み渡る。うちの母さんが作るよりずっと美味しいのは本当は出汁のせいなんかじゃなくて、愛情のせい……。

「要、朝ご飯だよ」

「んー、由芽、こっちに来て毛布に入ってよ。寒い」

 由芽は湯たんぽのようにいつも、「仕方ないなぁ」と言いながら一緒に寝てくれる。オレは少し毛布を持ち上げて、由芽が入れるところを示す。彼女の小動物のような温もりを求める。

「ダメ、ご飯冷めちゃうよ? ほら、暖房も効いてきたから」

 今日は朝から機嫌が悪そうだ。ちょっとしたことで怒られてしまった気になる。

「なんだよぉ、ケチだなぁ。ちょっとくらい……」

 ちょっとくらい? これは本当に夢なのか?

「ごめん、寝ぼけてたみたいだ」

 玲香を抱いてきた腕の中でちょっとくらい由芽を抱きしめたいだなんて、どうかしていた。

「うん、そういうのは彼女にしてもらって。ごめんね、わたしにはもう無理」

 それはそうだ。オレのしていることは誰が見てもひどい。……うつむいていると慰めようと思ったのか、由芽が頬にキスをする。玲香にキスされたかもしれない場所なのに。由芽は、オレにはもったいない。


 食卓に向かうと朝ご飯は、豆腐とわかめの味噌汁、塩鮭の切り身、甘い玉子焼きだった。

 朝からしっかりしたものを用意してくれることに感謝して「いただきます」をする。少なくとも、この朝ご飯はあと十四日しか食べられないわけだ。オレの好物の甘い玉子焼きがある。


 由芽はオレが気づいてないと思ってる。

 ある日、「甘い玉子焼きが好きなんだ」と言ったら、二、三日後、帰宅すると玉子焼きがテーブルに乗っていた。

「夕飯のおかずにしようと思うんだけど、どうかな? 味見してみて」

 一口食べただけでわかった。味付けの配分を決めるために、最近こそこそとやっていたんだなぁと。三角コーナーに捨てられた卵の殻を思い出す。こんな言い方はなんだけど、もう味付けなんてどうでもよくて、そんなふうにがんばって好物を作ってくれる由芽を愛おしく思った。

「朝から玉子焼き焼くの、大変じゃない?」

と聞くと、意外に簡単なんだ、オレでもできるんだと言われたけれど……自分で作れても意味が無いよ、とは言えず、

「いや、よしておく。できる気がしないよ」

と答えた。




 由芽がお弁当を作らなくなった。

 どちらが何かを言ったというわけではなく、自然にそうなった。由芽は外泊したことを本当は怒っているのかもしれない。

 代わりにほとんど、玲香と食べることになった。玲香は交友関係が派手なので、オレが混じれないこともあったけれど、基本的に一緒に食べた。学食より少し高めのランチがメインで財布には少し厳しかったが、玲香とつき合うということはそういうことだ。

 オレの男友だちは激減した。

 みんな本当は心のどこかで玲香みたいな女性とつき合いたいと思ってるはずだ。玲香は何もかもが刺激的で、期待を裏切るようなことは何も無いまさしく《美しい人》だ。

 そんな彼女を抱ける優越感を感じていたのは確かで、その辺が友だちには鼻についたのかもしれない。

 親友だった原田にも軽蔑されている。

 原田は……たぶんオレが由芽に告白したときにはもう、由芽が好きだったんだと思う。由芽のどこに惹かれているのかはわからない。家庭的なところ? ひたむきなところ? めちゃくちゃモテるくせに誰ともつき合わないのはたぶん、そのせいだ。




 今日は夕飯を由芽に作ってもらった。

 今までは当たり前だったのに、今では「作ってもらった」という仰々しい表現になるから不思議だ。

 朝ご飯のとき、由芽に「今日は夜、うちにいる?」と忙しいサラリーマンに尋ねるように聞かれた。特に用事はなかったので、「いるよ」と答えた。

 彼女はパックに入ったアジと、じゃがいもを買ってきた。煮るのかな、と思ったら、

「じゃがいも、潰してくれる?」

と聞かれてじゃがいもを潰しにかかる。ポテトサラダにするらしい。由芽はぐちゃぐちゃに潰してしまうより、少し塊が残る方が好きなので、手加減してぐちゃぐちゃにならないよう気をつけて潰す。

 アジを油でパチパチ揚げる音がする。ちらっとのぞくとアジフライだった。さっき由芽がピンセットで何かやっていたのは、骨抜きだったんだな。

 久しぶりに、ふたりで穏やかな時間を過ごした気がする。自分で決めた「十七日」という枠が変な緊張感を与えて、お互いに自分たちらしさを失っていたのかもしれない。

 いや、そうじゃない。自分のしたことから目を逸らしてはいけない。これから玲香とつき合うのなら、自分が何をしたのか認めなくてはならない。由芽の彼氏でいるはずの「十七日」の枠外に飛び出したのはオレだ。


 アジフライにはいつも、由芽は醤油、オレはソースをかける。そんなとき、由芽は戸惑った顔をする。そんなに小さなことなのに、彼女にとっては些細なこととして処理できないらしい。

「どうしたの?」

「ううん。美味しくできたかなーって気になったの」

「どれも美味しいよ。由芽は絶対、いいお嫁さんになるよ」

 妙な空気が食卓に漂う。

 つい半月前まで、彼女を「お嫁さん」にして守ってあげるのは、自分しかいないと思っていた。なのに、ほんの一日の出来事でこんなに事態は急転する。

「……昨日は、外泊してごめん」

「また学校に泊まったんでしょう? もう寒いから風邪ひくよ」

 由芽は、何でもないという顔をしてご飯を食べ続けた。


 由芽と同じベッドに入るのは気が引けた。

 どうして同じ人間、同じ女性なのにふたりはこんなに違うんだろう? 由芽と玲香、抱きしめて眠るときの何もかもが違う。由芽はぬいぐるみのように丸くてやわらかい、玲香はマネキンのように長い手足で絡まってくる。痩せているので骨ばっているとも言える。

 今日は、昨日のことがあって由芽に気が引ける……。玲香を抱いてきた後で由芽をやさしく抱きしめて眠るのは、いくらなんでも虫が良すぎる。

「疲れてるから……」

 お茶を濁して由芽が寝る前に何かしている間に布団に入ってしまう。それくらいしか、気を利かせることはできなかった。








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