元冒険者、カフェマスターになる
「……つまり、私は自身の出自の信憑性、信頼性をギルドに所属したままにすることで安全に出店することが出来、ギルドは使われてない建物の有効活用と家賃収入、ひいては私の存在によるギルドのアピールが出来る、ということだね」
誓約書を一通り読み終え、コーヒーを飲みながらカーフが呟く。売り上げに関する項目が無いのが少し気がかりだったが、フィルエルムがそこにまで言及してくるような男ではないと、カーフは知っていた。むしろこの男は、出店を希望する人に、売り上げの徴収を直接せず、売り物の調達のための依頼を回させる男だ。
「理解が早くて助かるよ。あの地域はこの街でも一等地だからね。生半可な店は出すに出せなかったところなんだ」
フィルエルムの言う通り、この建物があるのは王都ブロッスシードの中でも、王宮に続く大通りに近く、裏道に入り人気は少ないものの、隠れた名店がひしめき合う激戦区である。幸いなのが酒場や専門的な飲食店が多く、主な競合相手となるカフェは一軒もないということくらいか。
「君のコーヒー作りの技術、そして目は趣味の域を超えている。それは僕が保証するところでもあるし、ギルドのメンバー達も皆口を揃えて同意するだろう。だから、僕は条件を与えて、ソーラ君たちの意見に賛同した」
「条件ね。私がこの話を受けること、成否に関わらず一度パーティを抜けてもらうこと。このあたりかな?」
「ああ」とフィルエルムは飲み終えた2つのカップを、デスクの上に移した。
「ところでフィルよ」
再びソファに座ったフィルエルムを見据え、カーフがフィルエルムのことを愛称で呼ぶ。カーフはこのギルドを立ち上げた時からの最古参であり、二人でいる時はマスターと呼ばずに愛称で呼ぶ。
「まさか、こんなものまで用意して、「やってくれるか?」なんて言うお前ではないだろう?」
「当然だ。既に準備は終わらせてある。外装も内装も好きにして構わない。ようやく時期がきたのだよ」
「全く、時期尚早だと思ったがね、予定より数年早くて逆に驚いてしまったよ」
そう言って、カーフは目の前に置かれている誓約書を引き破いていった。
フィルエルムは、カーフがカフェを開きたいことを、設立当時から知っていた。そのために資金繰りをしていること、そして、後進の育成に務めること。それがフィルエルムがカーフに与えた、本当の条件だった。
「ソーラ君たちは、君の報告で現時点での2ndのどのパーティにも引けを取らないだろう。それ以外での4th以上のパーティも、皆他のギルドに比べたら実力は頭1つ飛び出ている。指導官の方も板についてきた。僕の夢を一緒に叶えてくれたのだ。今度は君の番だ、カーフ=コーフェルト」
「ああ。プレオープン時に最高のコーヒーを、いの一番に飲ませてやるよ」
黄昏の守人、個人ランク2ndの最古参、カーフ=コーフェルト。彼の非公認称号、コーヒーのスペシャリストが、ギルド公認のものに変わった瞬間であった。