少女の言葉と誓約書
「……えっと、経緯の詳細を希望したいのだが」
あまりのことに、口をポカンと開けてしまうカーフ。その表情にフィルエルムはくつくつと笑いを堪えきれずにいる。
「いや失敬。これはアリンから聞いた話なんだが……」
コーヒーを飲み、呼吸を整えてから、フィルエルムは静かに、数日前のことを話し始めた。
-:-:-:-:-
「カーフをカフェのマスターにさせてあげたい?」
数日前、カーフを除くソーラ一行は、マスタールームに足を運んでいた。発案はアリン。さらに数週間前に言ったクエストで、野宿の見張りの時に、カーフから色々と話を聞いていたようである。
「カーフさん、良く探索の時に、木を熱心に見てたから気になって。それで見張りやってた時に聞いてみたの。なんでそんなに木を見てるの?って。そしたらカーフさんが見てたのはコーヒーの木で、いつかこういう所から直接豆を購入して、カフェを開いてみたい、って言ったの。カーフさんが作るコーヒーってとても美味しいから、評判のいいお店になると思うし、まだ身体の動く今のうちに、夢を叶えさせてあげたいな……って」
アリンの言葉に、フィルエルムを始め3人とも、なるほど、と頷いてみせた。心当たりは多い。事実として、カーフがコーヒーを淹れている時の表情は明るく、趣味以上のこだわりや心意気を感じることもある。
「そうだな、しかしそうなると、黄昏の守人も戦力ダウンは避けられない。君たちのパーティも、ランクは維持出来るがそれでも厳しくなる場面も増えてくるだろう。個人としては応援したい気持ちもある。アリン君の気持ちを汲んであげたい気もするが、ギルドマスターとしてはどちらとも言えないな」
素直に賛成とは言えない、分かっていた事ではあったが、それでもアリンは少し不満気な表情だ。
-:-:-:-:-
「そう言った問答を重ねに重ねて、僕の方が先に折れてしまった、というのが顛末だ」
飲み終えたカップをテーブルに置き、フィルエルムは懐から箱を取り出す。イストウッド特産の1つ、細巻の紙タバコだ。それを口に咥え、反対側の先端に指先を近づける。
ポッ、という音と共に指先から小さく火が灯り、タバコに火をつけた。浅くタバコを吸い、大きく吐き出す。紫煙が薄く広がっていった。
「あー、そんなことも言ったかな。いい歳だし引退して、カフェでもやってみたいな、という感じで言ったつもりだったんだけどねえ」
「魔術師だし、引退まで長いと思ったんじゃないかな?マスターともなれば、体力も必要だろうからね」
「なるほど。で、それだけだと私の損得に関わる話が出てきていないが、そのあたりはどうなんだ?」
「それについては、これを見てもらおうか」
フィルエルムは立ち上がり、デスクの引き出しから1枚の紙を取り出し、それをカーフに渡した。
「ふむ、どれどれ……」とカーフは紙に書かれている言葉を暗唱する。
『カーフ=コーフェルトのカフェ事業開設に関する誓約書』と書かれたその紙には、次のようなことが記されていた。
1.カーフ=コーフェルト(以下乙)に、ギルド『黄昏の守人』(以下甲)の所有する土地、及び建物を貸与する。
1.乙に甲は、開業資金として2500ゴールドを支給する。
1.開業にあたり発生する申請手続き及び費用を甲が負担する。
1.乙は甲に、年間賃料として100ゴールドを支払う。期限は年納めの日までであれば何時支払ってもよい。
1.乙は甲に引き続き所属し、事業継続中は特別な事情がない限り、脱退を認めないこととする。
1.甲は乙の事業展開を阻害することを認めず、また阻害するものに対し適宜応対していく。
1.乙は事業を広く一般に解放し、周囲の住民と連携し地域を盛り上げること。
他にも細かな取り決めはあるが、どれも真っ当にカフェを経営するなら当然のものであった。