趣味はコーヒー作り
食事を終え、そのままその足でギルドハウスへ向かう。パーティをクビになったばかりだというのに、他のパーティメンバーの言動から、カーフのために準備をしていた、それを感じ取っていたカーフの足取りは、思っていたよりも軽いものだった。
「いらっしゃいませー。今日は珍しく1人なのですね」
ギルドハウスには、今日依頼を受けなかった数名の冒険者以外に人の姿はほとんどなかった。受付嬢のサラ・リップがカーフに気がつくと、受付から手を振ってくる。
「ちょっといろいろあってね。ところで、マスターは今いるかい?」
「そろそろ昼食から戻ってくると思います。何か食べて待ってますか?」
「いや。食事は済ませてきたよ。キッチンを借りてコーヒーでもいれようと思うのだけど、サラちゃんもどうだい?」
「あ、頂きますー」
カーフの言葉に、ギルドハウスにいた冒険者数名が反応する。
「カーフさんのコーヒーだって!?」
「俺も飲みたいんですけどいいですか?金は払います!」
誰も彼も、カーフの淹れるコーヒーを飲みたがっていた。彼の淹れるコーヒーは非常に美味く、時々ギルドで振舞っては大盛況であったのだ。『コーヒーのスペシャリスト』と、冒険とは一切関係ない称号(非公認)までついている始末だ。
「お金は結構だよ。それでも払いたいというなら、ギルドに寄付ということにしておいてくれたまえ」
「いつもありがとうございます」
今回のように、カーフのコーヒーにお金を払おうという冒険者も少なくない。その度にカーフはそれをギルドへ寄付するよう呼びかけ、少額ながらもギルドの運営資金として貢献している。
「私は自分の趣味で相手を喜ばせる。冒険者は美味しいとコーヒーに舌づつみを打ってくれる。ギルドはそれで臨時収入を得られる。見事なWin-Winの関係ではないか」
カーフは微笑み、厨房へ入っていく。簡単な食事を作るためのスペースであり、機材も豊富とまではいかないが、カーフのコーヒー専用の機材がいくつか置かれている。導入はギルドマスターの独断だったが、メンバーからは寧ろ賞賛の声が上がったほどだ。
「さて、始めるか」
そう言って、カーフは冷蔵庫から密閉された容器を2つ取り出す。どちらもカーフが生豆から焙煎したコーヒー豆だ。
「サラちゃんはカフェオレに適したフレンチロースト、冒険者達は自分の好みに合わせやすいフルシティロースト、と」
確認をしつつ、慣れた手つきでコーヒー豆を挽いていく。その手際は良く、みるみるうちにコーヒー豆が粉末状になっていく。
その後もテキパキと作業が続き、10分もしない内に、自分を含めた8人分のコーヒーが出来上がる。
「お待たせしたよ。私のお手製のコーヒーだ……っと」
カーフが厨房から出てくると、そこにはギルドマスター、フィルエルムの姿があった。金色の長髪、薄い蒼色の瞳。僅かな皺こそあれど、目鼻立ちは整っており、所帯持ちであれど女性からの人気は非常に高い。
「厨房から良い匂いがしてきたから、ここで待たせてもらっていたよ」
「言ってもらえればマスタールームまで運ぶのに、酔狂だね」
フィルエルムが微笑みながらカーフの顔を見る。歳が近く親交も長いため、カーフも目上の人、というよりは友人に話すような口調で返す。
「ああ、ウチが誇る二大ナイスミドル。いつ見ても絵になるわね……」
端の席でその様子を見ていた女冒険者が、二人をうっとりした目で見ていたことを、誰も知らない。