121 わたしをクレハと呼ぶの誰?
「わったしは『クレハ』、クレハちゃん。
名前が無かったクレハちゃん~
どっこで、生まれたのか、わっからないけど~
気が付いたら、ふっわふわな、お部屋に独りきり~
なの~」
「おいおいクレハ。なんで、日本語で歌ってるんだよ」
あ~あ。リトが周囲に意識しながら、歌うのに割り込んできちゃった。
別に、良いじゃない。修道院の、こんな片隅の鶏舎に誰が来るっていうのよ。
それにリトだって、歌に釣られて日本語で話しているの、気が付いてるのかな?
「リトは心配しすぎなの。鶏を放って空いた鶏舎に誰が来るって言うのよ? 鶏糞の掃除場所なんて、よっぽど用事が無いと来たくないよ。少なくとも、わたしはね」
「だからって、日本語で歌わなくても良いんじゃ無いか?」
「逆よ。逆なの! 日本語を忘れないようにって、歌ってるの。 忘れたくないからお話ししようよって言ってるのに、リトったら周りを気にしてお話ししてくれないんだもん! でも小屋の中ならくぐもって聞こえにくいから、今なのよ! 分かった?!」
「まぁ、日本語を忘れたくない。と言うのは分かった。だけど、素になりすぎてないか? もう少し子供っぽくした方が、もしもの時に誤魔化せるだろ」
「んもう、リトの心配性! 大丈夫だって。間違っても水瓶には落ちないから」
「…ごめん。もう、何が言いたいのか分からなくなってきた。とりあえず好きにして良いけど、ボリュームは少々下げてくれよ。声もそうだけど、鶏糞が舞い上がってるから、吸い込まないように注意しておくれよ」
「ありがと。結局、最後は心配してくれるんだね」
「まぁ、な…」
褒められて照れくさそうに目を泳がせるリトの仕草は、今の背格好に合って可愛いわね。
からかいがい、じゃなくって、可愛がりがいのある弟で、わたしは嬉しいよ。
「それじゃ、お言葉に甘えまして…」
鶏舎の掃除をしながらとはいえ、改めて『聴衆者』が居ると意識すると緊張するじゃないの。
もう、リトのバカ馬鹿ばか・・・
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「だ~れが呼んだの? わたしの名を~。
それは、わたくし、とメフィストが言った。
お生まれたならば与えられた名前です。
と、私の名を呼んだの」
「どうして、わたしは『くれは』なの?
それは、お母様、とメフィストが言った。
思い出込めて考えられたのです。
『紅葉』が思い出の時だから」
「どうして、わたしに名は無いの?
それは、クレハ様が居ないから、とメフィストが言った。
リトは、どうして顔を背けるの?
知っていたら、教えてね~」
「どうして、わたしは居ないのよ?
それは、リト様の中で暮らしていたから、とメフィストが言った。
リト様がクレハ様を食べたので、
お腹の中に居たのです」
「どうして、わたしはココに居るの?
それは、わたくしが、とメフィストが言った。
リト様の魂から掬い救い上げたのです。
リト様が大切に包んでくれたから」
「どうして、わたしはココに居るの?
それは、わたくしが、とメフィストが言った。
リト様が望んだから。
リト様が契約を結んだから」
「どうして、わたしはココに居るの?
それは、わたくしが、とメフィストが言った。
クレハ様が、平穏に暮らせる様にと望んだから。
リト様が望んで契約を結んだから」
「どうして、わたしは…」
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「ちょっと、まった~!!」
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突然、リトが声を張り上げて歌うのを遮った。なによ、気持ちよく歌っていたのに。もう~
「なによ。折角、思い出話しをさえずっていたのに、邪魔しないでよ」
「いやいやいやいや、邪魔するよ。
なんだよ、そのフレーズ。
なんだよ、なんで悪魔が出てくるんだよ。
なんだよ、そのダイジェスト感は!
なんだよ、その大喜利のお題感は!
突っ込みたい所、満載だよ。思わず割り込んでしまったよ!」
「リートー。人の歌に批評をするのは、批評を受ける覚悟がある者だけよ。リトに覚悟があって?」
「おいおい。何時から私達は『殺し屋』になったんだよ。何時から私達は『邪神』になったんだよ。
は~…、まったく、
どうして、クレハは舞い上がっているのでしょう?」
あっれ~?そんな気持ちじゃないのに、リトには嬉しそうに見えるのかな?
それとも、わたしに自覚がないだけかな~。そうね、思いつくとしたら…
「そっれは、わたしが、生活に慣れたから~。
そろそろ心の傷設定が癒やされた事にしたいから~」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
そうね。日本語で素に雑談できる雰囲気になったのは嬉しいかな。
わたし達を守る為だろうけど、リトは何時も周りに合わせようとして自分を殺している感じがして、今まで辛かった。
何のかんのと言っても、やっぱり母国語(日本語)だと気持ちよく話せるじゃない。
雑談はしても、手は休めない。これは仕事としての最低限の事だと思ってるのから、掃除の手は止めていないわ。
会話が出来ない程の切り詰めた雰囲気じゃ疲れちゃうし、手を止めたらサボってるのと同じ。
前の世界では、そういう気疲れ無い雰囲気な会社で働けて良かったって思うわ。
「それはそうと、批判を受ける覚悟を聞かせてよ。リトはどんな歌をうったうのかな~」
「なんだよ。もしかして、怒ってる?」
「怒ってなんていないよ。
~ わったしは~、リットのうたを、きっきたいな~」
「ここになって、いきなり幼い見かけ相当な言葉使いに変えるなよ。日本語のままだけど」
「いいからいいから。はっやく、きっきたいな~」
さぁ。リトはなんて歌うのかしらね。『大喜利』なんて揶揄るんだもん。『そもさん(さあ如何に)』
さぁさぁ、リトの『説破』は何かしら? 楽しみだわ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「あ~あ~…。そうやって見つめられると、流石に緊張するな~」
ほ~ら。がんばれ~。リトは何て歌うかな~。楽しみね~。
「あ~…
クレハよ
クレハよ
何故踊る。
母様の思い出が
恐いのか~?」
「はい?! なんで、ここでそのテンポで歌うのよ」
「だって、何か歌えって言ったのはクレハじゃないか。批判上等で選んでみたんだけど、期待にそえたかい?」
ああ、そうだった。
リトって、緊張すると『笑えない冗談』をする性格だったわ。
リトらしいといえば、リトらしいわね。
「うんうん。リトらしいわ。笑えない所がね」
「お気に召してなにより」
気に召して無いけど、思いっきり日本語で話せたから、もう良いわ。
わたしは遠慮無く声が出せて満足よ。
あ!!
「ねぇ、リト~。もう、お掃除おわったよね~。おわったよね。あたし、つかれたの。おわりにしようよ」
あわてて、日本語を止めて、何時もの余所行き口調に戻して、リトに気付かせなくっちゃ。
「どうしたの、いきなり変わると驚くよ」
口先に人差し指を立てて「し~」と発して、
「リト~。おちついてね~。ゆっくりふりむくのよ~」
「なんだよ。変だよ…って、ぅわ!」
リトが振り向くと、鶏糞の煙を避ける様に、鶏舎の入り口から離れた所で、シスター・レミアが覗き込んでいたの。早く気付いて良かったわ。
「なにかしらね。楽しそうにお話ししてるから何かな~って、聞き耳立てちゃった」
テヘッって感じに問い掛けるのね。
なんというか、フワッってした仕草だと人気あるのかなぁ。
怯える仕草か演技を止める頃には、わたしも同じようにしてみようかしら。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
さてと、鶏舎から離れて、シスター・レミアに応えなくっちゃ。
「あのね~、そのね~」
あれれ、どうしよう。良い言葉が思いつかないわ。普通に話すのなら何とかなりそうなのに、舌っ足らずな言い回しだと、難しいわ~。どうしましょう…
戸惑っていると、リトが口添えしてくれた。
「あ、鶏の『んち』の掃除って大変だから、面白い事を話しながら掃除しよう。ってしてたの。変だった?」
「変じゃないけど、『面白い事』って何かな~。興味あるわ。教えてくれると嬉しいわ」
あちゃちゃ。ただの好奇心でしょうけど、痛い所を聞いてくるわね。困ったわ…。
「シスター・レミア。あっち見てよ。ナーガが文字を書きながら耕してるよ。何て書いてるだろうねって、なぞなそしてたんだよ」
リトの指した先では、道具チートの無駄遣いと言っても良い感じに、ナーガが地上文字を耕して遊んでいるじゃない。
器用貧乏というか、能力の無駄遣いというか、もうなんなのよ。楽しそうではあるけど。
「あらまぁ。もう、ナーガは遊んじゃ駄目でしょ。ハンスもガッセルも一緒に遊んで困るわ」
シスター・レミアは、冬に固まった『畑の掘り起こし組』の方へと去って行った。
「こらー。そんな雑に耕したら畑にならないでしょ!やり直しなさいね~!」
ナーガの悪ふざけと、リトの誤魔化しが上手くいって良かったわ。嘘は言ってないから後ろめたさも無いし。
「リト、ありがとう。上手に話しを反らしてくれて。わたしでは思いも付かなかったわ」
「なにを今更。院外だとクレハの方が手練手管にたけてるくせに」
考えるまでも無く、元は同じ人なのだから、考える事が似るのは同じだったよね。




