117 傷薬を作ろう
「同じ部屋でグループを作ってから始めるぞ。先ずは道具はそろっているか確認するからな」
グループと名は、ビリーが勝手に決めつけた。
今回の授業では、集まって居るのが孤児院とモンク・ビリージェルなので、面倒だから名前は略称する事にしよう。
さて、グループは
・小鳥組(少女3人組のアン、サフィ、コル)
・兵士組(少年2人組のハン・セル)
・工房組(マリとアルの姉弟にアリア)
・若葉組(ナーガと私にクレア)
と名付けられた。保育園か幼稚園の組み分けみたいだけど、そこは聞き流そう。
ビリーの点呼で、それぞれの組で道具が行き渡っているかの確認をさせられた。
薬師が使う様な擂り粉木に、底にコルクの様な栓が付いた竹筒の大きなコップ。そして小さなコップが幾つかならんでいた。
これから実験をしようというテーブルになっていた。
実験? それとも何かを作るのだろうか?
「これが、これから作る薬の材料だ」
そう言って、炭と水、植物から絞った油に、お酢と灰を溶かして濾過した白液、そして甘く腐った臭いがする木箱がテーブルにドカッと置かれた。
木箱の臭いで嫌な思い出がフラッシュバックした。
そう、たしかあれは正月前のセール品て買ったミカン箱だ。食べきれなくて腐らしてしまった記憶だ。
「今回は初めての若葉組が居るから、ゆっくり教えていこうか。この木箱の中身が薬になるんだ。若葉組はよ~く見ておけよ」
そういうビリーの表情は、箱の中身をみて驚く様子に期待をしている、そんないたずらっ子な面影か見え隠れしていた。
蓋を開けると甘く苦い臭いが咽せる程にテーブルの周りに立ち込めた。
漏れた臭いから想像はしていたとはいえ、予想以上の臭いに、私達若葉組は慌てて飛び退いて避難した。
その慌てっぷりに満足したのか、ビリーは嬉しそうに笑っていた。なんか悔しい。
臭いから逃れて、テーブルを見渡せばビリーが箱の影に隠れているだけで、誰も居なかった。
みんな消えた? と思ったら、今までの授業の経験からこうなる事をしっていたのだろう。出際良く窓を開けてていたのだ。
臭いに慣れてきたので恐る恐る箱に近づくと、青く光る苔の様なフワフワしたモノが入っていた。
「リト、これが何か分かるか?」
青く光るモノなんて、テレビやスマホ以外では、ブルーライトと呼ばれる『青いLED』位しか直接見た事が無いので、当然分かるはずも無い。
「んわがりまえん。んなんれふか?」
鼻を摘まんでいたから言葉が変なのは仕方が無い。
「流石に商人のリトも見た事がなかったか。そうかそうか」
ビリーは鼻言い荒く得意げな笑顔を作った。「僕、それ知ってる~!」って雰囲気が漂ってきた。まるで子供が山野で駆け廻っている感じだった。
ガキか!!
思わず、心の中で叫んでしまった。
少し落ち着こう。
『理科』の授業を受け持つのだから、自然科学的な事が好きなのだろう。だから童心に戻っているのかも知れない。そう考えよう。
そんな事を思ったら、気持ちに余裕が出来た。
「どうしたリト。そんな硬い顔をして、難しかったのか?」
ビリーの呼びかけに、慌てて顔を軽く叩いて作り笑顔で答える。
「はい。僕はこんなに綺麗な苔を初めて見ました。驚きです。…臭いけど…」
若葉組の反応を楽しんでる様に悪戯な雰囲気を纏いながら、ビリーは光る謎の物体について語し始めた。
結論としては、特殊培養した『青カビ』というわけだが、カビにも色々と種類があって、モノによっては猛毒を含んでいるのがある。「死んじゃうよ~、恐いよ~」
こんなホラー風に脅かしながら語るので、知識に疎いナーガは恐々と反応するモノだから、より一層ビリーを楽しませてしまっている。
まぁ私と、多分同じ知識があるクレハは、カビに詳しくないけれど、前の世界での『苦い経験』からそれなりに経験値があると思っている。
だから、驚くとか恐いという感覚はないのだけども、ナーガより年下が平然としているのは、変かも知れないと思って、ナーガに併せて反応をする事にした。
少々オーバーな反応をしてしまった気もするが、ビリーの語りが盛り上がっていくので、コレで良かったのだと思おう。
若葉組を驚かせて満足したビリーは、やっとこれからの作業の説明を始めた。
「それでは、先ずは大まかな手順だが、水と油と青カビを混ぜて、水だけ抜いて、炭と混ぜて、炭を洗って出来上がった水が薬になるんだ。分かったか?」
まったくもって分からん。
分からないから、他の組を手順を真似しよう。
そう思ってみんなをみたら、
小鳥組はカビの話しの時に飽きたのか、自分たちの世界に入り込んで聞いていないし、当然実験道具になんて触れてもいなかった。
兵士組は痺れを切らしていたのか、これからの手順の説明を合図に、既に作業を始めていた。
工房組は説明に合わせて行儀良く作業を行こない始めた。アリアの躾けが良いのか、マリとアルは工房でしっかり教育を受けているのか、丁寧に行っている。
そんな状況だったので、工房組の真似をする事にした。
失敗したらどうしよう。そんな思いがあったのだろう。ナーガは作業、いやいや『実験』と称した方が合ってる様だから、そのこれからはそう呼ぼう。
ナーガとは逆に、私はこういう『実験』は大好きだ。気持ちを抑えきれずに、童心に返って率先して行った。
混ぜて、濾して、(炭を)砕いて混ぜて、洗って、混ぜて、濾して、濾してと、理屈を考えずに、見よう見まねで『実験』しているから、だんだん何をしているのか分からなくなってしまった。
そして、出来上がったモノというと、灰白に濁った液体だった。
極端に言ってしまえば、洗う時に洗剤代わりの灰を溶いたモノと大差が無かった。これは間違いなく失敗作だろう。
初めてだから仕方ないな。
そう思いながら他の組を見渡せば、工房組は綺麗に透き通っていた。コレが完成品なんだろうな。と言うのが一見して分かった。
見事な『仕事』だ。『お手伝い』先で、どれ程の経験を積んできたのか、想像するに難くなかった。
兵士組はというと、少々白濁していた。何度『実験』していたのか分からないが、好きな様に行っていたから、まぁこんなものだろう。
当然、小鳥組は囀りに夢中で、何もしていなかった。
「ああ、なんとなく分かった。こんどは俺がやってみたい。なぁ小鳥組のみんな。手つかずの道具と材料を貰っていいかな」
ナーガが何か閃いたらしく、独りで『実験』をしたいと意欲を示し出した。
もちろん、誰も反対はしなかったので、ナーガだけの『実験』が始まった。
しかし、青カビで薬を作るなんて思いもしなかった。
漫画の神様は良く話しに組み入れられていたが、たしか青カビで作られる薬、ペニシリンは20世紀初頭の発見ではなかっただろうか?
それを、異世界とは言っても12~16世紀の中世ファンタジーで生成する練習をするとは思いもしなかった。
もしもの話しだけど、この国では『迷子』と呼ぶ異世界転移転生の『先輩』の誰かが教えたと考えれば得心出来る事だ。
楽器の製造、作曲に舞の振り付け、和紙の生成、そして衛生管理にペニシリンの生成。
私達の『先輩』は1人2人でははなく、相当の人数が送り込まれている。そんな気がして成らない。
杞憂だと思いたいが、ペニシリンの生成方法を知っている人間なんて現代社会でも、そうそうに居るはずが無い。
確信するには未だ早いが、この世界には多くの『迷子』が居る可能性が高そうだ。
メフィストは何故『牧歌的に平和な生活』を望んだ私とクレハを、こんな世界に送り出したのだろうか?
転生者、転移者が必要と言う事は、それだけ『世界が恐怖に満たされている』のはないだろうか?
そんな危険な世界で『牧歌的生活』なんて出来るはずが無い。
出来るはずが無い? 少なくともこの世界は『恐怖』に支配されていない。それどころか楽園と称したくなる程に平和だ。
なんだ? この違和感は? この世界は、この国は、いったい何だ?
考え事が、薬を作る『実験』とはあさっての方向へ進んでしまった頃、ビリーが驚きの歓喜を放った。
「凄い! 素晴らしい!! 極まれに淡く光る薬が精製する事はあったが、ナーガが作った薬の様の輝くのは初めてだ。 ワンダフル!!!」
拍手と伴にこれ以上無いと言う位に賞賛していた。
脱線した思考を今に戻して、ナーガの完成品を見ると、青く光る澄んだ薬品が出来上がっていた。
ビリーが驚いているのだ。『ポーション』と言える程に完璧なモノに違いない。
ナーガにどうやって『実験』したのか聞いてみたが、「なんとなく、思った様にしただけ」と本人も良く分かっていないらしい。
そういえば今まで気になっていた事が有る。
ナーガに与えられた3つ目の『神様の祝福』の、どんな道具でも使いこなす『道具チート』とは、どんな能力なのだろうか? という疑問。
そのチートが、今になって顕現されたのだ。
今になって? 多分違う。
魔法の練習で使った麦わらのストローの消耗が、私とクレハが行った時よりも少なかった。
この時に気付くべきだったのかもしれない。
ナーガは意識せずに「なんとなく」何でも出来てしまうのだと。




