116 怪我をした時のおさらい
「みんな集まったな。これからは『理科』の授業だ。久しぶりだから復習しながら教えるからな」
突然、モンク・ビリージェルの招集で、朝食の後にもう一度礼拝堂に集合した。
「折角お出かけしようと思ったのに!」
「そうよ! 折角のお休みだから、とっておきの服を着て街を歩きたいのに」
「服に合う飾りを探したかったのよ!」
3人組の少女が、突然の事に不満をさえずっていた。
「アンブラ、サフィール、コラル。最近、服を買ったのは知ってるし、早くおめかしして街中を歩き回りたい気持ちは分かる。でも今日は止めておこうか」
「何で駄目なのよ!」
「そうよ!」
「今日、授業が有るなんて聞いてないわ!」
「街に出たって、お店は何処も閉まってるし、人なんて余程の用事が無いと出歩いてなんかいないから、つまらないと思うんだが」
「そうだよ。オレ達は稽古したかったんだ」
「最近は兵士が来ないけど、自分達で稽古するって決めてたのに!」
「ハンスもガッセルも、その気持ちは立派だがな、今日は稽古なんて出来ないって知らなかったのか』
「何で駄目なんだよ。今まで習った事を繰り返すだけだ」
「兵士に教わった事を忘れない為にも、練習したいんだ。なぁナーガもそう思うだろ」
仲間を増やしたいのか、ハン・セルはナーガを巻き込もうと誘い込む。
「あ、うん。そうだけど・・・。リトはどうしようか? クレハは何がしたいかな?」
何故か私とクレハも反対運動に巻き込まれる状況になってしまった。
予定では、ブリーイングの方々から贈られた古着で襟巻き作りたかったので、ナーガには古着の選別の手伝いをお願いしようと思っていたのだ。
しかし、頼むよりも前に、授業の招集が掛かってしまったので、ナーガ的には自分の予定が空っぽだった
から、「頼み事はあるかい?」と確認してくれたのだろ。
私としては『理科』は得意分野だし、この世界の事を知るのに大切な授業だと思っていたので、授業があるのは嬉しいと思っている。
なにせ、モンク・ビリージェルは各所の礼拝堂巡りが多くて、授業なんて殆ど行わないのだ。このチャンスは逃したくない。
「僕は『理科』の授業を受けたいな。クレハはどうしたい」
「リトがいいなら、あたしもいいよ~。あ、でもね、どうして、けいこはできないの?」
「お! クレハちゃん。言い質問だ。 というか、だれも知らないのか? 天気の事」
「わたし、知ってる。これから雨が降るのだって。『お手伝い』先の奥様が教えてくれたの」
「そうそう。メイドの人が詠ってたって、教えて貰ったんだ」
「そうよね。親方が「今日は修道院で過ごしなさい」って、お休みになったのよね」
普段、パン工房で『お手伝い』をしているマリアベルとアルキメドが得意げに応えて、アリアが「2人共、年始めは大変だったわね」と、ねぎらう様に言葉を添えた。
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不思議な事に、時折メイドが天気予報みたいに詠う時がある。
詩はその都度違うのだが、『水』や『湿』が有れば雨が降り、『日』や『陽』があれば日が差す。それも必ずだ。
予報や予想ではなく、既に未来が決まっているかの様で大変に不思議なのだが、誰も不思議がらないのが、更に不思議で仕方がない。
一度レミアに聞いた事があったけど、「当然な事を聞かれても困るわね」と恥ずかしい思いをしたので、今の所はそう言う事なんだと思う事にしている。
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そして、観念したのか、訴え疲れて嫌々ながら席に着く頃、『天気予報』の通り雨が降り出した。それも少し強めに降りしきる。
これでは外出は難しい。
この国全体で休みの今日に激しい雨とか、タイミング良すぎだろって驚いている。
「さぁ、これから怪我の薬を創ってみようか。その前に、おさらいだ。怪我をしたら先ずはどうしたらよかったかな?兵士見習いのハンスとガッセル」
「近くに井戸があれば、洗い流す」
「井戸が無かった場合、パンがあれば千切って拭く」
「よし。ちゃんと覚えてたな」
え? と思った。なんでパンで傷口を擦るんだ? そんな事は習った事が無い。昔よくある魔除けのお札みたいな感覚なのか? 疑問が湧き上がりつい口にしてしまった。
「どうして、パンで怪我を拭くのですか?布は使わないのですか?」
「なんだ?リトは知らないのか。怪我をしたら、先ずは傷口を綺麗にする事が大切だ。分かるな」
「うん。綺麗にするのは大切なのは僕も知ってる。でも、なんでパンなのですか?」
「綺麗な順番で、井戸、パン、洗ったばかりの服だ。パンは食べる為に綺麗に包むだろ。それに、うっかり落として泥だらけにしても、千切った中は綺麗だろ。そしてパンを包んだ紙と布。という順番だが、布は避けたい所だ。分かったかい」
確かに、口にするモノは綺麗にして持ち運ぶから、清潔なのは分かった。
「どうして布は駄目なのですか?」
「珍しいな、リト。今日はやけに熱心だがどうした? ああ、そうか。リトには大切な事だったんだな」
質問攻めで面倒だ、という口調から、途中で何を察したのか、優しい声色に変わったのが少々気持ちが悪い。
そんな折り、袖を引いてクレハが「メフィスト設定よ。魔獣に襲われて怪我をした。というのを気にしたんじゃないかな」と、小さく早口、聞かれ無い様に囁いた。
成る程。その通りかもしれない。
「あー。布と言えば、今着ている服が思い付くんだろうが、砂埃に塗れているだろうし、着の身着のままで洗う事はそんなに無いだろ。だから布はできるだけ使わない方が良い。と伝えられてるんだ」
ああ、成る程。言われてみれば、この世界では水は貴重だから食べ物は綺麗にしても、衣服まで洗う余裕は無かった。
現代社会のように、綺麗に洗ったタオルが近くにしまってある訳でも無いから、言われてみればその通りだと頷くしかない。
そういえば『算数』の授業で思い知ったけど、現代社会の知識でチート生活と言うのは、以外と難しいのかも知れない。
「川の水は使えないのですか?」
「川の水は泥まみれで駄目だ。どうしても、というなら、一度沸かしてからじゃないと使えないが、そう都合良く鍋と薪技なんて持ち歩かないだろ。だから無理だ」
生水は気をつける必要があるのは、この世界でも同じか。
いや、川の水が綺麗と思っているのは、川の長さが比較的短い日本だからだろう。
大陸の川は長い為、途中でどんな利用、最悪な場合は死体が流れてくるかも知れないという話しを思い出した。
ジャングルでは、ワニやピラニアといった肉食の生物に注意しなくてはならないから、逆に危険だと考える方が当然なのだろう。
「いいかリト。川の水は安全だと知っている場所以外は注意しろ。それにな、狩人から聞いた話しでは、触れただだけで腹が膨れて死んでしまう呪われた川が、西の森を抜けた先にあると噂されているんだとよ」
触れただけで死に至る。毒か何かだろうか?
触れると言う事は経皮感染を考えなくてはならないが、皮膚にふれて、というなら毒を持つ生物に障った場合だろうけど、水に触れるだけで呪われる。というのが気になる。
いったい、どんな症状だろうか?
腹が膨れる?
そいうえば地方病とかいうのがあって、その原因は住血吸虫だったと言う話を思い出した。
その地方病と闘う話しを漫画で読んだ事がある。
たしか、住血吸虫症で内臓がやられて、肝臓に水が溜まり腹が膨れる症状で亡くなったと言う話しだった。
恐いのは、経口ではなくて、見えない程に小さい虫が皮膚から浸入するという事だ。
魔法が使える世界だから、本当に魔法で呪われている可能性もあるだろうが、住血吸虫が生息しているのも、ある意味呪われているといっても過言ではないのだろうな。
つい、色々と考え込んで仕舞った。
「それじゃ、リトがおとなしくなったから、傷用の薬の作り方をするぞ。準備はいいか」
事実とは言え、私が授業の邪魔をしている言い回しは勘弁して欲しいものだ。




