115 幸せの交換会
「ナガー。クレー。リト?-」
駆けつけてきたのは、弟の方の『シン』だった。
って、なんで何時も私の名前は疑問形になるんだ?
「みな、休み。ひま、あそぼ」
にこやかに歩み寄るシンに対して、慣れてきてるとはいえ、防寒着に残る獣臭にたじろんでしまう。
普段着を重ね着している私達と違って、この街では冬服は買えないらしく、その代わりに、狩った獲物の毛皮の端切れで繕った防寒着を羽織っているのだが、残っている様々な臭いが少々キツい。
「ど、した?」
「な、なんでもない。なんでもないから。そうそう。俺たちは・・・」
贈り物をするのが恥ずかしいのか、それとも照れているのか分からないが、ナーガは言葉に詰まった。
そんな、もどかしさを感じている最中、
「しんねん~、おめでと~」
そういってクレハがパンを包んだ布袋を掲げた。
「おめでと? なに? それ、なに?」
「しあわせだよ~。とどけに、きたの~」
幼さを顕わにして、おもんばからず、気兼ねなく、贈り物を差し出したのだ。
「あ、りが、と」
さもありなん。まるで予め約束をしていたかの様に、なんの躊躇いも無くシンは包みを受け取ったのだ。
クレハのこういう率直な行動はとても上手いと思う。
私だったら、ナーガと同じく、照れて戸惑ってしまうだろう。
「リトか。ひまだ。ことば、よこせ」
兄のジンが少々遅れてやって来た。
「ジン。違うよ。「ひまだから、ことば、おしえて」だよ。いつも、教えてる、ます」
「んだ? それは?!」
シンから包みを取り上げて中身を取り出した。
「しんねんの~。おいわいのパンだよ。いつものね、おれいなの~」
「オレ、してない。気味悪い」
「ジン兄。ちがう。きみわるい、ちがう。「お礼、もらう、事、してない」だから」
乱暴な言い方をするジンに代わって、シンが話した意味を直して伝えた。
まぁ、身に覚えの無いお礼は、本音としては気味の良い物じゃ無いという気持ちはよく分かるが、こうもドストライクに言われると、流石に心に刺さる感じがして辛いな。
「魔法のれんしゅう。みんなに、めいわくかけてると、おもうの~。ジンとシンのおかげで、街の人、もんく言わないでくれる。ジンとシンのおかげだよ。だから、おれい、なの」
「まったく、わからん!」
「ちがうよ、ジン兄。「とりあえず、ありがとう」だから。そ、だよな。リト?」
いやいや、だから何で私を呼ぶ時は疑問形なんだよ。
って突っ込みは置いといて、と。
「そうだよ。でも「とりあえず」は要らないよ。「ありがとう」で大丈夫だから」
弟の方は少しの間、『国語』を習ったから言葉が少し分かるが、色々と事情があったのだろう。あまり上手ではない。
兄の方はといえば、『国語』の授業の機会を全て弟に与えたので、からっきしだった。
言葉を教えるのは、別に兄弟の為では無くて、私が会話するのに大変だから、もう少しは話せる様になって欲しい。
そういう願いから、いつの間にか、ナーガが魔法を練習している合間に、この兄弟に読み書きを教える様になっていた。とは云っても、つい最近からだけど。
ジンは長らく乱暴な言い回しをしていた。
その為に、私は言葉を矯正するのには骨が折れそうだと気落ちしているが、それでも、口調がだんだんと優しくなってきているので、とりあえずはこれで良いかと思う事にしている。
「んだよ。パン、かよ。もう、手に入れたぞ。喰ったぞ。もう、いらね」
「あ、そうだったんだ。礼拝堂で貰えたんだ。俺、余計な事しちゃったかな」
ナーガが落胆して言った。喜んで貰えると思っていたから、流石に寂しい。
「ちがう、ちがうから、ナガ。これはナガの分の、なんだ、なんだろう。えと??」
「しあわせ~、なの~?」
「そう、ナガのしあわせ、だろ。大切、だろ。もらえない、から。それに、兵士、さっき、もらたから」
嗚呼そうか、入り口ですれ違った兵士はパンを届けていたのか。だから大きな空の籠をかかえていたのか。と、思い出した。
つまり、ジン兄は、「自分たちも貰ったし、1人1つの約束なので、私達の分の『しあわせ』が無くなるから、受け取れない」と言いたいんだよね?
と、シンに聞いてみたら、その通りだと思うと言ってくれた。
「僕達はもう貰ったんだ。これは、余ったので僕達1つずつ貰った分だよ。ジンとシンで分けて貰って欲しいんだ」
ここで『なぞなぞ』をしよう。
贈り物は私達3人が1つづつ貰ったら『3つ』だけど、実際に贈ったのは『4つ』ある。なぜ兄弟は不思議に思わないのだろうか?
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答え。
数の数え方を習っていないから、計算が出来ない。だから、数が合っていないのが分からない。
と言う訳だ。
情弱というか、昔の人は数えるのが出来ないから、商人に言い様にあしらわれていたと聞いた事がある。
その1つに、『鯖を読む』があるだろう。
手早く鯖を数えるのだけども、その数え方が酷くて、
1つ、2つ、3つ、4つ、5つ、『中程』、6つ、7つ、8つ、9つ、10,『終わり』。
で、ひとまとめにするそうだ。12尾なのに、10尾数えた様に見せかける。
1ダースが12個なのも、同じ様な事をしていた国が有ったのかも知れない。12進数だとか、計算しやすいというのは、後付けの言い訳だろう。
まぁ、推測なんだけど。
現代社会では義務教育で当然に習う事だけど、この国が、それともこの世界が、計算に弱いのかも知れないな。だから計算が出来る私達は『お手伝い』で重宝されたのだろう。
狩猟を生業とするなら、計算は無理でも、数は数えられないと大変だよな。言葉を教えながら、これも教える必要がありそうだ。
「こっち、来い!」
突然、ジンがナーガの腕を鷲掴みにして引っ張って歩き出した。
驚いて、腕を引き抜こうとしたが、もがけば更に握りが強まってしまい、断る事も出来ず、街の中へと引きずり込まれてしまった。
もちろん、ナーガを追ってついて行くしか無かった。
「待ってろ!」
そういって、前にバーベキューもどきをした場所で突き放し、姿を消した。
そこには、そうとう煤けた手作りの石積み窯があった。以前の時から何度も使い込んでいたのだろう。
「痛いな。なんだよ無理矢理連れて来て。何する気なんだよ!」
腕の痛みで苛立ってか、ナーガは怒りを吐き出した。
「ごめん、ナガ。ジン兄、話す、むずかしい。だから、体、動かす。痛いの、ごめん」
代わりにシンが謝りだした。
謝られたとはいえ、力尽くで連れてこられて「ごめん」の一言で溜飲が下がる訳が無い。歯軋りが聞こえそうな表情をしているのは、そうとう腕が痛かったのだろう。
どうも、この場の雰囲気が重くなり居心地が悪くなってきた。どうしよう? 何か良い方法はないだろか?と、必死に解決策を考えていると、
「だいじょ~うだよ。ナーガは、やさしいから、おこってないよ。ね、ナーガ。だいじょうぶだよね」
クレハが痛がる腕に優しく抱きついて、上目遣いで「大丈夫だよ」と問い詰めた。不意な抱擁に照れたのか、
「あ、うん。大丈夫だよ」
と、その場の雰囲気に流されて応えた。
幼い見た目と、ふんわりとした物言いによって、刺々しい雰囲気をあっさりと治めてしまう手腕は、なんと上手いのだろう。何時もの事ながら感心してしまう。
「これ、報酬だ」
暫くしてジンが肉を持ってきた。プルプルしているので、干し肉では無く、狩ってからそんなに時間が経っていない肉だと分かった。
しかし、本来なら冬眠している獣を狩る事ができるのだろうか? 少々疑問が湧き上がった。
「ジン兄。報酬、ちがう。お礼、だよ」
「おれい? 報酬とちがうのか。言葉、おそわる。対価、報酬。おれいなのか?」
流石に、拙い言葉を翻訳して会話するのは大変だ。
会話の不自由さは、この国に来た時に痛い程思い知った。
当時の孤児院のみんなは、きっと今の私と同じ思いをしたのだろう。そんな気持ちを改めて実感する事になった。
さて、
(シンの通訳を通してだが)ジンがどんな話しをしたのかを掻い摘まむと、
・持ってきた肉は、今日のパンと、無償で『国語』を教えてくれるお礼だそうだ。
・新鮮? な肉があるのは、少し前に狩りがあった分け前だったそうだ。
詳しくは解らないが、『魔』を宿してしまった獣、つまり『魔獣』は冬眠が出来なくなってしまうのだと教えてくれた。
食料の乏しい冬では、餌を求めて街に襲いに来るから、街を守るのを兼ねて狩りをしたのだと言う。
襲う魔獣を、兵士では無くこの草の根街の人達が狩るのは、獲物を自由に出来る特権が有るからだというのだ。
などと、この国の慣習について、まだまだ知らない事があるな~って考えていたら、焼き上がった直ぐの芳ばしさが漂い始めた。
薫りにつられて振り向くと、ジンが、贈り物にと持ってきたパンに焼き上がった肉を挟んで、私の方へ差し出した。
「喰え!」
贈り物が返ってきた感じは微妙だ。
でも、人から物を贈られたのが嬉しいのか、『国語』を教わったお礼(「報酬」と言っていたが)なのかは分からないが、ジンなりの心遣いなのだろう。
断るのは申し訳ないし、美味しそうな焼き肉に釣られて、つい、受け取ってしまった。
貰ったのは2つなので、1つはナーガに、残りは半分にして私とクレハで食べる事にした。
ただ、口に近づけて所で、ふと、嫌な事が思い浮かんだ。
この肉は『魔』を宿したモノだったよな。食べて呪われたりしないだろうか?
そんな躊躇いも、兄弟とナーガが美味しそうに食べる姿の前では杞憂でしか無かった。
クレハと相槌して、せーの!って口に運ぶと、ボソボソな下賜パンは肉汁が染みこんでいて柔らかくなっていた。
余分な肉汁が吸われたので、舌に脂がまとわりつく様なベタ付きが無くてとても食べやすく、そして予想以上に美味かった。
は~ぁ。やっぱりお肉は美味しいなぁ~。鶏肉も悪くないけど、やっぱり獣肉だよな~。
また来年も、食べられたら良いな~。そんな、希望を祈る新年となった。
贈り物が『倍』になって返ってきて嬉しかったのだろう。
帰路は、ほわほわと余韻に浸った足取りでふらついてしまったらしい。すれ違うメイドに心配されて声を掛けられてしまい、思い出すとちょっと恥ずかしい。




