043 修道院と孤児院と
『2回目』の失敗・・・では無かった様だ。
幸いにもここで死んだ記憶は無かったと思う。てっきり姫様の眼光で心臓が止まった過去を連想してしまった。
大型獣とか、そういう上位の捕食者に舌打ちされた様な恐怖。蛇に睨まれた蛙と言えば解りやすいだろうか?
いいや違う。きっと違う。これは『王の威光』というモノだろう。
王の機嫌を損ねたらどういう末路が待っているのか。そういった最悪の場面を想像してしまい萎縮してしまったのだろう。
そして今、私達は修道院へ向かっている。腰を抜かしたクレハはメイドさんにお姫様抱っこされながら。
子供とはいえ4歳位だと結構重さはあるだろうに、しっかりとした体幹で歩くのは素晴らしいというより、色々と凄い。
到着までどれ位掛かるのだろうか。言葉を話せないのがとても辛い。それにこの沈黙が非常に気まずい。メイドさんはどう思っているのか分からないけど、私的に辛い。
少し前に同じ事を気に掛けた気がするが、気まずいのは気まずいんだ。
会話ができるのなら道中にこの国の事を教えてもらえるかもしれないし、あわよくばメイドさんの事も。
いや、邪な考えではなくって、そ、そうそう、メイドの仕事とか興味があるんだ。
兵士詰め所に居たから、どういう仕事なのだろうとか、雇い主はどういう方だろうとか。
この国のルールに関わる事が有るかもし知れないからであって、決して邪な理由では、無い。
文字の読み書きが出来ないというのは仕方ないとしても、会話ができないというのがこれ程苦しく、疎外感にさいなまれるとは思いもしなかった。
入国の時にも思ったけど、苦労無く会話できる能力付与は十二分にチートスキルだと思い知らされた。
『よくある物語』では話せて当然という雰囲気だったのが気に入らない。転生とか転移させられたのだから当然の権利だ! とか思っているのかもしれない。罰当たりにも程があるだろ! って訴えたくなった。
もっとも、今の状況でなければ、私も同じように当然の権利とか思ってたかもしれないけど・・・。
「おね~たん。まいご、なぁに?」
クレハが舌っ足らずな問い掛けに、気まずい沈黙は終わった。
『迷子』という言葉は私も気になっていた。迷子は探す対象であり、迎えに行く対象ではないという不思議さを感じたからだ。
行方が判らない孤児が見つかったので迎えに行った。と考えればおかしくはないが、これは電話といった通信技術が発達しているからこそ有り得る行動だと思った。
「迷子の孤児を見つけたので預かっている。手が離せないので迎えを寄越して欲しい」と伝令する位なら、その伝令をする人が連れて来た方がずっと手間が省ける。
つまり『迷子』は『孤児』では無い誰か。と受け止めたのだ。クレハも同じ疑問をもったのだろう。よくぞ聞いてくれた。と喜び、耳に手を添えてその答えを必死に聞き取る。
「迷子、遠い遠い邦の人、と、聞いてるわ。遠すぎ、帰れない・・・。と、思うわ」
メイドさんは、聞き取りやすい様にゆっくりと、そして判りや易い言葉を選んで答えてくれた。
「かえれない? あたし、と、おなじ、ひと?」
「違うわ。もっと、もっと、遠くの人・・・よ」
「とおく? とおくって?」
「ごめん、なさい。わたし、も・・・、わからないわ」
メイドさんは星が瞬き始めた空を眺めながら、呟く様に答えた。
会話といえば、姫様とは何語で会話していたのだろうか?
問題なく会話できてたよな。日本語・・・な訳は無いと思うけど・・・。
あれ? いつの間この国の言葉を覚えたのだろう?
いや、覚えてはいないよな。言葉が分かっていたら隣で応えたメイドさんの言葉が聞き取れたはずだし・・・。
う~む。なんかおかしいなぁ。
とか、考えている内に目的地に着いた。
「でけー。ひろーい」
声に出して驚いてしまった。
土地の広さは地方都市の小学校位だろうか。
敷地境界は木製の塀。時計塔が有る教会といった修道院に、孤児院を兼ねる2階建木造の居住区。庭の大半が畑で鶏らしい鳥が放し飼いされている。木塀は鳥が逃げないためだろう。それから建物の樋は大瓶に繋がっている。畑用に使うのだろう。
何より時計塔が目立つ。遠くからでもよく見えた。まさかここが修道院とは思わなかった。いや、こっちの方がお城です。って説明されたら間違いなく信じたよ。
私達の身柄はメイドさんから修道女へと移った。
メイドさんはクレハを私の元へ下ろしてから、シスターへ経緯を説明していた。言葉が分からないので、どういう風に説明していたのか分からないのがもどかしい。
「シスター、言う事、きいて、ね」
先程まで事務的な対応だったメイドさんは、役目が終わったという感じで私達の頭を撫でながら、にこやかに別れの挨拶をして、そして帰って行った。少しキツく感じたのはお勤め中だったからだろう。そのギャップに思わず萌えそうになってしまう。
メイドさんの姿が見えなくなるまで見送りが済むと、シスターが腰を落とし目線を同じ位にしてから挨拶をしてくれた。
「はじ、めまして。リト・・。クレハ・・・。私、レミア」
「はじ、めまして。リト、です。シスター? レミア」
「ええ。シスター・レミア、よ」
『シスター』で正しいのか不安があって疑問形で呼んでしまったが問題なくて良かった。『オーベンシュベスター』とかだったらどうしようとかと思った。
「クレハ、れす」
「はじ、めまして。クレハ」
「・・・家族・・・は?」
「家族? ・・・いない・・・・」
先程の申し送りで私達の事情は伝わっているのに何で家族なんて聞くのだろうと不思議に思ったが、シスター・レミアは首を振ってもう一度言う。
「家族、名前、わ?」
家族の名前なんて今聞く事だろうか? と悩んでいると、先に気がついてか、クレハが答えた。
「レナウ・・・。あたし、クレハ・レナウ・・・」
家族の名前って、ファミリーネームを聞いていたのかと今頃分かった。そういえばメフィスト設定でそんな事も決めていたっけ。すっかり忘れてた。もちろん『レナウ』という呼び方すら忘れてた。
「リト・レナウです」
そう言ってあわてて名乗りを改めた。
少しすると、時計がそびえる建物から少女が駆け寄ってきた。
月明かりで時計塔が輝いているとはいえ、日が暮れて薄暗いと表情がおぼろげ無い。
少女はシスター・レミアに食事の準備が出来たと伝えにきた。
シスター・レミアはその少女に何か頼み事をしたのだろう。少女は来た所とは違う建物へ去ってしまった。