042 王との面会
動物が主役の大きなテーマーパークみたいな立派なお城をイメージしていたのに、案内されたのは極普通とも思われる一軒家。離れが少し立派ではあるが。
その違和感からか、謁見の間とも応接室とも思える空間を何度も見渡してしまう。
「皆さん驚かれますのよ」
私の心を読んだかの様に少女は笑みを込めて語る。
「わたくしは王を誇示するつもりは御座いません。この小さな一軒家がこの国のお城なのです。わたくしには身の丈にあった生活に満足しております」
皆さんというのは、私と同じか、それ以上に驚いた人もいるだろうとは想像に難くない。
それに小さいとは云っても、他の土地よりは品があると言うか立派というか。
私達を迎え入れてくれた少女は、スカートを軽く摘まみ上げながら挨拶をしてくれた。
「わたくしは、この国で女王の任を務めております。皆様からは親しみを込めて「姫様」と呼んでくださいます。「姫様」と呼んで頂けたら幸いで御座います」
「こ、この度は私達を受け入れて下さり、本当にありがとう御座います。」
幼いといっても女王の御身の前。会社の重役相手に面接を受けている気分になり、日本式の深々としたお辞儀をして挨拶を返してしまった。慌てて西洋式のお辞儀をし直す。
焦った余り、この後の言葉に詰まってしまい立ち尽くしてしまった。そのまま姫様が椅子に座り直すのを眺めながら、違和というのだろうか? 噛み合わせが悪い様な歯がゆさを感じていた。
『王の任』って何だ? 『務める』?
いくら愛称で呼ばれてるからって、自称「姫様」は無いよな?
少女が女王だとすると、両親はどうなった?
王様って、お辞儀して挨拶するのだろうか? それに「御座います」?
色々と疑問が湧き上がるが、いきなり質問するなんて不逞な事は出来ないし、何より『言葉が分からない』から質問の仕方も分からない。
「賓のリトくんに、クレハちゃんね。そんなに緊張なさらなくて良いのですよ。そうぞ入り口に立ち尽くさずに、こちらに座ってくつろいで下さいな」
姫様はテーブル向かいの椅子へ手をかざした。
「あっ、は、はし。ありがとう、ござます」
突然・・・ではなく、不躾にも考え込んでしまった事の焦りから変な声を返してしまった。
一礼をして歩き出す。緊張なのだろう。左足と左手を一緒に出してしまった。恥ずかしいくて冷や汗が流れ出た。
一呼吸して気持ちを落ち着けてから、何事も無い様な素振りで右足を進め・・・進め・・・・あれ、拘束されたように右脚が動かない。
右後ろに視線を向けると、クレハが半身を隠しながらしがみついて震えている。
姫様は立ち上がって
「あらまぁ。どうされましたか。ご気分が優れないのですか」
と言って近付こうとすると、
クレハは小さくヒっと悲鳴の様な声を上げると、私の後ろに隠れてしまった。
うわーやっちまったぁ。と血の気が下がる音を聞いた気がした。即座に
「失礼をして大変申し訳ございません」
「失礼をして大変申し訳ございません」
「失礼をして大変申し訳ございません」
腰を何度も折り曲げ謝罪をする。
「私達は魔獣に襲われて命からがら逃げ延びて来ました。両親を目の前で失うのを見てしまったのが、まだ幼いクレハにとっては衝撃だったのだと思います。あれ以来、口を閉ざしてしまいましたし、驚くと私にしがみつくようになってしまいまして・・・」
メフィスト設定をなぞり、必死に言い訳の言葉を思いつく限り訴えた。
「あらまぁ。それではわたくしは、クレハちゃんには魔獣に見えたって事なのかしら」
姫様は柔らかく語った。嫌味でも威圧でも無く、ただの冗談よ。といった軽い言い回しだった。
しかし、失言だった。姫様と魔獣が繋がるような言葉を選んでしまった事に、後悔に後悔をした。
「と、とんでもございません。決してそんな事は御座いません」
深々と腰を折り曲げたまた頭を上げられない。
永くと思われる静寂が流れた。
「どうぞ、頭を上げてください。そしてそんなに畏まらないでくださいませ。リト達の境遇は報告を受けております。幼い身でご両親や皆様の不幸を目の当たりにされた心境はご察し致します。ご両親達についてはお祈りさせて頂きます」
姫様は優しい口調で両手を組み簡単な祈りを捧げた。
「仕方がありませんね。そのままお話しする失礼を許しましょう」
「あ、ありがとう御座います」
私は安堵の声と共に一礼をした。
「それではリトくん。貴方達はどこから来たのでしょうか? 邦は何処か覚えてますか?」
「み・・・南から来ました・・・」
「今まで何処て暮らしていたのか?」という至極当然な質問ではあったが、私には「異世界から来ましたか?」と問われている気がしてならなかった。咄嗟に歩いてきた方角を答えた。
「南・・・でしたか。たしか南方には人族の邦も邑も無かったと思いましたが?」
ドキッと鼓動が大きく跳ね上がった。
正直に話した方が良いのかと安易に考えてしまったが、メフィストからは「気付かれるな!」と強く念押しされていた。メフィスト設定には暮らしていた国については無かったので答え方が分からない。
血の気が引く感覚に震えながら
「すみませんが覚えていません。皆とは日が沈む方へ進んでいました。その途中で襲われました・・・」
少なくとも「嘘では無い」と言える様に濁して答えた。
「・・・そうでしたわ。商人には独自の道筋がありましたわね。移動中でしたら迷うのも当然の事かもしれませんわ」
良く分からないが、納得して貰えた様だ。このままの流れに任してみようと期待した矢先に姫様は、
「残念でしょうが、わたくしは貴方達を助ける事はできません」
と、絶望に近い言葉を述べた。
助けられないとはどういう事だろうか。必死に耳を傾ける。
「この国は国交が薄いので、諸外国へ助力を乞う事はできません。それに、貴方達は住んでいた邦の場所が判らないと言いました。これは、これから長い旅をして探さなくてはならない。という事を意味します。わたくしとしましては護衛として国の者、兵を預けたいとは思いますが、下手をすると他国から進攻の準備をしていると勘違いされ、外患誘致の問題にもなりかねません」
元の住まいへ帰すという提案もまた至極全うな事だと思う。しかし下手に兵士をお借りしたら「戦争を仕掛けてきた」と荒立てる国も出てくるだろう。と言う事だと考える。当然、そんな事態は避けなくてはならない。
それよりも私とクレハにとっては元の住まいへ帰される方法を選択される方がずっとまずい。そんな場所はとうに無いのだから。
少しして姫様は続ける。
「だからといって、食料等を提供して邦への旅路へと送り出すのも問題が御座いましょう。道も分からないのでは帰える事が出来るかと言えば、間違いなく不可能でしょう。途中で魔物に襲われ、盗賊に襲われて、場合によっては奴隷に成り果てる危険が御座います」
失望させる言葉ばかり並べられて、もう少し優しい言葉をかけてくれと言い返してやりたい怒りは湧きつつあるが、先程の無礼がある為、何も言えない。
おとなしく我慢して話の続きを聞く。
「ここで提案なのですが、貴方達はここに住む気はございませんか。そして成人になる頃迄にどうしたいのか考えて下さい。この国に永住。多分財産など無くなっているでしょうけど元の住まいへ帰る旅をする。あるいは他の事でも良いでしょう」
状況はどうあれ衣食住が保証されるのならば奴隷敵待遇でも無い限り文句は無い。
「先ずは、心と身体の傷を癒す事が重要だと、わたくしは思います。幸いにも修道院が孤児院も兼ねておりますので、そこでお世話になると良いでしょう」
スラム落ちとかではなく、成人までの限定で最低限の生活は保証してくれるとの事なので快く承った。
「それではリトくん。クレハちゃん。瞬きほどの間では御座いますが、どうぞよろしくお願致しますね」
別れの挨拶だろう。椅子の横に立ち挨拶をした。
軽く下ろした体を起こすと同時に、ゆっくりと瞳を開いた。
緋色の綺麗な瞳だった。
と認識した途端、心臓を剣山で何度も叩かれた苦しみで体が動かない。いや指一つ動かせば心臓が握りつぶされるだろう。冷や汗さえ出せない程に凍りつく。
そして次に、頭の頂点から手を突っ込まれ五臓六腑をまさぐられ、そのまま引き抜かれるという気持ち悪いおぞましい感覚に怯えた。
ここが『2回目』だったのだろうか。と頭に過る。
姫様の瞳が閉ざされて初めて開放された。ココでやっと脚がガクガクと笑い始めた。クレハは腰が抜けたのか放心して座り込んでしまった。
姫様が鈴を鳴らすと、外で待機していた、メイドさんが入ってきて私の左に並ぶ。
「リトくん達を修道院へご案内して下さい。あとは修道院長にお任せ致します」
「ドゥミ、ヴィ、タラフィカス(僭越ながら)」
メイドさんは申し訳なさそうに返事を返す。
「おや? どうされましたか」
「モナエジョスープレ、トキザミ(修道院長のトキザミ様は)、エスタス、セルカャンタ(迎えに行った)、ペァーディタン、インファノン(迷子を)」
「それはしかたありませんね。修道女の誰かにお任せするとしましょう。
「デシーロ(御意)」
私とクレハはこの時、姫様とメイドさん会話に信じられない驚きを感じていた。
私達は姫様と何語で話していたのだろうか? 何故メイドさんの言葉が上手く聞き取れなかった?
考えれば考える程に謎が湧き上がる。だが、この世界は『悪魔が選んだ世界』なのだと思えば何でも有り得そうな気がしてきた。何をしたいのだ? 何をさせたいのだ? 皆目謎だらけだ。
そう考えている内に、メイドさんは腰が抜けているクレハに気付き、直ぐに抱き上げた。そして、
「ミ、ギヴィドス、ヴィン(案内します)」
メイドさんは何事も無かったように、そして今まで通りに言葉を選んで、次の目的地である修道院へ案内を始めた。