073 魂と精神と肉体と
シスター・レミアの足音が聞こえなくなった頃に、安静にと寝かしつけられていたクレハがひょっこりと起き上がり、いきなり私の両耳を握り込み前後に振り回し始めた。
「あれほど、駄目! って言ったのに、この耳は飾りなの? 飾りなのかしら! 見栄え無い飾りなんて要らないわよね! サッパリした方が男前に成れるわよ。手伝ってあげるから!!」
「痛い痛い痛いっ!」
千切れそうとなる苦痛から解放されたくて、耳を引きちぎらんとするクレハの両腕を力に任せて鷲掴みしてしまった。
「なにすんのよ! 痛いわね。暴力反対!」
「暴力じゃ無い。耳を強く引っ張るから思わず・・・って、なんで怒ってるんだ?」
「怒ってなんかいないわよ! どうすればリトが素直な子に成れるのかなって思ってるだけよ」
「ごめん。とりあえずごめん。よく分からないけど私が悪かった。謝るから落ち着いてくれないか」
拝む様に謝る私に、クレハは両腕を腰に当て胸を張った格好で「フンッ」と荒い息を吐いた。
「3人一緒に『お手伝い』しようって決めたのに、レミアが「幼女のわたしだと荷が重いからお留守番」って言葉にホイホイ従ったリトが悪い。この優柔不断! お陰で余計な恥をかいたじゃないの。もぅ~」
「違うよ。優柔不・・・いや、レミアが選んだ『お手伝い』の草むしりなんだ。きっと背丈程に伸びた雑草か、葉が鋭利で怪我するからと気遣ってくれたと思ったんだ」
「気遣い方が間違ってるの。「最初は3人で」が先なのに、レミアとアリアには甘いんだから」
「ちょっと待って。どうしてここでアリアの名前が出てくるんだよ」
「アリアの前で格好付けたかったんでしょ。お・に・い・ちゃんは!」
2人の時は何時も弟扱いなのに、あえて兄と呼んだのは、普段のからかいだろう。言いたい事を言ったからか少々機嫌が治った様で良かった。しかし、アリアの事は図星だったので年甲斐も無く赤面してしまった。恥ずかしい・・・。
「もう、体は大丈夫なのかい。あれほど悪た・・・いや何でも無い」
「悪態って言おうとした!」
「言・・・言ってないから」
「酷いわ。しおらしい幼女を相手に悪戯なんて・・・」
少し舌を出した表情に、『悪』しか合ってないとツッコミたかったが、まぁ普段通り戻ったみたいなのでなにより。
「改めて聞くけど、本当に大丈夫なのか。熱っぽいとか、目眩がとか何も無いか?」
「心配掛けちゃったわね。もう大丈夫・・・。いいえ、もう駄目かもしれない・・・」
「ど、どっちだよ。何か問題でもあったのか?」
「・・・わたし、リトと・・・リトと一緒じゃ無いと生きていけない。リトと離れられないみたいなの!」
告白じみた台詞に、私の顔が茹で上がっているのに気が付いて、演技がかった口調が高唱しはじめた。
「ち、違うのよ。心的な事じゃ無いの。いえ、そうういうのもあるんだけど、肉体的に、駄目みたいなの。わたしリトと一緒じゃ無いと」
「チョット待った。2人きりだからといっても誤解を招く言い回しは止めて、欲しいんだけど・・・」
どう反応して良いのか困惑している私を見定め、満足したかの様に歪んだ笑顔を浮かべた。幼女とのギャップが酷かった。
「つまりね、・・・わたし、空っぽなのよ」
そう呟いてうつむいた。気が済んだのか、落ち着いた感じに口を開いた。
「なにを言ってるんだよ。クレハはクレハだよ。表情豊かに私の目の前に居るじゃ無いか」
「違うの。無いのは心じゃなくて、この体には魂が無いみたい。リトの中に置いてきてしまったみたいなの」
「は? なんだよ。どうしたんだよ。スピリチュアルとか霊感みたいな事言って。やっぱり調子悪いんじゃ無いか。もう休んだ方が良いよ。それに魂が別の所にあるっていうのは、心臓が別の所にあるって事になるんじゃ無いか? 有り得ないだろ」
「リトは、おまるを片付けてる時のこと覚えてる?」
「え、いきなり話変えてどうしたんだよ。まぁ、ノブナガを寝かしつけてる時の事だったら、返ってきたら何時もクレハが眠ってた。いくら深夜だからって、何度も寝落ちするのは流石に気分良くなかったけど、まだ小さいから仕方ないって諦めてが、もしかして気にしてるのかい」
「気にするわよ! 毎回意識を失うんだから。ずっと何時この体は動かなくなるなるのかと不安だったんだから。状況は悪いけど、でも今日の事で確信できたわ。わたしはリトと離れては生きられないって」
「離れたら機能しないって、まるで青派(=>青歯=>Bluetooth)が届かなくなった周辺機器みたいに言うなよ」
「リトだって思い出した筈じゃ無いの。これが『2回目』だって」
「そりゃ・・・『1回目』の顛末を思い出して、この後が繰り返さないか心配で震えが止まらないさ。どういたら良いんだよ?」
「それは・・・わたしが家族と・・・リトと離れたら不安に心が押しつぶされて失神してしまう心的外傷を抱えこんでしまった。というのはどうかしら」
「トラウマか・・・。メフィスト設定では商人仲間が魔獣に襲われて逃げ出した。だった筈だから、クレハが惨殺された人を目の当たりにしてトラウマがを負った。という事でいいのか」
「ええそうよ。わたしは家族と離れると不安に押しつぶされて失神する『儚く脆い少女』。だからリトお兄ちゃんがわたしを助けてね」
「私からは案が無いから、『トラウマ幼女』を守るって事をゴリ押しするしかないか」
「呼ばれ方は響きが悪いから嫌だけど、ゴリ押しするしかないわね。妖しまれたらその時考えましょう」
「そうだな。それしかないか」
「それで、クレハは魂が別の所にあるとか、心臓が別で奪われているなんて、本気で信じてるのか」
「この世界は魔法が使えるのよ。前の世界よりは可能性が高いと考えてるわ」
「それじゃなにか? 『見える人』が見たら、卵で例えると、私には卵黄が2つあって、クレハには卵白のみの卵が並んでいるって感じになると思うけど、・・・卵黄が複数か、それとも無しかは確率的に意外と高いから例えになるか解らないけど」
「そうね、そんな感じ。リトは考え込む分、無駄に想像力有るわね。凄いわ」
この事例では褒められても嬉しくなれない。知ったからと言って問題の解決の糸口が見えてきたわけで無い。
それより何より、こんな中途半端な体で転生したメフィストがそもそも悪い!
2人で離れず生活を強要するなんて、大人になったららどうしたら良いんだよ!! 朽ちるまでお手手を繋いでおしどり兄妹って呼ばれるのは、ある意味屈辱を浴びる将来しか思いつかない。
『契約』条項にある重大違反で、見えざる瑕疵で、牧歌な生活を過ごすという目的が達成できない問題はクレーム案件として、交換、やり直し、巻き戻し、ああもう、ナニ戻りでもいいからしっかりと清算して貰おうじゃないか。
そもそもどうやったらメフィストを呼び付ける事が出来るのだろうか? 主従関係ではないし、召喚方法なんて知らないから手詰まり感は否めなかった。
「なぁ、クレハは幸せかい?」
「どうしたの? リト、改まって。新しい世界だけど、こうやって体を持つ生活は苦労が多いけど、それでも皆わたしに優してくれるから今の生活は幸せよ。呪いみたいなモノがあるけど、逆に云えばこれでリトはわたしからは離れられないんでしょ。この呪い紛いによるのか解らないけど、いつも傍に居てくれるから幸せに感じてるわ」
クレハが今の生活を心より喜んでいるなら、やり直しはしない方が良いのだろうと思った。
変な例えだけど、使い込んだスマホには不具合があるから無償で新品に交換するというリコール案内があったとしよう。
応じたら今までに揃えたアプリやデータ-、育てたゲームを真っ新にして始めからやり直す事になるから結構抵抗がある。
発火して火事になるとかの大問題なら致し方ないが、ある操作をするとフリーズするって程度なら、注意しながら使用しつつ、バージョンアップで改善されるのを待つ方を選ぶだろう。
「バーションアップか~・・・」
「どうしたのリト?」
「ん? ああ、メフィストに逢ったら、この中途半端な状態を修繕させようとかと思ってた所だよ」
「修繕されるのなら嬉しいけど、その前にあの性悪な女狐が姿を現すと思ってる?」
「多分、恐らく、間違いなく出てこないと思ってる。きっとこの状況で苦悩してるのを眺めて愉しんでる方だと思う」
「だよね~。あのニヤけ面が思い浮かぶわ。でもわたしはこれでも十分よ。気にしないで」
「今は大丈夫でも、大人になったらどうするのさ。流石に『片時も一緒』って訳にはいかないだろうに」
「あら、わたしは『大人に成っても』気にしないわ」
「私は気にすんの! 流石に色々無理だから!!」
「な~に、『色々』ってな~に」
「ちょっと待った。弟をおもちゃにして遊ぶ様な言動は今はパスだ。真剣に悩んでるんだから」
「ちえ~。つまんないの。でも、真剣って言うのなら代案が思い浮かんだのね」
「代案、と言えるか解らないけど・・・もしもこの世界に『蘇生魔法』が存在するのなら応用出来ないだろうかって考えてた所だよ。一旦魂が抜けた状態にして蘇生魔法を掛ければどうだろうか? と」
「蘇生魔法とは突飛な方法が出てきたわね~。成功率がずっと低いし、失敗したら灰になるかもしれないじゃないの。現実的な方法じゃ無いわね」
「そうだよ。だから1つの案だって。それに成功率を考えるなら、魔法チートが居るじゃ無いか」
「まさか! リトはノブナガを利用するつもりなの!? これじゃ道具扱いじゃ無いの。可哀想よ!」
「だから、案の1つだって。それにノブナガだって魔法に興味があったはずだから、魔法を覚えるのを手伝って育てようって考えてる。運良く『蘇生魔法』か同等な魔法を身につけたらラッキー程度に留めてるだけだよ。これならお互いWin-Winになるんじゃいか?」
「微妙な感じね。気が乗らないけど、魔法を覚えたい! って気持ちがあるのに反対するのは吝かじゃないかしらね」
「それなら、アリアの件が済んだらそれとなく聞いてみるとしようか」




