064 ホームシック
最近になってから、アリアのドアノックで目が覚める様になった。
会話に慣れてからはアリアが私達の面倒をみてくれる様になったのだ。
何時までもシスター達を煩わすというのは良い状況ではない。周囲の、特に孤児の仲間からはシスターを独占しているという風に見られていて、嫉妬に近い視線を感じていた。
会話が満足に出来ないという理由もあるが、妬まれている雰囲気に怯えていたのだろう。アリア以外の孤児とは付き合いが薄い。その為に顔と名前を覚えられないでいた。
そんな時に、アリアが私達の世話を買って出てくれたのだ。孤児同士の問題は孤児達で解決するという暗黙のルールと、一番年長だという理由もあるだろう。
そして皆がアリアの事を素直に聞くのは、彼女の人望によるモノだと思う。
「どうしたの。みんなと、一緒に起きるって、レミアと、約束、したでしょ! 忘れたの?!」
少し怒り口調が混ざる。
「ごめんなさい。本当にごめんなさい。これから気をつけます。だから・・・」
「だから? 何かしら??」
「・・・だから、ノブナガには・・・」
「ん? ノブナガが、どうか、したの?」
「・・・あ、いや、なんでもないよ。ノブナガもちゃんと僕が起します。迷惑かけて、ごめんなさい」
ここ数日、続けて出来事だったので、「信永のせいで」って言い訳をしかけてしまったが、必死で飲み込んだ。
「そうね、分かったわ。詳しくは、話せるようになったら、言ってね。相談にのるわ。先ずは、早く、いらっしゃい」
露骨すぎた言葉から気持ちを汲み取ってか、アリアは気遣いながら去って行った。
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「・・・みんな、なんで俺ばかり・・・」
「・・・どうして、どうしてだよ・・・」
「・・・俺がんばったのに、なんでだよ・・・」
「ここ、何処? お母さん。お母さんは何処にいるの」
毎日ではないが、深夜になるとノブナガの酷いうなされた寝言で目が覚める事が多くなってきた。
どんな悪夢を見ているのか想像したくはないが、前の世界での出来事がフラッシュバックしているのかも知れない。
私だって、この世界は実は夢の中で、目覚めたら何時もと変わらない社畜な生活が待っている。という夢を見る。言ってしまえばホームシックみたいなモノだろう。
メフィストと皮肉の混じった会話は印象強くて思い出すだけで腹が立つが、前の世界でしっかりと生を終え、この世界に転生、言い換えれば『生まれ変わった』という認識はしっかりある。
そんな私でさえ、ホームシックな夢を見るのだ。
『気が付いたら神様がいて、』
『気が付いたらこの世界にいた。』
そんなあやふやな経緯のノブナガにとっては、夢と現実の曖昧さに苦悩してもおかしくない。
いや、おおよそ1つ月は暮らしてきたのだ。小学の高学年生と言う事を鑑みれば良くもったと思うべきかも知れない。
「ねんねこねんねこ、おやすみよ~。
おててにぎってあげるから、ずっとおそばにいるからね。
ねんねこねんねこ、おやすみよ~。
おそばで、とんとん、おむねをたたいてあげるから。
ねんねこねんねこ、おやすみよ~。
ほっぺにふれるおててがわかるかい。
ねんねこねんねこ、おやすみよ~。
よいこは、おやすみ、ぐっすりよ~。
」
クレハが手を握り、ゆっくりしたリズムで胸をトントンと叩きながら、日本語で子守歌を歌う。
ノブナガの寝息が落ち着いてから、私達も眠る。そんな事が多くて朝が辛い。
夜泣きの赤子をあやす苦労を疑似体験している気がしてくる。赤子を育てる親は立派だよ。って思えてならない。
「そういえば、クレハって子守歌を知ってたんだな。教わった・・・事は無いはずだから、聞いた事あったか?」
「あら、何の事かしら?」
「いや、その、、、『私と一緒』に聞いていたのなら『ころりと寝ねんねしよ」とか「よい子は寝んねしな』って歌うのかなって思ってさ・・・」
「・・・え~と、そうね、その歌は聞こえたわ。でも、ちょっとね~・・・」
「ちょっとって、何だよ?」
「え~と、『大人の事情』があるから・・・コレはわたしの即興なのよ」
「え? えええ? おいおい。『大人の事情』ってなんだよ」
「ん~とね・・・。クレハ、おこちゃまだから、わかんな~い。」
少し前まで大人びた物言いが、いきなり見かけ通りかそれ以上幼い口調へと変わった。
あまりの豹変振りに、どう反応して良いのか判らずに呆けてしまう。
「あれ? リトってどうしたの? どうして口を開けたままじっとしているのかな~」
またもや、クレハの声色が変わる。年上の女性が少年を可愛がる感じに近い。
「・・・もしかして、からかってる?」
「ええ、そうよ。リトって、平静を装ってるけど、意表を突くと直ぐに表情に出るわよね。からかうのが愉しいわ」
「なんだよ、玩具扱いかよ」
「あらあら、な~に?。玩具扱いされたかったのね。それならそうと言ってくれれば、喜んで、してあげるのに」
にたにた~と悪巧みを含む笑顔で瞳を輝かせながら、脇をくすぐろうとする気満々に、両手をわきわきと構える。
その仕草は、仔猫がおもちゃに飛びかかろうとしている雰囲気に似ていて、不意にも可愛いと思うのと同時に、微妙な感情が湧き上がってしまった。
「ま、待った。みんな寝てるから騒ぐのは止せよ」
必死に手を振って制止を試みる。
「はいはい。冗談はここまでね。挙動ったリトが観れて愉しかったわ」
クレハが温和しくなり、場が落ち着いたのか、ふと安堵の溜め息が漏れた。
「兎にも角にも、他に人がいる時は、その『お姉ちゃんプレイ』は止めてくれよ。恥ずかしいなぁ」
「他にって、こんな夜半に誰がいるのよ」
「居るだろ、ノブナガが」
「夢見悪そうだけど、落ち着いたみたいだし眠っているからノーカンよ」
そう、クレハは二人きりの時は、前の世界で見かけた『お姉ちゃんあるあるネタ動画』に似た行動をしてくる。
クレハの素なのか、動画を真似ているのかは判らないが、愉しそう笑顔を見せつけられるとまんざらでは無いと思う。ただし、パシリとうか下僕扱いっぽいのは勘弁して欲しいのだがな。
「本当も本当に実際は2・3歳年上なんだからお姉ちゃんでしょ。何度言えば分かってくれるの?」
「何度も今度も実際にトータル300歳近く生きてる間の3歳差なんて誤差みたいなもんじゃん。双子・・・いやいや、お互いの容姿で判断すれば『兄妹』じゃないか。だからクレハは『妹』なの! 判った?」
「それは十分に理解してるわよ。だからしっかり演じてるでしょ「大好きなお・に・いちゃん!」って」
甘ったるく強調された「大好きなお兄ちゃん!」が胸にサクッと刺さる。身構えてはいるがどうしてもガード出来ない。「こ、これがガード不能攻撃とうやつかぁぁ!」と格ゲーっぽく呟いてみた。
まぁ、確かにみんなの前では見事に『お兄ちゃんっ娘』を演じてくれている。
何時も一緒のノブナガには『兄の真似をする男勝りな少女』と映っているみたいで、今の所は特に問題は起きていない。
ごそごそっ、ごっとん。
ノブナガが転がりながら起き上がった。
「お母さん。どこ~? おしっこ、いきたい。どこなの~」
寝ぼけ眼というか、半ば夢の中の様だ。口調から幼い頃の思い出の夢の中なのだろう。
「はいはい。お母さんはここですよ。ノブナガちゃんは未だ未だママっ子でしょうがないわね。さあ、トイレに案内してあげるからね」
クレハはそう言いながら手を引いて『おまる』へ案内していった。
幼女に介護される少年。なんとも現実離れ(シュール)な光景だな。寝ぼけているから良いが、目覚めていたら恥ずかしくて卒倒モンぢゃないだろうか。私なら引きニートに成れる自信がある位に。
それより、なにより、『姉を演じ』『妹を演じ』『母親の代わりも勤め上げる』なんて3役をそつなく熟せるのが凄い。前の世界なら大女優に成れたんじゃ無いだろうか! と考えてしまう。少少、身内びいきをしてはいるが、見事なもんだ。
「リト、ねぇリト。お願いがあるの。『おまる』片付けてきてよ」
「えええ! これから片付けるの!? クレハは大丈夫なのかよ。暗いだろ」
「なに言ってるの。行くのはリトだけよ。ちょうど空が白み始めてきたから独りでも大丈夫でしょ」
こういう、パシリ扱いは嫌だなぁ~・・・
「それで、クレハはどうすんの?」
「わたしはノブナガを寝かしつけるわ」
「はぁ・・・承知しました、『お姉様』。それでは行ってきます」
嫌み含めて言ってから、子守歌を耳にしながら離れの『厠』へと『おまる』を運んでいった。明るくなってきたといっても、まだまだ薄暗い。転べば・・・なんて想像もしたくないので、慎重に歩みを進める。
「ただいまっと。クレハ、ノブナガの調子はどうだい」
・・・返事が無かった・・・
「クレハ何処だよ。遅かったからって意地悪するのはよせって」
辺りを見渡すと、ノブナガにのし掛かる様にクレハが眠っていた。
おいおい、自分の子守歌で自分が寝ちまうなんて冗談にも程があるだろう!
できればこのまま、藁布団へ運んで寝かしてあげたいが、パシらされた恨みからクレハを突っついて起こす事にした。
つんつん
つんつんつん
つんつんつん・・・・ぷに。
「あ、リトおはよう。今日はちゃんと起きられたね。アリアに怒られなくて済むね」
「まだ、その時間じゃありません。っていうか、何でクレハも寝ちゃったの? まぁノブナガも眠れた様だから良いけど・・・何かあったのか」
「何も・・・何も無いわよ。ただ、リトが出かけてから、急に眠くなって、寝落ちしちゃったみたいね。帰ってくるまでは待つつもりだったのに・・・ごめんさないね」
「つまり、電池切れみたいなもんか。ノブナガのお母さんの代わりもしてるんだもんな。疲れるのも当然か。風邪をひいて我慢してたのかと心配したよ。まぁ無事でよかったよ。本当に」
「あれっ、リト、心配してくれたの! 嬉しい。ありがとう!!」
クレハは喜び余ってリトに飛びかかり、その勢いのまま藁布団へと倒れ込んでしまった。
共に疲れが出てきたのだろう。重なり合ったまま眠りについてしまった。
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~~~ ケッコ、コケッコッコーー ~~~
「あっらー!! リトとクレハちゃんって、とぉっても仲良しなのネ!!↓↓」
今朝は、アリアの刺々しい「おはよう」と、笑顔から覗く眉間のシワで始まった。




