188 欠けた歯車の破片
◆◇◆◇ 手紙 ◆◇◆◇
シスター・レミアから手渡された手紙は、正方形の4つ角を折りたたまれた封筒で、中央をロウソクで封印されていた。
ロウソクを押印した模様に見覚えがありつつも、何時、何処で見たのか、リトとクレハは必死で思い出してみたが、どうしても思い出せないでいた。
(気のせいだろうか?)
と、あやふやな記憶を疑うが、2人が同じように「見覚えが有る」と言うのだから、気のせいでは無い。
四半刻、そう、30分程思い出そうと頑張ったが、結局何も思い出せなかった。
「悩んでも、しかたが無いよ~。気が引けるけど、開けてみないと分からないね~」
「うーん。まあ、そうなんだけど、良いのかな? 他人宛の手紙だったらどうしようか?」
「その時はその時だよ~。レミアも、違ったら返してねって言ってくれたじゃないの」
「言ってくれたけど、でも、プライベートを覗くようでさ……」
「ま~た、いつもいつも、グチグチつぶやきはじめちゃったの。それじゃ、あたしが開けるからね!」
「待った! 分かった、分かったよ。 それじゃ一緒に開封しよう。 ロウソクが崩れないようにゆっくりと、削ぐように……、そうだ、ナイフがあったから持ってくる!」
クレハは悩んでいても切りが無いと開封を提案し、リトは渋々しながらも同意する。
「封筒をしっかり押さえてくれよ。僕はナイフでゆっくりと剃ってみるから」
「はいは~い。うっかりケガをしないように、ナイフの先は気をつけてよね~」
「分かってるって」
◆◇◆◇
押印の印を残して開封する事が出来た。溶けたロウソクが染みた跡は残っているのは仕方が無い。
そして、中には4つに折られた手紙が1枚だけ入っていた。
取り出して開いて見ると
「やあ、元気かい?
俺は……
ゐぁだゃなんゑ、ヹヸヲ………」
何故か3行しか書かれていなかった。
始めの1行だけ読めた。
しかし2・3行目は文字が泳いでいて読めない。
何を伝えたいのか意味不明だった。しかし、何か慌てているは、筆跡から感じ取れた。
「何だよ? コレ??」
「なんだろう。暗号? ちがうよね」
「暗号? そうか暗号か。もしかしたら、他の誰かに見られたらって思ったのかもな。この手紙には送り主が書かれていないから」
「そうだね~。あたしたちの手紙じゃないね。それじゃ、レミアに返しに行こうか」
「あ、そうだ! 返しに行く前に、前に住んでいた部屋のロッカー、調べてからしよう。 僕達が壊したなんて思われたら嫌だから」
「うんうん。ぬれぎぬ、きせられたくないもんね~。さあ行こうよ~」
「諒解諒解。それじゃ早速行くとしますか」
◆◇◆◇ リトとクレハが過ごしていた、大部屋宿舎の4人部屋空き室 ◆◇◆◇
部屋の壁にはロッカーが備え付けられている。その個人用の物入れは昭和のレトロな温泉の靴箱を彷彿させる鍵が付いていた。
その1つだけ、鍵が無くなっているロッカーがあった。
「あれれ? なんで鍵が1つ無くなってるんだ?! 自分の鍵は荷物を取り出した時に刺したままにしたんだよな」
「うん。ちゃんと、カギを残したよ~。自分で使ったのは しっかり かくにん……したよ」
「そうだよな。自分で使ったのは確認したもんな。……それじゃ、この無くなってる鍵は元々無かったんじゃ無いか」
「あたしも、きっと そうだと思うんだ。 でも、レミアは「無くした」って思ってるんじゃない?」
「そうだなー。そういう可能性はあるかー。2つ年も世話になった部屋だから、その間に無くなったとか思われてそう。でも、そうやって決めつけるのは早計だと思う」
「どうしたの? なにか思い出したの?」
「ほら。引っ越す時に部屋の掃除とかバタバタと慌てたから、もしかしたら、その勢いで鍵が荷物に紛れ込んだんじゃ無いかな」
「え~。そんなドジ、する~? って言っても、部屋から出る時にかくにん、しなかったから、無いとは言い切れないわね~。どうする、戻ってさがす?」
「そうだよ。とりあえず移した荷物を改めようか」
「わかったよ~。むだでま だったみたいでガッカリ~」
「そんな事無いって。「壊れてた」その理由が鍵の紛失って分かったんだから進歩あったさ。さっ! 直ぐに今の部屋に戻ろう。荷物の整理がまだだから、丁度良いじゃないか」
「お~お~。まえむきだね~」
◆◇◆◇ リトとクレハの新しい部屋 ◆◇◆◇
個室のロッカーは縦に大きいけど1つも仕切りか無かった。もっとも1人用なのだから当然と云えば当然なのだが。
今は一緒に入れるしかないけど、近いうちに中段の棚を作ってもらおう。
そう思いながら、荷物を1つ1つ確認しながらロッカーに移し始めた。
演奏の役目のブリーイッドさん達から頂いた物、裁縫セットは大丈夫だけど、数多い古着は流石に入りきらないので、部屋の隅に寄せて置いた。
「あ~~!! あった~!! あったよ、リト!!!」
驚きの声を上げて、クレハは古着の山から鍵となる木片を掲げていた。
「あー! 本当に有った!! 何で??? いつの間に混ざったんだ? いやいや、きっと違うよ。裁縫箱の仕切り板だよ。きっと。この部屋に間違って持ってきたなんて記憶無いんだし……」
「はいはい。グチグチしても時間のムダよ。さっそく、ためしましょう。 ここで悩んでも何にもならないよ~」
「たしかにそうだ。 それじゃ、合わせに行きますか」
「は~い」
◆◇◆◇ 前に暮らしていた部屋に戻った ◆◇◆◇
「さぁ! 入れてみて!」
クレハは肩に力を入れて催促し始めた。
「そんなに焦らなくて大丈夫だから。ゆっくり、やろうじゃないか。もしも中に何か入ってたら崩れ落ちちゃうだろ」
「それもそうだわ。う~ん……、いいわ。リトに任せる!」
「……あーそう。 はいはい「任されました」ですよーだ」
リトは他人任せな口調に皮肉を交えて返し、そしてゆっくりと扉の鍵に木片を差し込んでみた。
カチャン
鍵か外れた様な音がして、微かに開いた扉の隙間から、中身が有る事に気付いた。
「こぼれ落ちないように、注意しながら開けないと」
とリトはつぶやきながら、慎重に扉を開きにかかる。
指が入る程に開けた時、扉の下から バサバサッ っと紙の束がこぼれ落ちた。
リトは「あああっ!」っと口にして、こぼれた紙の束と受け止めようと左手をロッカーの下に添えて受け止めようと焦った。
その勢いで、うっかりと扉を開いてしまったのだ。
ロッカーに入っていた紙の束が ドサドサ っと全て崩れ落ちてしまった。
「あああああぅ!!」
リトは、辛うじて受け止めた数枚の紙を。不慣れなお手玉をするみたいにしながら、落とさないようにと慌てふためいていた。。
「あ~あ。なにやってるのよ~!」
リトの慌てっぷり、クレハは呆れた声を出しながら、落ちた紙を拾い始めた。
1つ、2つと拾い上げた時に、見覚えの有るロウソクの押印の跡と、記されている『名前』に気が付いて表情が凍りついた。
「リ……、リト……、リト! こ、こ、れ、これ、これはなに!?」
「なんだよ、いったい? 大げさだな。 何を見つけたんだ……よ? あっ!? あれっ!? なんだよこれ!?」
リトは落とさずに受け止めた紙のをクルクルっと回しながら表と裏を目にして、クレハと同じく身の毛がよだち、驚き慌てながらも凍り付いてしまった。
◆◇◆◇
リトとクレハは落ち着きを取り戻して、こぼれ落ちた紙の束を……、いや違う。この殆どは手紙の束だった。
全ての手紙には、崩れてしまったのもあるが、同じ押印のロウソクで封されていた跡があり、その宛先には
『リト・レナウ と クレハ・レナウ へ』
『ナーガ・レナウ より』
と、記されていた。
身に覚えの無い手紙と自分達の宛名、そして……
「誰だよ? 『ナーガ・レナウ』って? ナーガ、ナーガ……」
「……あ、そうよ。これ、『おにいちゃん』よ! リト! この手紙、『おにいちゃん』だよ!」
「お兄ちゃん? 何を言ってんだよ。 クレハの兄は僕じゃないか。そういう『設定』だったはずだろ」
「違うわよ! お義兄ちゃんだよ。ナーガって。 でも、どうして? どうして……忘れていたの??」
「お義兄ちゃん? ああ、そうだ! 僕達がこの国に着いたのと同じ頃に来た、転生者の『ノブナガ』じゃないか。 そうだ!! 思い出した。 『ナーガ』という名前は、魔法を覚える時に魔法が得意そうな名前をって、提案して贈った名前だ! そうだよ。 どうして今まで忘れていたんだ!?」
そう『ナーガ・レナウ』とは、リトとクレハがこの国に来てから2年程一緒に同じ家族、同じ兄妹として暮らしていた、義理とは言え長兄の名前だ。
そして、今日届いた謎の手紙の『ナガ・レーナウ』は、宛先ではなくて、送り主の名前だったのだ。
何故? どうして? 家族として接していたナーガの事を忘れてしまっていたのか、狐に抓まれた思いになっていた。
その謎を解こうと考えて手紙をまとめると、先ず気付いたのは、手紙の最後の日付が今から1年以上前で終わっていた事だった。
◆◇◆◇
手紙には、ナーガがこの国から旅立って、始めて冒険者ギルドの一員として活躍した所から始まり、最後の日付の手紙にはこう記されていた。
「俺は仲間のみんなと、この国『ロズ・クヲーツ』から出て更に先へ旅立つ事になったんだぜ。
仲間からは、「国から出てしまうと手紙を送る事が出来なくなる」と言われたんだ。
だから、もしかしたらこれが最後の手紙になるかもしれないんだ。
だから、大切な弟と妹よ。とりあえずサヨナラだぜ。
次の国でも手紙を送れたらいいな」