187 軋み続けた歯車
◆◇◆◇ 修道院に行商がやって来たある日の事 ◆◇◆◇
「さあ、今日の荷物はこれで最後だ。よろしく頼んだぞ。おおう、そうだ。おまえ達兄妹は何時も手伝ってくれて助かるから、これをあげようか」
商人は最後の荷物の小箱をリトに預け、ご褒美にと携行食のパンをクレハに手渡した。
「あ、ありがとうございま~す」
パンを受け取ったクレハは満面な笑みでお礼を伝えた。
行商のパンは日持ちが良く、それにほのかな甘みがあるので、リトとクレハにとってはお菓子代わりうってつけだった。
商人は、クレハの笑顔を見たいのか、何時もパンを与えてくれる。
そんな優しい商人は、ふと気になった事を問い掛けた。
「所でよ、坊主に嬢ちゃん。何時も荷物の手伝いをしてくれるのは嬉しいが、「どうして何時も」手伝ってくれるんだ?」
「おじさん、どうしたの?。何で「どうして?」って聞くのかな。僕達はここでお世話になってるから当然のお仕事だと思ってるだけだよ」
「そうだよ~。修道院のみんなのために、お手伝いするのは当然だよ~」
「まあな、手伝ってくれるのは嬉しいが、たしか『お手伝い』じゃないから『お小遣い』は貰えないんじゃないのか。だから他の子供らは殆ど手伝わないと考えてるんだ。 だから、本当なら院の方針で交代で手伝いしているんじゃないかって思ってんだけど、どうだい?」
「うーん。そうだね。言われてみれば、どうしてだろう? 僕にも良く分からないけど、商人さんのお手伝いするのが、とても大切なだと思ってる……からかな?」
「ね~ね~、ちがうよ。リト、それはちがうよ。 あたし達はね、いつもおいしいパンをもらえるから、お手伝いしてるの。ね~、そうだよね~」
「あー……、うん。そうだね、クレハの言う通りかな。何時も美味しいお菓子……、じゃなかった、パンをありがとう」
「おーそうか。このパンが好きなのかい。『ただ働き』じゃ無いなら良かった。それじゃ、今度は多めに用意してあげようか」
「本当! ありがとう。 僕は次も沢山お手伝いするから」
「あたしも、あたしも~。いっしょに沢山お手伝いする~」
「分かった分かった。ありがとよ坊主に嬢ちゃん。オレ等はもう出発するから、その最後の箱を修道院の人に届けてくよ。それじゃな」
「うん。ちゃんと届けるよ。ばいばい」
「パンありがと~。ばいば~い」
リトとクレハは手を振りながら行商を見送り、頼まれた箱をシスター・レミアの元へ届けに向かった。
◆◇◆◇ 個室用の宿舎の一室にて ◆◇◆◇
リトは今年の秋で10歳になる。
もちろん肉体年齢の方で、中身は、まあ、アレであるが……。
子供と云っても、流石にこの年齢になると男の子と女の子が同じ部屋で暮らすのは、色々と難しい。
だから、リトとクレハを部屋分けする事になったのだが、離れる事が出来ない2人にとっては大問題だ!!
だから、必死に懇願した。
リトは、男女の問題は大変だから、相当にこじれるかと心配したが、シスター達はあっさり認めてくれたので、良くも悪くも驚いた。
どうして、そんな簡単に認めてくれたのか、その理由はとても気になってはいるが、藪を突きたくはないので、口にするのは我慢した。
ただ、シスター・テレサから「他の子供達が避けたがる仕事をちゃんと引き受けてくれるから」と口添えがあったらしいと、同じ孤児のアリアからウワサは耳にしていた。
今までの、数人が暮らせる大部屋に2人だけというのは部屋の空きが無駄になるとか、広い部屋を使い放題で羨ましいとか、他の子供達から何かと不満の声があがった。
それで、今年の初夏に個室の部屋へ移り住む様に配慮がなされたのだ。
大人1人用の部屋ではあるが、子供2人なら広さは大丈夫だろう。
夜な夜な寝ぼけて『同室の家族』を踏みつけないで済む『自分だけの部屋』を持てる。
という環境は、みんなから更に嫉む原因になりそうだが、実際の所、シスター達と同じ宿舎暮らしというのは、近くに居る分、面倒な仕事を頼まれ易い。
要は仕事が増える事なので、「そんな多忙な暮らしになるなら、気ままに夜をふかしたい」といった事柄から、妬まれなくなったという訳があった。
◆◇◆◇ リトとクレハの部屋 ◆◇◆◇
コンコンコンと、扉をノックがこだました後に、シスター・レミアの声がした。
「リトとクレハは居るの? ちょっと聞きたい事があるのだけど、良いかしら?」
「はーい。今、開けまーす。 何かご用ですか?」
そう返事して、リトがゆっくり扉を開けると、シスター・レミアは開いた隙間から覗き見する様に顔を傾けていた。
「手紙が届いているのよ。多分、2人宛だと思うけど?」
歯切れの悪い言い方から、リトとクレハはその手紙が自分達宛かどうか、判断に困っているのだと分かった。
ただ、手紙を送ってくれるのは『お手伝い』先の依頼主くらいしか思い当たりは無いし、その依頼主からなら、シスター・レミアが困る事は無いはずだが、どうしてだろうか?
「お手紙ですか? えーと、『お手伝い』のお願いが届いたのですか?」
「だれだれ~? だれから来たの~?」
「リトとクレハは『レーナウ』って名前だったわよね?」
「『ネーナウ』? 僕は僕だけど、どうしたの」
「……あ、ちがうよ~。リト、ちがうって~。『レナウ』は、あたし達のファミリーネムだよ。わすれたの?!」
クレハはリトの太腿をつねりながら囁いた。
『レナウ』の姓は、転生する際にメフィストの設定で付けられた名字だった。ここ暫くフルネームで呼ばれた事がなかったので忘れてしまったのだろう。
自分の名前を忘れてた。という恥ずかしさから慌てて言い換えた。
「あ! そうだった。『レナウ』は僕達の名前だよ。うん。僕達で間違いないよ。それで僕達に聞きたい事って何ですか?」
「あのね、手紙の送り先が『ナガ・レーナウ』になってるの。『レーナウ』って名前はね、国中ではリトとクレハしか居ないのよ。だから届けに来たのよ。 もしかしたら家族からじゃないかしら」
「『ナガ・レーナウ』って、聞いた事無い名前だね。家族に居たかなあ?」
もちろん、転生されてきたのだから、家族なんて居るはずが無なかった。
しかし、「旅の途中で魔獣に襲われてしまい、家族とは生き別れになっている」というメフィストの設定で、この国にお世話になっているので、リトは言葉を濁して答えた。
「よかった。それじゃ、この手紙はリトとクレハに預けるわね。手紙を読んで、もしも違っていたら戻してくれれば良いからね」
シスター・レミアは半ば押しつける様にリトへ手紙を差し出した。
(他人の手紙を勝手に見るのはプラベート的にどうなのさ?)
そんな考えをしながらも、先に「届け先が自分以外に分からない」と聞いていたから、致し方なく受け取った。
「うん……。分かった……。とりあえず預かって見るよ」
「ありがとう。それじゃ、宜しくね。 ……そうそう。 前に住んでいた部屋の物入れの1つが開かないのよ。壊れているのかしら? 何か思い当たる事あるかしら?」
「物入れが壊れていたの? 分かったよ。手紙を見たら、直ぐに物入れを調べてみるよ」
「ありがとう。それじゃ、宜しくね」
届いた荷物の仕分けに忙しいのか、シスター・レミアは急いで去って行った。