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嵐の前に


 昼下がりの店内。いつもは賑やかな異世界スイーツが、今日は少し静かだ。

 ラウロはパンケーキを一口頬張って、その味を噛みしめる。


「ん〜、何度食べてもやはりうまい! このメープルシロップというものも、香りがよくてハチミツに負けない魅力がありますね」

「ふふ、ラウロさんは本当にパンケーキがお好きですね。あんまり食べるとビーに狙われるかも知れませんよ?」

「こ、怖いこと言わないでくださいよ。でも、そうですね。このパン・ケーキというデザートは、俺の中で一番です!」

「ありがとうございます」


 無邪気に笑うエルキアと、ほんのりと頬を染め笑うラウロ。

 残っていた冒険者が声を上げて、エルキアを通して会計をすます。

 カランカランと扉が鳴ると、店内はラウロ一人のみとなった。


「なんだか、今日は人が少ないですね?」

「うーん、そうみたいですね。お昼もいつもより盛り上がらなかったし……もしかして潮時?」

「こらこら、縁起でもないこと言わないの」

「あ、店長。お疲れ様です」

「こんにちは、店長」

「お疲れ様、エルキアちゃん。ラウロさんはいらっしゃい」


 客が減り、注文も途絶えたことから、厨房の仕事がひと段落着いたのだろう。

 ホールに出てきた店主からは、一仕事終えたことによる甘い香りがふんわりと漂ってきた。


「あ、そのメープルシロップ、お口に合いました?」

「はい! ハチミツよりもサラッとしてますけど、これはこれで食べやすくて、香りもいいのでとても好きです!」

「それはよかった。パンケーキ好きのラウロさんなら、きっと気に入ると思ったんです。他にも増やせる味は、どんどん仕入れていきますね」

「て、店長ぉ……!」


 なんてすばらしい気遣いか。

 ラウロは感動から声を漏らして、流れてこそいないが、涙を拭う仕草をする。

 すると、カランカラン、とベルが鳴り、客人の訪れを店内に知らせる。

 エルキアはすぐに振り返って、


「いらっしゃいませ! 二名様――」


 と、固まったように言葉を切った。

 店主は扉を振り返り、ラウロも続いてそちらを見やる。

 扉の前に立っていたのは、貴族と思わしき二人組の男だった。

 一人は、深緑の上質そうな布に、金色の刺繍が満遍なく施された衣類に身を包み、汚れ一つない皮のブーツを履いている。チョロンと口元でカールしたチョビ髭は、おしゃれのつもりかセットは抜かりない。

 対し、もう一人の男はおそらくチョビ髭の男の側近で、小太りな体系が特徴的だ。チョビ髭よりは控え目であるが、こちらも裕福であることが一目で伺える。

 チョビ髭の男は店内を見渡すと、不機嫌そうに髭をいじった。


「なんだ、糖を扱う店だと耳にしていたが、随分と庶民的な内装だな。アーベルン、ここで間違いないのか?」

「はい。内装は確かに地味でございますが、ここは確かに糖を扱う店でございます」

「ふむ。であれば、目的を果たすか」


 アーベルンと呼ばれた小太りの男の言葉に、チョビ髭の男――ジヨルドが一つ頷く。

 ラウロは二人の様子に顔をしかめ、警戒心を露わにして二人組を睨んだ。


「なんですか、あの二人組。感じ悪いですね」

「……チョビ髭の、貴族」

「……え?」


 呟くような店主の声に、ラウロは店主を見上げた。

 しかし、店主はなにか考えているのか、二人を見つめ気付く様子はない。

 エルキアも店主を振り返り、なにやら不安そうな表情を浮かべていた。


「いらっしゃいませ、お客様。二名様でよろしかったですか?」


 そう言って前に出たのは、エルキアでなく店主。

 ラウロとエルキアは店主を見守り、ジヨルドたちの視線が店主を捉える。


「なんだ、貴様。この店のオーナーか?」

「はい。店長のタカツカと申します」

「ほう、貴様がか。なるほど、異国のデザートを出すと聞いていたが、店主が異国人となれば納得だ。私はコルダンス男爵家の当主、ジヨルドだ。……して、噂は本当だろうな?」

「……どのような噂を耳にされたのかは存じませんが、異国のデザートを出させていただいているのは確かです」

「ふん、ならば十分だ。さっさと席に案内しろ」

「かしこまりました」


 ジヨルドたちに歩み寄った店主が、案内すべく踵を返した時だった。

 後を続こうとしたジヨルドが不意に足を止め、エルキアたちをじっと見つめる。


「この店、どうやらネズミがいるようだな」

「ネズミ、ですか?」


 ジヨルドの言葉に、店主が足を止めた。


「そうだ。そこで貴族の真似事をしている、ナイフとフォークを持ったネズミだ。……しかもそのネズミ、どこかで――」

「……お、俺のことか?」


 流石に相手が悪いと判断してか、ラウロはジヨルドたちに聞こえないくらいの声で呟いた。

 店主はジヨルドの視線を追い、意味を察したのか拳を握る。


「申し訳ありませんが、仰っている意味がよくわかりません。こちらにいらっしゃるのはこの店の『お客様』です」

「ほう、面白いことをいう。この私と、そこのネズミが同等の『客』だと?」

「…………」


 怒りをにじませるジヨルドの言葉に、店主は一つ間を置いた。


「はは、答えられぬか。そうであろうな。であれば、取るべき手段は決まったも同然だ。ネズミなんてものは、さっさと追い出してしまえ」

「いやはや、コルダンス卿は賢明でいらっしゃる!」


 声を上げ、嘲るように笑うジヨルドと、アーベルンの声が同時に店内に響く。

 ラウロはぐっと拳を握り、店主が動く前に席を立とうと食器を置いた。

 しかし、


「大丈夫です、ラウロさん」

「え、エルキアさん?」


 食器を置いたラウロの手に、エルキアの手が重ねられる。

 店主は扉に歩み寄り、カランカランと音を鳴らす扉を開けた。


「お引き取りください。――ジヨルドさん」


 ピタリ。ジヨルドたちの笑い声が止んだ。

 店主の方を振り返り、睨みを利かせたジヨルドの瞳が店主を見つめる。


「き、貴様、この方が誰であるか、わかったうえでの行動か!?」

「いいえ。ジヨルドさんが誰であり、どんなご身分であるかは存じません。ですが、この店はあなた方ひとりで使うためのものではございません。ほかのお客様も当然いらっしゃれば、お食事を共にすることだってございます。

 それが気に食わないのでしたら、大変申し訳ありませんが、当店のご利用はご遠慮ください」

「……貴様」


 声を荒げるアーベルンに続き、静かな声でジヨルドがうなる。

 しばらくの間沈黙が続いて、不穏な空気が流れていた。


「ふん、興ざめだ。価値がわからぬものになど、付き合ってられん。行くぞ、アーベルン」

「は、はい! コルダンス卿」


 コツコツと、怒りから靴音を響かせるジヨルドが、店主の横を通り過ぎる。

 店の外に出る瞬間、ラウロたちを睨むのも忘れずに。

 慌てて続いたアーベルンは、半ば逃げるようにして店の中から飛び出した。

カランカランと音を立て、店主がゆっくりと扉を閉める。

 瞬間、店内に張っていた緊張の糸が、プツリと切れたようだった。


「は、はぁ~、怖かったぁ!」

「い、一時はどうなることかと思いましたよ、店長」


 腰を抜かし、真っ先に声を上げたエルキアに続いて、パンケーキをよけながら机に伸びるラウロがわめく。

 店主も笑みを浮かべながらも、額には汗をにじませていた。


「いやいや、僕もどうなることかと思ったよ。エリザさんの時と違って、話し合いで何とかなりそうな雰囲気じゃなかったしね」

「あれ、エリザさんって……チョコレートフェアの時にいた、あの貴族のお嬢様ですか?」

「ええ。彼女も初めは、この店の糖を買い取るって、朝から押しかけてきた人なんですよ」

「今ではすっかり、ちょこちょこ来てくれる常連さんですけどね」

「へぇ、そうだったんですか」


 気が抜けたせいか、珍しく饒舌に語る店主の口からは、意外な情報が聞けてしまった。

 と言っても、別段口外する予定もないラウロには、何一つ関係のない話であったが。

 店主は頭に手をあてがい、考えるように「うーん」と唸る。


「あの二人、今日はなんとかなったけど、また押しかけてきたりしないかな……」

「どうでしょう。ずいぶんお怒りだったみたいですし、もう来ないんじゃないですか……?」

「……だと、助かるんだけどね」


 店主がここまで来店を嫌がるというのも、これまた珍しい光景であった。

 ラウロは止まってしまっていたナイフたちを動かし、パンケーキをもぐもぐと食す。


「まぁ、さっきみたいなのがそう何度も来られても、店長たちも困りますよね」

「あ……すみません、愚痴っぽくなってしまって」

「いえいえ、気にしないでください。俺もあーゆう身勝手な奴ら、ムカムカするんで嫌いです!」


 パクリと、大口でパンケーキを頬張るラウロに、店主は小さく笑みをこぼす。


「ありがとうございます、ラウロさん。よければ、パンケーキ、もう一枚おまけしましょうか?」

「えっ、いいんですか!?」

「はい。店のいざこざに巻き込んでしまったお詫びです」

「お詫びなんて。さっきはあいつらが……あ、でもパン・ケーキのおかわりは……」

「かしこまりました」


 建前と本音が交差する中、素直に述べるラウロに店主は笑って。エルキアもクスクスと笑みをこぼす。

 店主はラウロたちに背を向けると、速足に厨房へ戻っていった。


「……店長、珍しく動転してましたね」

「ですね。いつも冷静なイメージなんですけど、やっぱり相手が悪かったですかね……。――ところで、エルキアさんも立てますか?」

「す、すみませぇん。安心したら力が……もう少し座ってていいですかぁ」

「はは、俺は全然かまいませんけど……」


 ……誰一人、この時口にはしなかった。

 胸の中に渦を巻いていた、妙な胸騒ぎを。まだ、なにか起こるのではないか。

 そんな予感を。


 ――翌日、異世界スイーツは無残にも、何者かに荒らされることとなる。

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