VS騎士団
「エルキアさん、パン・ケーキのおかわりをお願いします!」
「お嬢ちゃん、こっちにはゼリー(ソーダ味)のおかわりを頼む」
「はーい、ただいま! ラウロさんは本当にパンケーキがお好きですね。グランさん、頼んでもらえるのは嬉しいですけど、あんまり食べるとお腹壊しちゃいますよ」
「大丈夫ですよエルキアさん、なんたってグランさんですから!」
「うむ。スライムに負けるほど俺はやわではない。ここは、もう五杯と行こうか」
昼食後のデザートを求めた冒険者で賑わう、お昼過ぎの店内。
エルキアはあちこちで飛び交うオーダーを聞き逃さないよう、しっかりとペンを走らせて笑顔のままに接客を行う。
ある程度オーダーの波がおさまれば、今度はそれを店主に届けるために厨房へと走った。
「店長! オーダー、パンケーキとゼリーです!」
「了解。ゼリーは冷蔵庫に入れてあるから、そのまま持って行ってもらっていい?」
「はい!」
ふわっと甘い香りが漂う厨房の中は、店内とは比べ物にならないくらい色んな匂いが絡み合う。
エルキアは言われた通り冷蔵庫をあさりながらも、その香りを肺いっぱいに吸い込んで堪能するのも忘れない。
ヒンヤリとした空気が漂い、魔法ボックスは今日も涼しい。
「お待たせいたしました。こちら、お先にゼリーのおかわり五杯になります!」
「よし、来たな。いくらでもかかってくるといい」
「ウエイトレスさん、こっちの席会計お願い」
「かしこまりました〜!」
意気揚々とゼリーに臨むグラン。
エルキアは会計の呼びかけに大慌てで駆けて行って、その仕事を済ます。テーブルを片付け、オーダーの品を運んで。
エルキアは一息つきたい気持ちを我慢して、再度店内をぐるりと見渡した。水のおかわり、お客さんのオーダー、確認するべき項目を、一つ一つこなしていく。
カランカランとベルが鳴って、エルキアはすぐに扉の方を振り返った。
「いらっしゃいませ――え……え?」
騒々しかった店内が、一瞬で静まり返った瞬間であった。
「冒険者がのさばっているという店はここか。噂通り、野蛮なやつらが集まっているようだな」
それは、男子とも、女子ともとれる声色だった。
国の紋章が刻まれた、白銀の鎧を身に纏い、にひるな笑みを浮かべるその人物。
その人影に、エルキアだけでなく、店内にいた冒険者全員が視線を向けた。
「ぐ、グランさん、あの紋章、あの鎧……!」
「ああ。間違いない、騎士団の一人だ。なんてったってこの店に騎士団なんかが来るんだ」
「き、騎士団…………? ――『あの子』が?」
そう言って、エルキアは改めて店の出入り口に佇む――鎧の少年を見やった。
推定、七歳程度だろうかとエルキアは思う。
腰には剣をぶら下げて、立派な鎧に身を包んではいるが、その背丈は小さい。加えて、まだ声変わりもしていないであろうさっきの声色に、幼いぷっくりとした丸い顔。鎧さえ纏っていなければ、どこからどうみても愛らしい少年だった。
「え、えーっと……こ、この度はどういったご用件でしょうか……?」
「む……。これはこれは、この店の方ですね。お騒がせして申し訳ない。ボクはウイルダム騎士団所属、副団長のラインヴァルトと申します。今回、この店に冒険者が多く出入りしていると聞きましたので、探察に参りました」
「ラインヴァルトさん…………って、探察? 副団長!?」
「はい」
瞬間、ざわっと店内が驚きの声で満ち溢れる。
「ラインヴァルトって聞いたことあります。確か、剣術の凄腕でしたよね? まさかとは思いますけど、あんな子供が!?」
「正体は子供だと聞いたことがあったが、まさか真実だったとはな」
騒然とする店内の様子に気を良くしたのか、ラインヴァルトは誇らしげに笑みを浮かべると、背筋をピンと伸ばして胸を張る。ガチャガチャと音を立てる身に纏った鎧は、間違いなく本物の様子だった。
「あ、あの、探察って一体……。ここにいる皆さんは、デザートを食べに来ているだけです」
「さあ、どうでしょう。彼ら冒険者は善人でありながら、金を積まれればなんでも行う悪人でもあります。もしかしたらこの中に、悪事を働こうとしている者がいるやもしれません」
ピクリと、反応したのはラウロだった。
「――それは、どういう意味だ」
ガタリと席を立って、ラウロがラインヴァルトに詰め寄る。
呼び止めようとしたグランの手はむなしく宙を切って、そのまま額へと当てがわれた。
「そのままの意味だ。野蛮人どもが集まって、何かしでかさないか見に来た。今の説明を受けて、そんなこともわからないのか? これだから冒険者は、知恵のないやつめ」
「なんだと。このガキんちょ!」
「ら、ラウロさん落ち着いてください! 相手は子供なんですよ……!」
「子供ではない、副団長だ!」
「ご、ごめんなさい!」
「おい、エルキアさんを怖がらせるな!」
「なんだと!? 元はと言えば貴様だろう!」
仲介するエルキアを押しのけ、ラインヴァルトが前に出る。
店内にいた冒険者は、全員参加で野次を飛ばし、思わぬ騒ぎになってしまったことからエルキアはグランに視線を向けた。
しかし、グランは静観を決め込むつもりなのか、エルキアの視線には答えない。
となれば、エルキアが頼る人物はただ一人――。
「て、店長~! 助けてくださいいぃ!」
「エルキアちゃん、どうしたの!? って、なに、この騒ぎ」
「お客様と、騎士団の方がぁ、喧嘩してるんですぅ!」
「け、喧嘩?」
すがりつくようなエルキアの声に、店主の視線が言い争う二人へと向けられる。
二人はかなり熱が入っているのか、こちらのやりとりは聞こえていない様子だった。
「お客様、店の中で騒がれるのは困ります。なにがあったのか知りませんが、いったん落ち着いて!」
「誰だ貴様は! 僕は副団長だぞ、口出しは許さん!」
「なにが副団長だ! 権力を持ったガキんちょめ!」
「き、貴様……! そこまで馬鹿にするならば、いいだろう。ボクが持つものは権力だけでないこと、思い知らせてやる!」
大きな声で騒いでいる様子は、間違いなく子供同士の喧嘩だ。
しかし、ラインヴァルトが剣に手をかけたのをみて、それどころでないと周りも確信する。
「も、もう、いい加減にしてくださぁあい!」
――鶴の一声。というのは、こういうものかと店主は思った。
いがみ合っていた二人を含む、全員が驚いて目を見開いたかと思えば、その視線はエルキアへ向けられる。
「ラウロさん、ラインヴァルトさん! ここはあくまでお店です、喧嘩するなら喧嘩するでも、お店のルールにのっとってしてください!」
「うーん。少し違うかな、エルキアちゃん……」
声を荒げ、肩を上下させながら叫ぶエルキアの言葉は、間違いなく全身全霊をかけてのものだろう。
故に、店主は「そういう問題じゃない」とも言い切れず、曖昧に苦笑をこぼした。
「お嬢ちゃんの言う通りだ。これ以上は店にも迷惑がかかるだろう。郷に入っては郷に従えというように、お前ら、店のやり方で勝負をつけたらどうだ?」
「いえ、グランさん。なにもうちにそんなルールは――」
「ふん、いいだろう。ボクはそれで構わん。どんな勝負が来ようとも、必ず勝って見せるからな」
「俺だって負けるつもりはないぞ。店長、よろしくお願いします!」
「いやぁ、その……」
とんとん拍子に事は進み、さっきまでエルキアに向けられていた視線が、全て店主に集まってくる。
期待か。熱意か。
様々な色を宿した瞳が、これでもかというほど向けられる。
店主は、もう後に引けないと理解した。
「うーん。それでしたら……運試し、なんかどうです?」
「運試し、ですか?」
緊張で空気が張り詰める中、汗を滴らせたラウロがごくりと息をのむ。
ラインヴァルトは黙り込み、周囲の冒険者も同様、店主を見つめ静まり返っていた。
しかし、その場でただ一人、グランのみが不敵に笑って、
「なかなか面白い。真の強者は勝利を引き寄せる、ということか、店主よ」
「な、なるほど……! では、店長の運試しで勝利したものこそが……」
「勝者であり強者。実にわかりやすい、し、強者であるボクの実力を見せるにぴったしの戦いだな」
「さすが店長です!」
なにはともあれ、窮地を切り抜けたと確信した店主はホッと息を吐いた。
周囲の冒険者もグランたちの言葉に納得したのか、なにやら熱が入った様子だ。
「では、ご用意させていただきます」
と、厨房に消えた店主が、ホールに戻って来た時。店主が手に持っていたのは実にシンプルな『菓子』だった。
「て、店主殿、これは……?」
「これはシュークリームというスイーツを、一口サイズにしたものです。空洞に焼かれたシュー生地の中に、カスタードが入った美味しいデザートですよ。……本当は、別に使う予定だったんですが」
「かすたーど、というものが何かはわかりませんが、店長からほんのり、甘い香りがしてきます」
「うむ。俺からしたら少し小さいが、一口サイズというのは食べやすくて良いな。して、この運試しのルールは?」
待ちきれん、と言わんばかりに店主に問いを投げるグラン。
店主は「ご説明しますよ」と前置きを置いて、ラウロとラインヴァルトを中心とした、全員が見える位置の席に皿を置いた。
――皿の上に乗っていたのは、山盛りになったプチシューだった。
「ここにあるシュークリームのうち、何個かは普通のシュークリームです。ですが、もう何個かのシュークリームの方には、辛いといえるありとあらゆる調味料を練り込んだ、特製カスタードを入れさせてもらいました。
今回勝者とみなされるのは、普通のシュークリームを引いた方。何度かそれを繰り返し、最後の一人となった人こそ、本当の勝者です」
「な、なるほど……。それは、もしかすると」
「当たり外れの引き方にもよりますが、誰も残らない、なんて可能性もあります」
にこやかに告げられた店主の言葉に、ラウロたちの表情がこわばる。
置かれた皿の上に盛られたシュークリームは、一見どれも同じに見えた。
「触れたり、近くで匂いを嗅ぐなどの行為は不正行為とみなします。直感的に一つ取り、普通のシュークリームであれば引き続き参加を、はずれを引いた時点で脱落とします」
「はずれを引いたにも関わらず、黙って参加する者が現れたらどうするのです?」
「そこは皆さんを信用しますが……。万が一、を言うなら、問題ないと思います」
にこやかに告げる店主に、ラインヴァルトが眉を上げる。
「何故そう言い切れるのです?」
「きっと、我慢なんてできませんから」
迷いない店主の自信に、その場の誰もが息をのんだ。
「――ところで、店長。さっきっから地味に気になってたんですが、もしかしてこれ全員参加ですか?」
「はい、せっかくでしたので。ここにいらっしゃる全員、参加できるよう作ってきました」
「ああ……やっぱり」
なるほど、それでこの山盛りか。
と、全員の思考が一致し、グランは不敵に笑みを浮かべる。
続き、侮れない人だ、とラウロが思ったのも束の間のこと。
目の前にシュークリームが置かれた以上、勝負はもう――始まっている。
「では、俺はこれだ」
「ぐ、グランさん!? そんなあっさり……!」
「言っただろう、ラウロ。真の強者は勝利を引き寄せる、己が強者だと思うなら、恐れることなど何もない。……いただくぞ、店主」
「はい、どうぞ」
全員の視線が集まって、緊張に見守られる中、ぱくり。
グランがプチシューを頬張った。
そして――文字通り火を吹いた。
「ぐ、グランさぁあん!」
ラウロの声が店内に響いて、グランの亡骸は店の床へ倒れた。
「グランさんの脱落です。あんまり辛くないようにしたつもりだったんですけど……エルキアちゃん、お水用意してあげて」
「は、はい!」
倒れた戦士に、水を持ったエルキアが駆け寄った。
ラウロは拳を握りしめ、ぐっと誓うように心臓に当てる。
「仇は必ず、勝利は俺が――! 店長、俺はこれにします!」
「ならば、ボクも選ぼう。――ボクはこれだ!」
「はい。他の皆さんもぜひ、召し上がってくださいね」
振り返った店主の、屈託のない笑顔には、その時、誰も抗うことはできなかった。
初めから、誰もが気付くべきだったのだ。
確実な強者は誰なのか。
この場を支配するものが誰なのか。
その人物こそが、絶対的な強者だと。
そしてその強者を、決して営業妨害などと言う理由で、怒らせてはいけないと――。
――その後。
結局その場の全員がはずれを引き、店内が阿鼻叫喚の渦に飲まれたことは、言うまでもない。
唯一――あたりを引き続けた少女、エルキアを除いて。