表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/23

エルキアの奮闘 後編 ~番外編~


 店主が瞳を開けた時、視界に映ったのは自分の店の天井であった。

 重たい体をゆったりと起こして、薄暗い店内をぼんやりと見渡す。


「あれ……。僕、どうしてたんだっけ……」


 記憶が曖昧で、眠る前のことが思い出せない。

 身体の節々が少し傷んで、店主は肩を順々に回した。


「そうだ、お店」


 立ち上がり、初めは少しふらつくが、持ち直した店主は出入り口へと歩み寄る。

 戸を開ければ外は暗く、カランカランと響くドアベルも、どこか寂しさを含んでいた。


(クローズって……こんな看板、出した覚えがない……。エルキアちゃんかな?)


 カランカランとドアベルの余韻を聞きながら、店主は扉をそっと閉める。


「店長?」

「え、エルキアちゃん!?」

「よかった、起きたんですね? もう、すっっごく心配したんですよ!?」

「えぇと、ごめんね? あの、これ、どういう状況……?」

「話はあとでしますから、席に座って休んでてください」

「え、えぇ……」


 パチリとついた店内の明かりに、店主は目を細めながらも、言われるままに席につく。

 普段は席に座ることなどないから、店主は妙に落ち着かない気持ちで店内を見渡した。


(……甘い匂い。新しい?)


 不意に、嗅覚を刺激した甘い香り。

 店内に糖の香りが漂っているのはいつものことだが、今している香りは調理中の濃厚な香りだ。

 店主は両目をそっと閉じて、香ってくる匂いに集中した。


(糖の甘い匂い……。あと、ベリーかな……? ちょっと渋いような、ワインみたいな香りだ)


 コツコツと歩く音がして、店主は瞳をそっと開ける。

 見ればエルキアがお盆をもって、店主の前へ立っていた。


「こちら、エルキアお手製のベリージャムと、ヨーグルトです! えへへ、口が大きなジャム瓶を、そのまま容器にしてみました!」

「これ――」


 ことり、丁寧な仕草で置かれたのは、ジャムの瓶に入った白と黒の縞模様。

 一番上にはラズベリーが飾られ、ハーブなんかも添えられている。

 まさに、可愛いと言えるデザインだ。


「これ、エルキアちゃんが作ったの?」

「はい。うちの母が育てている木イチゴがあるのを思い出して、その……木イチゴには、栄養があるって聞いたから……」


 恥ずかしそうにも、自信がなさそうにも聞こえたエルキアの言葉に、店主は視線をジャム瓶へと戻した。

 おかれたスプーンをそっと取り、一口分をすくい上げる。


「この香り、ブラックベリーだね。普通のラズベリ……木イチゴより、色が黒いやつだよね?」

「は、はい! うぅ、やっぱり店長は知ってますよね……」

「知識はもちろん持ってるけど、お手製のジャムを食べるのは初めてかな。……いただきます」


 パクリ。白と黒の縞模様を、店主が一口頬張った。

 その瞬間に広がるのは、ブラックベリーの風味だった。


(渋みがあって、酸味があるブラックベリー……。ジャムにすると絶品なのは知っていたけど、これは――)


 ブラックベリーならではの味は決して消えていない。

 だが、それを包み込むような糖の甘味が、ちょうどよくベリーに絡み合っている。

 おまけに、口当たり滑らかなヨーグルトもジャムと溶け合って、口内全体にハーモニーが広がった。


「美味しいよ、エルキアちゃん」

「ほ、本当ですか!? お、お世辞とかじゃ、ないですか!?」

「まさか。本当に美味しいよ。これ、全部食べていいの?」

「は、はい!」


 笑顔を咲かすエルキアが、お盆で口元を隠しながら頷く。

 店主は続いて二口目を頬張り、上に飾られていたラズベリーも同時に運び込む。


(鮮やかな赤いラズベリー。洋菓子に欠かせない存在だけど、ヨーグルトに合わせてもこの風味は楽しめる)


 酸味があって、爽やかな香りが口の中に広がる。

 咀嚼と同時に種が現れて、プチプチと食感を豊富に与えた。


 大きかったジャム瓶の中身は、あっという間になくなった。


「ごちそうさまでした。すごく美味しかったよ」

「えへへ、お粗末様でした。これで少しでも栄養とって、元気になってくださいね」

「――あ、そのことなんだけど、僕、もしかして」


 カランカラン、とベルが鳴り、店の扉が開かれる。

 店主は驚きで言葉を切り、扉の方を振り返る。


「あ! 店長、目覚ましてる!」

「む。目覚めたのか」

「エルキアちゃ~ん、残りの木イチゴ、持ってきたわよ」

「み、皆さん!? えっと、どうして――」


 戸惑う店主の反応をよそに、当然のようにやってきたラウロ、グラン、ルーナの三人はズカズカと店に入ってくる。

 エルキアはルーナから袋を受け取り、中を覗いてうんうんと頷く。


「店長、今日は私が調理しますから、身体に良いモノたくさん取り入れてくださいね」

「そ、それは有り難いんだけど――……いや、もういいか。うん、たくさん食べるよ。あ、でも、良ければそのお手製ジャムの作り方、僕にも教えてよ」

「ほぇ、も、もちろんです! ジャムは材料と糖を煮るだけなので、教えられることは少ないですけど……。今回の個人的おすすめポイントを言うと、木イチゴの種が苦手な場合は、煮たあとに裏ごしすると取り除けますよ、というところです! ちなみに店長が食べたのは――!」

「裏ごししてくれた方だね。僕は種があっても平気だけど、やっぱりひと手間加えると滑らかになるね」

「ううぅ! 聞く必要ないじゃないですかぁ!」


 お盆を持ったエルキアが、自棄になったようにそう叫ぶ。


「大丈夫よ、エルキアちゃん。裏ごしがなにかわからないから、私に説明してちょうだい」

「俺もですよエルキアさん! あと、エルキアさんのお手製ジャム、俺も食べたいです!」

「うむ。ゼリーに合うものなら、組み合わせて頂こう」

「み、皆さん……!」


 じぃんとしたようなエルキアの瞳に、三人の笑みが向けられる。

 エルキアが店主を振り返れば、店主もまた、にこりとやさしく微笑んだ。


 ――翌日、異世界スイーツのメニューには、『エルキア特製ジャムメニュー』の項目が付け足されていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ