エルキアの奮闘 後編 ~番外編~
店主が瞳を開けた時、視界に映ったのは自分の店の天井であった。
重たい体をゆったりと起こして、薄暗い店内をぼんやりと見渡す。
「あれ……。僕、どうしてたんだっけ……」
記憶が曖昧で、眠る前のことが思い出せない。
身体の節々が少し傷んで、店主は肩を順々に回した。
「そうだ、お店」
立ち上がり、初めは少しふらつくが、持ち直した店主は出入り口へと歩み寄る。
戸を開ければ外は暗く、カランカランと響くドアベルも、どこか寂しさを含んでいた。
(クローズって……こんな看板、出した覚えがない……。エルキアちゃんかな?)
カランカランとドアベルの余韻を聞きながら、店主は扉をそっと閉める。
「店長?」
「え、エルキアちゃん!?」
「よかった、起きたんですね? もう、すっっごく心配したんですよ!?」
「えぇと、ごめんね? あの、これ、どういう状況……?」
「話はあとでしますから、席に座って休んでてください」
「え、えぇ……」
パチリとついた店内の明かりに、店主は目を細めながらも、言われるままに席につく。
普段は席に座ることなどないから、店主は妙に落ち着かない気持ちで店内を見渡した。
(……甘い匂い。新しい?)
不意に、嗅覚を刺激した甘い香り。
店内に糖の香りが漂っているのはいつものことだが、今している香りは調理中の濃厚な香りだ。
店主は両目をそっと閉じて、香ってくる匂いに集中した。
(糖の甘い匂い……。あと、ベリーかな……? ちょっと渋いような、ワインみたいな香りだ)
コツコツと歩く音がして、店主は瞳をそっと開ける。
見ればエルキアがお盆をもって、店主の前へ立っていた。
「こちら、エルキアお手製のベリージャムと、ヨーグルトです! えへへ、口が大きなジャム瓶を、そのまま容器にしてみました!」
「これ――」
ことり、丁寧な仕草で置かれたのは、ジャムの瓶に入った白と黒の縞模様。
一番上にはラズベリーが飾られ、ハーブなんかも添えられている。
まさに、可愛いと言えるデザインだ。
「これ、エルキアちゃんが作ったの?」
「はい。うちの母が育てている木イチゴがあるのを思い出して、その……木イチゴには、栄養があるって聞いたから……」
恥ずかしそうにも、自信がなさそうにも聞こえたエルキアの言葉に、店主は視線をジャム瓶へと戻した。
おかれたスプーンをそっと取り、一口分をすくい上げる。
「この香り、ブラックベリーだね。普通のラズベリ……木イチゴより、色が黒いやつだよね?」
「は、はい! うぅ、やっぱり店長は知ってますよね……」
「知識はもちろん持ってるけど、お手製のジャムを食べるのは初めてかな。……いただきます」
パクリ。白と黒の縞模様を、店主が一口頬張った。
その瞬間に広がるのは、ブラックベリーの風味だった。
(渋みがあって、酸味があるブラックベリー……。ジャムにすると絶品なのは知っていたけど、これは――)
ブラックベリーならではの味は決して消えていない。
だが、それを包み込むような糖の甘味が、ちょうどよくベリーに絡み合っている。
おまけに、口当たり滑らかなヨーグルトもジャムと溶け合って、口内全体にハーモニーが広がった。
「美味しいよ、エルキアちゃん」
「ほ、本当ですか!? お、お世辞とかじゃ、ないですか!?」
「まさか。本当に美味しいよ。これ、全部食べていいの?」
「は、はい!」
笑顔を咲かすエルキアが、お盆で口元を隠しながら頷く。
店主は続いて二口目を頬張り、上に飾られていたラズベリーも同時に運び込む。
(鮮やかな赤いラズベリー。洋菓子に欠かせない存在だけど、ヨーグルトに合わせてもこの風味は楽しめる)
酸味があって、爽やかな香りが口の中に広がる。
咀嚼と同時に種が現れて、プチプチと食感を豊富に与えた。
大きかったジャム瓶の中身は、あっという間になくなった。
「ごちそうさまでした。すごく美味しかったよ」
「えへへ、お粗末様でした。これで少しでも栄養とって、元気になってくださいね」
「――あ、そのことなんだけど、僕、もしかして」
カランカラン、とベルが鳴り、店の扉が開かれる。
店主は驚きで言葉を切り、扉の方を振り返る。
「あ! 店長、目覚ましてる!」
「む。目覚めたのか」
「エルキアちゃ~ん、残りの木イチゴ、持ってきたわよ」
「み、皆さん!? えっと、どうして――」
戸惑う店主の反応をよそに、当然のようにやってきたラウロ、グラン、ルーナの三人はズカズカと店に入ってくる。
エルキアはルーナから袋を受け取り、中を覗いてうんうんと頷く。
「店長、今日は私が調理しますから、身体に良いモノたくさん取り入れてくださいね」
「そ、それは有り難いんだけど――……いや、もういいか。うん、たくさん食べるよ。あ、でも、良ければそのお手製ジャムの作り方、僕にも教えてよ」
「ほぇ、も、もちろんです! ジャムは材料と糖を煮るだけなので、教えられることは少ないですけど……。今回の個人的おすすめポイントを言うと、木イチゴの種が苦手な場合は、煮たあとに裏ごしすると取り除けますよ、というところです! ちなみに店長が食べたのは――!」
「裏ごししてくれた方だね。僕は種があっても平気だけど、やっぱりひと手間加えると滑らかになるね」
「ううぅ! 聞く必要ないじゃないですかぁ!」
お盆を持ったエルキアが、自棄になったようにそう叫ぶ。
「大丈夫よ、エルキアちゃん。裏ごしがなにかわからないから、私に説明してちょうだい」
「俺もですよエルキアさん! あと、エルキアさんのお手製ジャム、俺も食べたいです!」
「うむ。ゼリーに合うものなら、組み合わせて頂こう」
「み、皆さん……!」
じぃんとしたようなエルキアの瞳に、三人の笑みが向けられる。
エルキアが店主を振り返れば、店主もまた、にこりとやさしく微笑んだ。
――翌日、異世界スイーツのメニューには、『エルキア特製ジャムメニュー』の項目が付け足されていた。




