エルキアの奮闘 前編 ~番外編~
カランカラン、とベルが鳴り、店の扉が開かれる。
エルキアはすぐに振り返り、扉の方へ笑顔を向けた。
「いらっしゃいませ、グランさん!」
「うむ。またいつものを頼む」
「はい、かしこまりました! お水と一緒に、すぐにお持ちしますね!」
パタパタと、駆け行くエルキアを見つめながら、グランが席に腰かける。
正面にはいつも通り、ラウロの姿がそこにある。
両手には食器が握られて、目の前にあるのはパンケーキ。
グランはいつもの光景にふっと笑うと、黙って品を待っていた。
「お待たせいたしました! こちらお水と、ゼリー(ソーダ味)になります!」
「うむ。今日も鍛錬と行こう」
「グランさん、ほんっとうにソレ好きですよね~。同じものばかり食べて、飽きてこないんですか?」
「お前にだけは言われたくないぞ、ラウロ」
「そうですよ、ラウロさん。たまにはお野菜とか、栄養のあるものも食べてくださいね」
「う。エルキアさんにまで言われるとは……」
縮こまったラウロを、エルキアとグランは小さく笑う。
カランカランとベルが鳴り、他の客が入店した。
「いらっしゃいませ~! あれ、この時間に珍しい、ルーナさんだ」
「こんにちは、エルキアちゃん。今日はお仕事お休みなの。ねえねえ、それよりも聞いた? 新しい噂よ!」
「はいはい、さすがは受付嬢。話のネタが尽きないねぇ」
「もう! 今日の話は凄いんだから、ちゃんと最後まで聞いてよね?」
キャッキャと声を弾ませながら、エルキアを連れて行くルーナ。
グランとラウロは様子を見守り、互いに顔を見合わせていた。
「眩しいですね」
「うむ。我々とは無縁だ」
カランカラン、ベルが鳴り、エルキアがすぐに振り返る。
しばらくすれば、店内は冒険者たちで埋まりつつあった。
「エルキアさん! パン・ケーキの追加を!」
「お嬢ちゃん、俺にはゼリー五杯の追加だ!」
「はぁいただいま!」
パタパタと動くエルキアは、ホールと厨房を行き来して、注文の品をせっせと運ぶ。
もちろん、厨房に顔を覗かせた時は、そこに香る甘い匂いを、肺いっぱいに堪能して。
「店長、パンケーキ追加です!」
「了解。あ、エルキアちゃん、こっちの品、運んでもらっていい? 今日はなんだか忙しいから、疲れたらすぐ言ってね」
「はい!」
左手の盆にゼリーを乗せ、反対の手に皿を持つ。
エルキアはスピードを落とさずに、しかし丁寧に仕事をこなした。
ある程度の品が運び終わり、ようやくエルキアは息を吐く。
「お疲れ様、エルキアちゃん。この時間のお店、すごく忙しいのね」
「あはは、嬉しいことだけどね。今日はなんだかいつもの倍以上です」
「エルキアちゃんも中々だけど、店長も大変でしょう。裏、一人で回してるの?」
「はい。私なんかよりも、店長の方が心配です――あ、ルーナさんすみません、オーダー呼ばれたので行ってきます」
「はぁい」
ヒラヒラと手を振りながら、角席を満喫するルーナ。
ラウロはパンケーキをひたすらに頬張り、グランはゼリーを飲むように平らげる。
空となった杯たちは、エルキアが手早く片付けた。
「ウエイトレスさ~ん、こっち、お会計お願い!」
「はい、ただいま!」
「その次、こっちの席お願~い」
「はい、すぐに!」
注文の嵐が終わった後は、会計の嵐がやってくる。
エルキアは即座に声に対応し、しばらく店内を駆け回った。
――カランカラン、とベルが鳴り、店の扉が閉められる。
「は、はぁ~、ようやくひと段落ついたぁ」
「お疲れ様、エルキアちゃん」
「今日、すごい賑わってましたね」
「うむ。お嬢ちゃんだけで店をまわすのは、中々骨が折れるだろう」
「あはは、すみません、皆さん。常連さんだけになると、つい気が抜けちゃって……」
空いた席を片付けながら、一息ついたエルキアは、店内に残る三人に笑みを浮かべた。
「まぁ、流石は冒険者志望よね。体力は伊達じゃないって感じ」
「えへへ、そうですか?」
なんて、照れくさそうにエルキアが言った瞬間だった。
カチャーンと、音を響かせて、ラウロが持っていたフォークを落とした。
「え、エルキアさん、冒険者志望だったんですか!? あのエルキアさんが!?」
「あれ、お話したことありませんでしたっけ……? 私、元々冒険者になりたくてこの町に来たんですけど、お金がなくて生活もままならないので、お小遣い稼ぎで働いてるんですよ」
「し、知らなかった……」
なぜかショックを受けたように、ラウロは意気消沈してフォークを握りなおした。
「お嬢ちゃんの普段の様子からは、冒険者として戦う姿など想像もできんな」
「えぇ、そうですか? でも私、後衛志望なので……」
「後衛! 後衛ですか! なるほど、それはエルキアさんらしいですね!」
「うぅむ。単純なやつめ」
復活し、パンケーキを頬張るラウロに、呆れたようなグランが言う。
「そういえば、実家に手紙出さなくちゃなぁ……」
「ご実家とは、いつも手紙のやり取りなの?」
「うん。お家で育ててる木イチゴをよく送ってもらってて、昨日も丁度届いたの。だから、そのお礼」
「へぇ、いいわね。私は生まれも育ちもこの辺りですんじゃうから、手紙のやり取りとか少し憧れちゃう」
再びキャッキャとはしゃぎだす二人に、グランとラウロは静観を貫く。
「いいですね、女性同士の会話って」
「うむ。我々には入れん」
ごちそうさまでした、と、ラウロが両手を合わせて息を吐く。
グランも残っていたゼリーは平らげ、満足したように手を止めた。
すると、
「あ、店長、こんにちは!」
「こんにちは、ラウロさん」
いつものようにホールへと店主が現れ、ラウロにニコリと笑みを向ける。
エルキアは店主を振り返り、「お疲れ様です」と言いかけて、ぎょっとした。
「て、店長! かお、顔色!」
「え? 顔色?」
「青いです! 真っ青です! だだだ大丈夫ですか!?」
フラリフラリと歩く店主に、エルキアが慌てて駆け寄った。
グランとラウロは言葉に釣られ、店主の顔をじっと見る。
「確かに、言われてみれば」
「流石、普段からよく見ている」
「そ、そんなですか? 別に、そんなことは――……」
言いかけて、店主の身体がぐらりと傾く。
続き、バタン! と大きな音を立て、店主が床に倒れ込んだ。
「て、てんちょおぉおお!?」
――。
――――。
エルキアの悲鳴が響き渡ってから、数十分後。
店主の身体はグランとラウロにより運ばれ、店の椅子へと横たわる。
「過労だな」
「過労ですね」
「間違いなく過労ね」
「……過労ですね」
寝息を立てる店主を囲いながら、四人そろって頷いた。
エルキアは顔を覆い、
「だから言ったんですよぉ! 二人なんて無理ですから、誰か一人雇いましょうってぇ!」
と叫んだ。
「確かにここ最近の異世界スイーツは、今日を含めなかなか繁盛してますからねぇ……」
「うむ。二人だけで店をまわす様子には、俺たちも不安を拭えなかった」
「うぅ、うぅうう。皆さんからも言ってください。店長ってば、ウエイトレスを雇うのは構わないけれど、厨房は自分自身で作りたいって譲らないんです」
「店長、そう言うところ頑固なんですね……」
泣き真似をするエルキアに、頬をかくラウロが困ったように苦笑した。
グランは腕を組み、「仕方あるまい」と息を吐く。
「ことが起きてしまった以上、今は対策をとるべきだ。まずは店を閉め、そのあとに今後のことを考えよう」
「そ、それもそうですね。私、お店閉めてきます!」
「手伝うわ、エルキアちゃん」
泣き真似をやめ、サッと動き出すエルキアに、ルーナが続いてついていく。
グランとラウロは店主を見つめ、困ったように腕を組んだ。
「とりあえず、店長にはしっかり休んでもらって、栄養があるものを食べて貰わないと」
「うむ。この分だと、明日も休んだ方がいいだろうな」
「エルキアさん、説得できますかねぇ」
うーん。と、宙を見上げるグランとラウロは、揃いにそろって首を捻る。
カランカランと扉が開き、看板を出してきたルーナとエルキアが店内に戻った。
店主の元に歩み寄るエルキアの表情は、不安の色を含んでいた。
「店長、起きますよね?」
「うむ。そこは安心してかまわん。先ほど、念のために万能薬を飲ませておいた。体力が全面的に回復するわけではないが、多少マシにはなるだろう」
「よかった……」
笑みをこぼすエルキア。
ラウロはエルキアにニコリと微笑んで、
「ひとまず、今は店長の回復を待ちましょう。俺たちも傍で見てますし、お店の片付けもしちゃいましょう」
「ラウロさん……。はい、ありがとうございます」
「私も、料理とかはできないけど、洗い物は得意よ」
「ルーナさんまで、ありがとうございます」
「うむ。いつも世話になっている。これくらいは軽い恩返しだ」
「うぅうっ。皆さん、暖かいです」
泣き真似ではなく、今度こそ目に涙をためたエルキアは、顔を覆ってうずくまる。
ルーナが優しく背をさすり、ラウロとグランは穏やかな表情でエルキアを見守った。
「さ。みんなで片付けしちゃいましょ。店長が起きたら、栄養があるものも食べさせないと!」
「栄養……」
「そ。早く回復して貰わなきゃ、私たちも甘い物が食べられないしね」
「栄養……甘い物。回復……」
「――エルキアちゃん?」
エルキアが小さく呟いて、地面に視線を落とし固まる。
グランとラウロは顔を見合わせ、エルキアの様子をうかがった。
「――そうです」
「え?」
「店長には、栄養をとってもらわなきゃ……」
「え、エルキアさん?」
戸惑うようなラウロの問いは、エルキアの耳に届いていないのか。
エルキアはうんうんと何度も頷いて、最終的にキラキラとした瞳でラウロたちを見上げた。
「私、店長に栄養をあげるため、お料理というものをしてみます!」




