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出会い 〜番外編〜


 甘味と言う刺激は、時に人々を幸福へ導く。

 ああ、なんだか甘いものが食べたい。糖分が取りたい。そんな、誰にでも起きてしまうのが甘味を求める欲求だ。

 異世界スイーツの店主、タカツカはそんな欲求を満たすために店を開くことを決めた。

 のだが。


「君は、だれだ?」


 記念すべきオープンの前日。店舗内の最終確認を行おうと厨房からホールへと足を運んだタカツカは、目の前の人物にそう呟いた。

 長く、毛先だけがウェーブかかった亜麻色の髪をして、赤い布地に白の刺繍やレースが施されたポンチョコートに身を包む、見ず知らずの少女。

 少女の手に握られていたのは、青い大きな石がはめ込まれた杖のようなモノ。

 ゲームなんかでよく見かける、魔法使いが持っていそうなものだ。

 少女は現れたタカツカに目を瞬かせると、ハッとした顔で勢いよく頭を下げて――


「こ、ここで働かせてください!」

 と、言い放ったのだ。


 これが、冒険者を目指していた少女――エルキアと、異世界スイーツこと『シュガー』の店主、タカツカの出会いだった。


 


 冒険者になり、ギルドに入ることを志したエルキアは、世界中の冒険者が集まるとされる巨大な街、ウイルダムを訪れていた。

 広く、人々で賑わうレンガ造りの大きな通りには出店が並び、冒険に必要な道具や武器、防具などがずらりと並べられていた。

 冒険者からすれば、まさに宝物庫そのもの。

 金さえあれば十分に冒険に向かう支度が出来る完ぺきな環境だ。


 ……そう、金さえあれば。

 エルキアは知らなかった。

 まさか、金になると思って田舎の村から持ってきた木イチゴたちが、ここでは雑草同然に扱われ、何の価値もつかない道草であると。


「一、二、三、四、五枚。……残り銀貨が五枚。宿代、なし。食事代、なし。あるのは袋いっぱいの木イチゴだけ」


 大通りから逸れた、人通りの少ない短めの商店街。

 エルキアは悲しいほどに空っぽな財布を目の前に、キュルキュルと空腹で腹を鳴らしなが歩いていた。


 このままではまずい。

 頭ではそう理解しても、空腹により思考が鈍る。


「お金……まずはお金……」


 エルキアは呟くが、その表情はひどく暗い。

 なぜなら今のエルキアには、働くための環境がないからだ。

 冒険者の町ウイルダムで、もっとも早く稼げるのは当然ながら冒険者。

 しかし冒険者になるには、まず身分証などの登録のために金が必要とされる。

 登録金は地域によるが、ウイルダムは冒険者の町。登録後のアシストは素晴らしいサービスが施されるが、最低でも銀貨二十枚は必要となる。

 つまりは、完全に手詰まりと言うわけだ。


「うぅう、せめてどこかに、働ける場所さえあれば……」


 うな垂れるエルキアの嘆きをよそに、腹は相変わらずキュルキュルと音を立てた。


「……ん?」


 僅かに刺激された嗅覚に、エルキアが顔をあげる。


(甘い、香り?)


 どこからともなく漂うそれは、間違いなく胃袋を刺激する香り。

 エルキアは匂いの元を探しまわって、商店街の店をフラフラと見て回る。

 すると、ほかの店に比べて建物自体が不似合いな、真新しい赤い屋根の店が目に入った。


「シュガー……?」


 扉に掘られている文字に、エルキアは首をかしげる。

 漂う香りは間違いなくこの扉の先からで、エルキアは無意識に扉に手をかけた。


(この匂い。ここだよね……多分)


 抑えられない好奇心に、エルキアは心の中で呟くと、手をかけたドアノブにそっと力を籠める。

 扉は、何の抵抗もなく開いた。

 カランカランカラン。


「ひゃっ!?」


 扉を開けた途端、頭上で響いた音色にエルキアは身をこわばらせる。


「び、びっくりした……。誰も、いないのかな……」


 薄暗い室内を見つめ、しばらく待っても何も起きないことからエルキアは恐る恐る中へと踏み入れた。


(机と椅子がいっぱい……何かのお店みたい。甘い匂いは、この奥から……?)


 一見、机と椅子が並べられている様子から、ウイルダムで見た飲食店を思い出すエルキアだが、家具の造りは全く違う。

 木製と思われる机は形が整えられ、触り心地もツルツルだ。椅子に関してはただの木材だけでなく、腰かける場所に柔らかいクッションのようなモノが椅子本体に組み込まれている。

 これは、相当な金銭がかかっているのだろうとエルキアは息を呑んで進んだ。


(でも、なんだろう。すごく落ち着く雰囲気――)


 そんな、気の緩みそうな考えが、エルキアの頭を支配した時だった。


 ――ガチャリ。と奥の空間から、扉が開くような音がした。

 コツコツとした足音が暗闇の中で響き、エルキアは一瞬で身を屈めて、息を止めんばかりの勢いで――いや、実際に呼吸を止めて気配を消した。

 パチリと音がしたかと思えば、部屋の奥で明かりがともる。

 ぶつぶつと何か話声のようなモノが聞こえなくもないが、エルキアは自身の心拍音のせいでその音は聞き取れない。

 足音が、エルキアのいる空間に踏み入れた瞬間だった。

 パチリと同様の音がして、パッと空間に明かりがともる。橙色をベースにした、暖かな色だ。

 しかし、エルキアはそんなことを気にする余裕もなく、ただ目の前の人物を見上げた。


「君は、だれだ?」


 二十後半、いや、三十に差し掛かったあたりだろうか。エルキアは目の前の男性の推定年齢を一瞬で導き出すと、その身なりへと目を向ける。


 白い。全体的に白い。

 色味があるとすれば、革でできた茶色のブーツくらいだ。

 しかし、それだけでもわかる。汚れ一つない白い服、上質な皮で作られたと思われるブーツ。間違いなく裕福。下手したら、貴族の一人だったりもしかねない。


 あれ? と言う事は、もしここが飲食店なら、人を雇う余裕くらいあるんじゃない?

 などと言った、浅ましい考えがエルキアの脳内を一瞬過る。

 しかしそれよりも、自分はとんでもない場所へ来てしまったのではないかという不安がエルキアの心を満たした。

 だとすれば、自身がする事はただ一つ。

 エルキアは勢いよく立ち上がると、男に向かって頭を下げて――


「こ、ここで働かせてください!」


 欲が出た――と、ひどく後悔したのだった。


「え、えっと。君は……?」


 案の定、目の前の男は動揺した。

 しかしこうなれば、押す以外、ない。


「わ、私、エルキアと申します! あ、あの、私今、お金にすごく困ってて、働ける場所を探してるんです! ここ、何かのお店ですか? もしそうなら、ここで――」


 ぐうぅうぅ。

 恥ずかしげもなく唸ったのは、空腹の限界値を迎えつつあるエルキアの腹だった。

 原因は、先ほどからずっと漂っている甘い香りのせいだろう。


「……お腹、空いてるんですか?」


 コクリと頷くエルキア。

 真っ白な服に身を包んだ男は、考え込むように顎に手を当てると、よしと一つ頷いた。


「店は明日からの営業なのですが、せっかくですし、味の評価でもしてもらいましょうか。ちょっと、席に座って待っててくれるかな」

「へ? あ、はい」


 駆け足で奥の部屋へと消えていく男性。

 エルキアは呆然としたまま男性を見送ると、言われるままに近くの椅子へ腰かけた。

 ふか。と空気が抜けるかのような感覚がした。


「今、ちょうどチーズケーキが完成したところなんです。苦手じゃなければ、一つ食べてくれませんか?」

「け、ケーキ!?」


 ケーキって、あの高級な?

 エルキアはある意味で聞き慣れない単語に声を上げるが、男は気付く様子もなく、手に持った皿を机に置いた。


「な、か、かわいい!」

「お。よかった、可愛いと思ってもらえるようなモノを目指したのですが、上手くいったみたいですね」

「こ、これ、食べられるんですか!?」

「え? はい、もちろん食べられますよ」


 信じられない、と呟くエルキアは、目の前にある魅惑の三角に目をくぎ付けにされていた。

 なんといっても、形が綺麗だ。

 歪みなく整えられた表面に、金色のなにかがちょこんと飾られている。

 断面図から見えるのは、真っ白ななにかと淡い黄色の二層の様子。

 木イチゴによく似た赤いなにかがケーキの周りに飾られて、白い皿の上をアートのように彩っていた。


「すごい……」

「ありがとうございます。そんなに感動してもらえるなんて、頑張った甲斐がありました」

「これ、本当にいいんですか……?」

「もちろん」


 にこりと笑う男性。

 エルキアは期待に震える手で、用意されたフォークを手に持つ。

 そっとケーキにあてがえば、あとは力を込めるだけ。

 ふわっ。


(や、柔らかいっ……!)


 チーズケーキと言われたソレは、エルキアが通したフォークに対し、何の抵抗も見せずにすんなりと切られる。

 まさかと思う柔らかさ。エルキアは一口サイズに切ったものを、改めてフォークで刺した。

 そして、軽く、柔らかなそれをそっと口元まで運ぶと、先ほどからずっとエルキアの腹を刺激していた甘い香りが鼻をくすぐった。

 パクリ。一口。

 広がったのは、幸せの味。


(と、溶けるぅう――!)


 とろけるような舌ざわりに、口いっぱいに広がったのは糖の甘味。

 昔、成人の時を祝われたとき、両親が奮発して食べさせてくれた、あの甘味だった。

 しかし、今口に含まれた甘味には、それだけではないうまさがある。


(これ、ミルク……かな。あと、レモンの実みたいな香りもする……。通り抜ける爽やかな香りが、後味の良さを引き立ててる……!)


 エルキアの口内を刺激したのは、シュガーの甘味だけでなく、ミルクのような滑らかさもうかがえた。

 おそらく、柔らかすぎると驚いた白の下にあった、淡い黄色の部分だろう。


「ふはぁ……すごい。食べ物が溶けるなんて!」


 一口目を堪能したエルキアは、そう呟くとすかさず二口目を口に運んだ。

 今度は周りに飾られていた、赤い木イチゴのようなモノも一緒にだ。


(今度は酸っぱい! いや、でも、やっぱり甘い!)


 咀嚼し、そしてエルキアは理解した。

 赤い木イチゴのようなモノが、なぜ周りに飾られていたのか。このチーズケーキにとって、この赤は必須なのだ。


(甘い。酸っぱい。甘い。酸っぱい!)


 とろける甘味、シュッとした酸味、その二つが織りなすハーモニーは、エルキアの心を魅了した。


「おいしぃ……!」


 そう、うっとりと零してしまうほどに。

 しかし、このチーズケーキという魅惑の食べ物は、そうのんびりとさせてはくれない。

 食べ進めたエルキアの前に立ちはだかったのは、少量乗せられた金色の、金のようななにか。

 いや、どうみても金だ。


 エルキアは悩んだ。

 まるでいることが当然かのような存在に、勿体ないという感情を覚えたからだ。


(食べる……? というか、食べられるの……? これ、どう見ても金――)


 まさか、人生で金を食べるか食べないか悩む日が来るなんて。

 エルキアは贅沢すぎる自分の思考に、思い違いをしているのではないかとすら思えてきた。


「あ、あの、これ……」

「はい。金箔がどうかされました?」

「え、えぇっと……食べて、いいんですか?」

「はい、問題ないですが……?」


 引き止められない。

 ということは、本当に食べられるものとしてここに置かれている。

 エルキアはしばし悩んだが、意を決したように頷く。


「よし」


 エルキアは金箔を含む一口をフォークにとり、勢い任せに頬張った。

 ああ、食べてしまった。

 金を、食べてしまった。


 パクパクと残りの甘味を胃に落とし込むエルキアの体内に、今もっとも欲しているものが食べ物として入っていった。

 この日のことは一生忘れないだろう。

 エルキアは文字通りケーキを噛み締めた。


 しかし、その分得られたのはこれ以上にないくらいの満足度。

 エルキアは、うっとりとしたため息とともに、そっとフォークを皿に置いた。


「満足してもらえました?」

「は、はい! 私、こんなにおいしい食べ物、生まれて初めて食べました!」

「それは嬉しい。……ところで、ずいぶんと変わった恰好をしておられますが、近辺で何かイベントでもあるんですか?」

「イベント? えぇっと、私田舎から出てきたもので、イベントが何かはわからないんですけど、一応普段着です」

「え、普段着? それが?」


 驚いたように目を見開く男性が、改めてエルキアの服装に視線を向けた。


「す、すみません。う、薄汚いですよね……?」

「あ、いえ、違うんです。すみません、失礼でしたよね。ただ、その、見慣れない恰好だったもので、つい気になって」

「見慣れない……? ここ、ウイルダムの町だったら冒険者の方もたくさんいますし、そこまで珍しくないと思うんですけど……」

「ウイル……うん? ……すみません、イベントの名前ですか?」

「へ? いえ、このお店がある、街の名前ですけど……」

「町……? ちょ、ちょっと待ってください。ここ、東京ですよね……?」

「トウ、キョウ……? す、すみません。わからないです」


 探り合う二人の会話には、なにやらズレが生じている。

 エルキアと男の心が一致し、二人はしばらく見つめ合う。

 ――数分後、店の外に出たタカツカが、腰を抜かしたのは言うまでもない。

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