それぞれの幸せ
店の前の騎士団が去り、ラウロたちにオットー、リアが店を出ていった。
店内にはエルキアと店主。王とウヴォルフだけが残される。
「お待たせいたしました。こちら、いちごのショートケーキになります」
「ほう。これが、この店の出すスイーツか」
コトリと置かれた真っ白な皿に、真っ白なケーキがどっしりと構える。
形の整った三角のケーキには、真っ赤な果実が眩しい。
白。黄色。白。黄色。
二つの色が交互になり、白の合間に覗く赤。
層のように積み重なったそのケーキは、王の瞳をくぎ付けにした。
「美しいな。まるで花嫁のようだ」
「花嫁……。なるほど、確かにそうかもしれませんね」
フォークを構えた王が、スッと一筋切れ目を入れる。
圧力に凹んで、切れた断面に赤い果実が顔を覗かせた。
ふわり。香った糖の匂いを吸い、王が一口頬張った。
甘い。柔らかい。
軽い。とろける。
真っ白な表面が熱で溶け、滑らかなミルクの味を放つ。
黄色い部分はふわふわと軽く、卵とバターのハーモニーが躍るように口内を駆けていく。
(なるほど。これが――……)
ゆっくりと咀嚼する王の心に、優しい味が染みていく。
二口目。三口目。
手を進めれば進めるほど、もっともっとと欲してしまう。
合間合間に覗く果実は、糖の甘味を中和するように酸味がある。
(甘いだけでは飽きが来る。彩りの役割だけでなく、それを阻止するかのような酸味を、この果実は持ち合わせているのか)
人の口に入った時、誰かがこれを食べた時、それらすべてが考えられた。この店のスイーツ。
「この店の言う幸せは、こんなにも優しいものであるか」
王は静かに呟いて、次の一手を掲げる。
「む」
食べ進めたこともあり、思わぬ壁に直面した。
ケーキの上に乗っていた、ベリーと思われる大きな実。
あまりの存在感をもつその果実に、王は思わず思考する。
この果実、今食べてよいものか――と。
「どうかされましたか、陛下」
「むぅ……。この果実、今食べるか、後で食べるか、なぜか妙に考えさせられる」
「はぁ……」
問いかけるウヴォルフに、見向きもせずに王が答えた。
ウヴォルフは不思議そうに首を傾げ、悩む王を見守っていた。
(ここは、一度後にしておこう)
ベリーを避け、別のところから食べ進める王。
酸味と糖の甘味を堪能し、またすぐに果実に直面した。
(なんだ。なんなのだ、この存在感は……。今食べるのが勿体ない、最後に取っておきたい……。掻き立てるようなこの感情は、なにによって生まれるのだ)
葛藤した王は、ベリーをケーキの上から降ろした。
真っ白な部分を平らげて、最後にぷすりと果実を刺す。
ジュワリと溢れる赤の果汁が、瑞々しく輝いて思わず喉が鳴った。
パクリ、食べれば、文字通り赤い実が弾けた。
(今までの酸味の果実と違い、濃厚な甘味! だが、忘れぬ酸味が後を引き、すっきりと喉を通り行く……)
これは、最後にして正解だった。と王は思った。
王はフォークをそっと置き、空になった皿に満足気に息を漏らした。
「実に美味であった。……この店の言う『幸せ』と言うもの、とくと堪能させてもらった」
「ありがとうございます。お褒めのお言葉、光栄に思います」
頭を下げる店主に、王が一つ頷いた。
「ウヴォルフよ」
「ハッ」
王が立ち上がり、ウヴォルフが敬礼する。
「此度の一件は、恐らく噂となるだろう。魔物が街に出現したとなれば、市民が不安がる。お前たち騎士団は、しばらくの間、この商店街の警備につくように」
「かしこまりました」
「――陛下」
「すまぬ。貴殿の心、幸せの程は理解した。しかし、形だけの拘束を、しばらくの間許して欲しい」
「とんでもございません。寛大なご処置、感謝いたします」
うむ、と王が頷いて、店の外へと消えていく。
ガラガラと音を立てる馬車の音を、エルキアと店主は、最後まで見送った。
――。
――――。
カランカランと鳴るベルを、エルキアが拭き終えた時には、外はもう暗かった。
「なんだか今日は、大変な一日でしたね」
「そうだね。ジヨルドさんに王様……立て続けの大事に、もうくたくただよ」
「ふふ。案が思いついた時の店長、大忙しでしたもんね。ギルドに依頼をしに行って、冒険者を集めて。必要材料を取り揃え、オットーさんと見よう見まねで模索して……。ここに勤めて数ヶ月ですけど、こんなに忙しい日は初めてです」
花の咲くような笑顔を浮かべ、メニューを片すエルキア。
店主はそんなエルキアに笑みを返しながら、「もうそれなりに経つのか」とぼやいた。
瞬間。
カランカランとベルが鳴り、店の扉が開かれる。
「店長! ラインヴァルトのガキんちょから聞きましたよ~! 今回の処置、騎士団の監視だけで済むんですって!?」
「流石は国王といったところか。市民からの目を案じ、最低限でありながら最適の策を指定したな」
「こんばんはぁ、タカツカさん。雨雲のお駄賃、紅茶と飴をもらいに来たよ~」
「俺もだぁ店主さん。飴細工の礼、貰いに来たぜ。あと、耳寄りな情報もな」
「わわわわ、皆さん、こんな遅くにいきなりですか!?」
慌てふためくエルキアの声と、店主の苦笑の声が重なった。
店主は席を用意しなおし、エルキアもまた、片していたメニューを人数分並べた。
「耳寄りな情報って、一体なんです? オットーさん」
リアの紅茶を用意する店主が、オットーの話題を拾った。
「なに、それがよ、商人ギルドのブラーボなんだが、どうやら父親のすねかじりと言う噂は本当だったらしい。今回の一件、父親にこっぴどく絞められたそうだ」
「おや。それはそれは、なんでまた」
「さぁなぁ。父親のオスカルってやつの方は、息子と違ってまともだったってところだろ」
「うむ。オスカルが経営する肉料理店は、俺もよくいく。あそこの店主は、いい人だ」
「へぇ。同じ飲食店を経営しているなら、是非一度お会いしてみたいですね」
リアに紅茶を淹れ終えた店主が、丁寧な仕草で紅茶を差し出す。
リアは飴玉をぽちゃんと落とし、ニコニコと香りを楽しんだ。
「それよりも店長、注文って、まだしてもいいですか? 俺、実はお腹空いちゃって……」
「うむ、実をいうと俺もだ。ジヨルドの騒ぎといい国王騒ぎといい、休む暇もなくてな」
「お二人とも、ずるい言い方するんですから……」
そう言いつつも、笑みを浮かべた店主は、気合いを入れるように服の袖をまくった。
リアは紅茶を飲みながら「ぼくクッキー」とさり気なく言ってくる。
「かしこまりました。皆さん、いつもの品でいいですか?」
「はい!」
「うむ」
「俺も頼むぜぇ、店主さん」
やれやれ、と首を振ったエルキアが、店主の隣にそっと立つ。
「これは、もう一仕事、ですね。店長」
「だね。エルキアちゃんも、最後までよろしく」
「はい。もちろんです!」
花が咲くようなエルキアの笑みに、店主が微笑み瞳を伏せる。
店内に響く賑わいの声は、それからもしばらく、止むことはなかった。
長編小説一巻分は、ここ二十話にて完結になります。
ここまで、ご愛読いただきありがとうございました。




