幸せのカタチ
ジヨルドが去ったその晩、異世界スイーツの目の前には、騎士団による列ができていた。
店内にいたラウロとグランは店の端へと追いやられ、オットーにリア、それからエルキアまでもがラウロたちと同様端へとよけられる。
ガシャガシャと鎧を鳴り響かせ、中心に立つ店主の前に、鎧の男が現れた。
その男の背後には、ラインヴァルトの姿がある。
「お初にお目にかかる、異世界スイーツ……いや、『シュガー』の店主殿。私の名はウヴォルフ、ウイルダム騎士団、騎士団長を務めている。この度は突然の訪問、どうか許していただきたい」
「店長のタカツカと申します。訪問自体は構いませんが……これは一体、どういったご用件でしょう。私や従業員はともかく、お客様にご迷惑をかけられては困ります」
「手荒な真似になってしまったことは謝ろう。しかしこれには、ある訳があるのだ」
「……訳?」
怪訝そうな顔で、店主が問い返した時だった。
ガラガラと音を立てた大きな馬車が、店の前で停まった。
ラインヴァルトが即座に向かい、その扉を開く。
「なっ」
「あ、あの人はぁ――っ!」
「シィ! お前さんら、静かにしろ!」
目を見開くグランとラウロに、声を潜めたオットーが叫ぶ。
馬車から降り、騎士に守られるようにして現れたのは、貴族と思われる男一人だった。
しわのある目元などからして、歳は別段若くないことがうかがえる。
しかし、男は顔に似合わず、まだまだ若々しい足取りで店主の前へ進んだ。
「お待ちしておりました。陛下」
ウヴォルフと名乗った騎士団長の男が、敬礼をしてそう言った。
刹那、店主は思わずギョッとして、視線をウヴォルフから男の方へ移した。
「へ、陛下って……もしかしなくても……?」
「ああ…………。この国の、王だ」
声を潜めたエルキアに、オットーが小声でそっと答える。
リアが「へぇ」と声をもらし、壁に追いやられた全員の視線が、店主と王の方を向く。
すると、汗を流し、固まる店主に対し、王が一歩、前へ出る。
「騎士団を連れての突然の訪問、営業中にすまなかった。どうか許して欲しい」
「い、いえ。とんでもございません。あの――」
「良い。そのままの姿勢で、そのまま話をさせてほしい」
ウヴォルフに習い、店主が膝を折ろうとした時だった。
王は静かにそういって、しわのある目元を柔らかに細めた。
「では、せめてお席へ」
「――その方がよいのであれば、そうさせてもらおう」
入り口に二人の騎士、店内にも数名の騎士。
席についた王の隣には、ウヴォルフが立って控えている。
店内の空気は、一本の糸がギリギリ繋がっているような緊張感に包まれていた。
「今回、この店に足を運んだ理由は他でもない――コルダンス卿のことだ」
「…………はい」
「そう身構えるな。私は、まずは礼を言いたいのだ」
「――……礼、ですか?」
ふ、と。予想外の言葉に、店主の力が一瞬だけ抜ける。
王はコクリと頷いて、
「我々は長らく、自分自身の手を汚さないコルダンス卿に手を焼いていた。なんたってあやつは、悪事の隠蔽が得意でな……。他貴族の領土に手を伸ばし、抜け穴を見つけては金を得る、実に非道なやつであった。
……しかし、今回の商人ギルドの一件。貴殿がしてくれたコルダンス卿に対する反抗の一手。あれのおかげで、商人ギルドの男から、ようやく証言を得ることができた」
「加えて、コルダンス卿と商人による、数々の契約書も得ることができた。
……それもこれも、奴らを精神的にあそこまで追いつめてくれたこの店のおかげだ、と。陛下はおっしゃりたいのだ」
「は、はぁ……。しかし、自分は特に何も……。この店を救ってくれたのは、お客様である皆さんです」
「ほぅ」
控え目に述べる店主に対し、王が僅かに眉を上げる。
すると、ウヴォルフに対し目配せをし、その視線を受けたウヴォルフは、ただ頷いて店主を見た。
「それとは別に、もう一件だけ話がある」
「はい。なんでしょう?」
「コルダンス卿に対する反抗の一手。それが我々の助けとなったことは事実だ。
……しかし、魔物を使役する人物を、放ってはおけないと陛下はご判断した。――この意味が、わかるな」
「……えぇと」
チラリと動いた店主の視線が、壁によけられた全員を見る。
王はその視線に気づいたのか、釣られるように視線を全員の方へ向けた。
「彼らが、どうかしたのかね」
「いえ……、失礼ですが陛下。今回、わたくしどもがやった行動に対し、陛下はどのような認識をされておりますでしょうか。場合によっては、事の流れを説明させていただきたく思います」
「認識、とな。ふむ、私が聞いた話では、コルダンス卿は魔物に怯えて逃げ帰ったと聞いている。商店街に並ぶ、魔物の影を見たと。そう証言していたのだよな、ウヴォルフ?」
「はい、陛下。そしてこの店の店主には、以前から妙な噂があると……」
「魔物使いの店主、ですか……」
困ったような、呆れたような色を含んだ店主の一言に、ウヴォルフと王が首を傾げた。
店主は真っ直ぐに王を見ると、
「そんな者は存在しません」
と、にこやかな笑みで言い切った。
「そ、存在しない、とな?」
「貴様、嘘をついたらどうなるか、わかっていないわけではあるまいな?」
「嘘なんかではございません。……この店にはそんな人物、一切存在しないのです」
「では、此度のコルダンス卿の証言は一体? 奴は、夢や幻影でもみたというのか」
「いいえ、それも違います。ジヨルドさんは確かに、魔物らしき影は見たことでしょう」
「うぅむ、回りくどいぞ。早く説明をせい!」
怒った、というより、じれったさに好奇心が耐えられない、というような口ぶりで王が言うと、店主はにこりと笑った。
一度席を外すことを告げ、厨房の方へ消えていく。
戻って来た店主の手に握られていたのは、棒と――その先端についた、ガラスのように透き通る、実物より何倍も小さなビーだった。
「それは――」
「これが、ジヨルドさんが今回目にした、魔物と言うシルエットの正体です。どうぞ、おひとつ舐めてみてください」
「舐めるだと?」
「では、ここは私が」
首を傾げた王よりも先に、素早く前に出てきたのは、隣で控えるウヴォルフだった。
店主から棒を受け取り、先端部分のビーを舐める。
「こ、これは――甘い」
驚いたようなウヴォルフが、目を見開いてビーを見る。
王は興味を示したようにじっと見つめ、よく見せろとウヴォルフから棒を受け取った。
「ふむ……。確かに、僅かに糖の香りがするな。ガラス細工かと思ったが、これはまさか菓子の部類か?」
「はい。陛下のおっしゃったように、糖を使った菓子でございます。名はガラス細工とよく似ていて、飴細工と言います」
「アメ……ふむ、聞かぬ名だ。しかしこの完成度、この技術、とても素晴らしい出来栄えだ。これも貴殿の腕なのか?」
「いえ。それに関しては、そこの壁にいらっしゃる、オットーさんのおかげです」
「おお、あのドワーフの彼か。……なるほど、ドワーフ族が持つ技術なら、この出来栄えも納得だ」
興奮冷めやらぬ、といった様子の王が、オットーを見て何度も頷く。
オットーは静かに頭を垂れ、それに気づいた王は、ウヴォルフに騎士を退けるよう指示をした。
「長いこと拘束してすまなかった。して、これが魔物の正体だというのは、一体どういうことだろうか?」
「単純なトリックです。雨雲で外が暗い中、ランタンの明かりにこの飴をかざす。後は光と物体の距離感を調整して、大小様々な影を生み出す。それだけのことで、子供だましに過ぎませんでした。
……ただ、パニックになっていたジヨルドさんには、効果抜群だったみたいですが」
と、困ったように笑う店主に、王が少し噴き出した。
そして、今までの穏やかな笑みとは違い、豪快に王が笑った。
「へ、陛下?」
「すまん、ウヴォルフ。奴がこんな子供だましに引っかかったと思うと、笑わずにはおれぬ。ふ、くくく。貴殿も妙なことを考えるものだ。それで、他にどんなことをした? あの冒険者たちにも、役割はあったのだろう?」
腹を抱えた王が、身を乗り出して目を輝かせる。
店主は、「ええ」と頷くと、ラウロとグランに目を向けた。
「彼らには今回、数名の冒険者を集めて貰い、商店街に配置される、魔物の影を演じて貰いました。そのために必要な外の暗さは、リアさんの魔法で雨雲を作ってもらったんです」
「ほう、流石だな。数となれば冒険者。よい知恵の働かせ方だ。して、雨雲を作ったという人物は誰だ? 商店街を覆う雨雲など、発生させるにはさぞ優秀な――」
言いかけた王に、赤い瞳のリアが映る。
リアは帽子をとってみるなり、ぺこりと小さく会釈した。
ウヴォルフは瞳を見開いて、
「あんな少女が、そのような大規模魔法を……? なるほど、確かに、店主だけの力ではないようだな」
「ええ。むしろ私は、ジヨルドさんと対面する以外、これと言ったことはしていません」
「なに、良いではないか。力を貸す周りがいることこそ、貴殿の力そのものよ。……ところで、事情の方は理解したが、一つ疑問ができた」
「はい。なんでしょう?」
「貴殿の……この店に対する思いの強さについてだ」
「強さについて……ですか?」
問いを投げる店主に、王が静かに頷いた。
「此度の一件、もし失敗すれば貴殿はどうなっていたかわからん。コルダンス卿の怒りを買い、仕打ちはさらに酷くなったやもしれん。
なのに、それでも立ち向かおうと思った理由はなんだ? 話に聞けばこの店、糖を扱うそうではないか。少々言葉は悪いが、その利益を、独り占めしたかったのか?」
そう問いかけた王の瞳には、もう好奇心の色はない。
店主の真意を確かめるような、見抜くような光が宿るだけだった。
店主は黙って首を横に振る。
「僕はただ、たくさんの人に食べて貰いたいんです。甘いものを。好きなものを。自分が幸せに思える食べ物を、笑顔で食べてほしいだけです。
僕にとってこの店は、そんな幸せの手伝いができる、唯一の場所なんです」
「だから、コルダンス卿ひとりには譲れなかった、と?」
「はい。――ですからこれは、幸せになる手伝いをしたい、僕のわがままなんです」
王の口元に笑みが湛えられ、そっと瞳が伏せられる。
「では、そんなわがままな店主に対し、私もひとつ、わがままを良いか?」
王は一つ間を置いて、しわを深めて優しく笑った。
「私に一つ、幸せをくれんか」




