嵐の前の行動
「ジヨルドが、動き出した……?」
静まり返った店内に、問い返すラウロの声が響く。
エルキアは店主を呼びに行き、すぐさま事情を説明した。
店主はホールへやってくると、オットーへ歩み寄る。
「オットーさん、ジヨルドさんが動き出したって、どういうことですか?」
「まぁ慌てるんじゃあねぇ、それを説明するために俺はやってきたってもんだ。
……今さっき、うちの常連の冒険者が、とある話を持ってきた。商人ギルドのブラーボと、ジヨルドがこの店を手に入れるため、手を組んで動き出したって話だ」
「なっ――!?」
立ち上がったラウロが、ガチャンと食器が音を立てるのを気にせずに固まる。
店主とエルキアは首をかしげて、事態の大きさがわからないというようにラウロとオットーを交互に見た。
オットーは二人の様子に、目を見開く。
「まさかとは思うが、ブラーボを知らねぇって顔か?」
「す、すみません……」
「聞いたことがないですぅ……」
「おいおい。こりゃあたまげたな。したら、商人ギルドの方も知らねぇってのかい」
苦笑し、うーんと首を傾げる二人に、オットーがため息を吐いた。
ラウロは二人に眉を下げて笑って、黙々と紅茶を楽しむリアは、未だ黙って茶会を続ける。
「なら、話はまずそこからだな。
――商人ギルドっちゅうのは、名前の通り商人たちが入会してるギルドのことだ。他国との貿易品を扱っている店は、大抵商人ギルドに入っている」
ちなみに、俺の店もその一つだ。とオットーが付け足す。
「さっき言ったブラーボという男は、三十歳と若いやつだが、その商人ギルドのギルドマスターをしているやつのことだ。商人ギルドで最も貢献度が高く、最も売り上げが高い男。
……と言っても、奴自身の実力はそうでもなくて、全て父親の力だという噂もあるがな」
「へぇ。ギルドはギルドでも、商人のギルドも存在したんですね」
感心したような店主の声に、エルキアが続いて頷く。
オットーは数度目のため息を吐いて、
「感心してる場合じゃねぇ。今回ジヨルドとブラーボが手を組んだってことは、そのブラーボの立場が厄介ごととして付け回ってくる。
言っちまえばこの店含め、商人ギルドに邪魔と判断された商人は、トップであるブラーボに、尽く潰されるって話だ」
ジヨルドは、それを脅しにこの店を商人ギルドに取り込むつもりだろう。
と、言い切ったオットーの言葉を最後に、店内に静寂が満ちる。
ラウロは静かにパンケーキを見下ろし、店主は黙ってオットーを見つめる。
エルキアは不安気に全員を見渡すが、リアは静かに紅茶を飲んだ。
「ジヨルドさんの目的は、一体なんなんでしょうか?」
「うぅむ。一つとしては、商人ギルドを通して、この店から得られる金が欲しいんだろう……。
ここを狙う理由は、もはやこの店への執念にしか感じねぇなぁ」
「でも、商人ギルドのブラーボが、ジヨルドに手を貸す理由はなんでしょう? この店をギルドに取り込めるのは、ブラーボにとって望ましいのはわかります。
でも、その場合、ジヨルドと手を組まなくたって、ただ勧誘すればいいじゃないですか」
腕を組んだオットーが、ラウロの言葉に「ああ」と頷く。
「そこんとこなんだが、そこはおそらくジヨルドの本領発揮ってとこだな。奴はすることは最低だが、腐っても貴族だ。金有り、ツテ有り、土地有りと報酬になりそうなものは十分に取り揃えていやがる。
まぁ、流石に土地はねぇだろうが、ブラーボにとって悪くない条件を突きつけたんだろうな」
「ぐぅ……お金で何でも解決、よくないです」
フォークを握りしめるラウロが、悔しそうに席に座る。
すると、カチャン。
リアがカップをそっと置き、空になった紅茶に満足したのか、ふぅとのんきに息を吐く。
「ご馳走様、タカツカさん。とても美味しい紅茶だったよ」
「あ。ありがとうございました、リアさん。お食事中にこんな話、申し訳ありません」
「ううん。興味深い話だったし、全然かまわないよ。……ところで、ドワーフのおじさん。急ぎで伝えに来たって事は、それ、それなりに急用になる理由があったんじゃないの?」
「おぉ、そうだ! 大事な事を伝え忘れてたぜ」
「まだ何かあったんですか?」
うげっと顔をしかめたラウロが、嫌そうに告げる。
オットーの方を振り返った店主は、聞きたくなさそうに顔を歪めていた。
「実はその動き出したって言うのは、もうすでに、今、奴らがこの店に向かってるってぇ話だ」
「めちゃくちゃ重要な部分じゃないですか!?」
「そういうことは早く言ってくださいよ!? どうするんですか、もう来ちゃうってことですか!?」
ガチャンと再び立ち上がったラウロと、エルキアの悲鳴が混ざり合う。
半ばパニックになったように嘆くエルキアは、頭を抱えて慌てふためいていた。
「いやぁすまねぇ。説明するのに夢中になって、つい忘れちまった」
「すみません、僕が無知なばかりに……」
「いいってことよ。店主さんが気にすることじゃあねぇ。……それより、奴らが来るまでもう時間がねぇ。今した話、店主さんはどう受けるつもりだ?」
「…………」
オットーからの問いに、全員の視線が店主に向けられる。
店主は静かに笑みを作って、なんでもない顔でオットーと向き合う。
「入会は断りますよ、もちろん」
「……たぁく、怖いもの知らずってのは、なによりも怖えもんだなぁ」
「いえいえ、これがうちの自慢の店長ですから!」
「頼もしいこった。――だが、断るといって断った場合、なにが起こるかはさっき話した通りだ。ブラーボは商人の中でも有利な立場にいて、敵に回すと潰される。……その覚悟はあんのかい」
「お金儲けに店を利用されるくらいなら、その方がマシです」
いいきって見せた店主の瞳に、オットーがにやりと笑った。
やがて、こらえきれないかのように豪快に笑い、オットーが店主に歩み寄り、勢いよく背を叩く。
「いい答えだな、俺ぁ気に入ったぜ。しかし、策はあんのかい? まさか無防備に正面衝突ってわけにゃあいかねぇだろ?」
「そうですね。万が一勧誘を受けた場合、うまくかわせる何かを用意出来ればいいんですが……そんな都合のいいなにか、今すぐに用意できるかどうか……」
腕を組み、考えるように店主が宙を見る。
エルキアはそれに習い、うーんと腕を組んで首を傾げた。
「もういっそ、痛い目見せてしまうというのはどうでしょう?」
「馬鹿野郎、もういっぺん捕まりてぇのか、ラウロは」
「う、それはちょっと……」
うーんと首を傾げる集団が、揃いにそろって無言に陥る。
唯一考えることをしていないリアは、全員の顔を見渡した。
「ぼく、そのジヨルドって人とか知らないし、あんまり状況がわからないけど。今さっきの話、このお店が危ないってことでいいんだよね?」
「んん? お前さん、初めて見る顔だな。……だが、まぁ、そうだな。ジヨルドの目的は、この店にある商品と、それで得られる金のはずだ」
「ふんふん……。タカツカさんはこの店、譲りたくないんだよね?」
「ええ、そうですね」
頷く店主に、リアも揃って頷くと、スプーンをさっと手に取った。
「なら、もし。そう、もしもの話。もしこの店が大ピンチになって、どうしても逃げられなくなった時。……その時は、ぼくがなんとかしてあげる。もちろんタダでなんて言わないけど、それは紅茶と飴玉でお願いしたいな」
「なんとかするって……どうやってですか?」
問いかけるエルキアの声に、リアが赤い目を向ける。
「逃がすのさ」
カラン。
悪戯に笑うルビーの瞳を細め、リアが飴玉を手に取った。
店主はリアの方を向き、困ったように眉を下げる。
「それは、この店を置いていくってことですか?」
「ううん、少し違う。……ぼくが言う『逃がす』って言うのは、『この店ごと』逃がす話だよ」
「み、店ごと?」
首を傾げるラウロに、エルキアとオットーも疑問で首を捻る。
店主は黙ってリアを見て、言葉の続きを待っていた。
「タカツカさんはさ、思ったことがない? 『どうして、この店がここにあるのか』って」
「――!」
目を見開く店主。
それは、誰が見たってわかるほどの動揺だった。
店主はじっとリアを見つめ、言葉を選ぶように唇を開く。
「この店の事情を……知ってるんですか?」
リアは静かに頷いて、
「この店がここにある理由。それは、ぼくの魔法が関係している」
と、真っ直ぐな赤で言い放つ。
「ここにある理由……?」
ラウロが探るように声を発す。
「そう。この店は本来、ここにあるべきものじゃない。……この店がここに存在する理由は、ぼくが行ったワープゲートの実験が関係してるんだ」
「それって、さっきの?」
「そ、エルキアお姉さんと、そこのお兄さんにはさっき話したんだけど。ぼくは前、ワープゲートの実験を行っている。三ヶ月ほど前、このウイルダムの商店街でね」
「なんでぇ、ワープゲートって。というか、こんな人の多い場所でか?」
「あははぁ、夜の商店街って意外と静かでさ、空き家もあったし丁度いいかな~なんて」
「なんつぅ雑な考えだ……」
呆れたようなオットーの視線に、リアは何ともない様子で笑う。
「んで、そのワープゲートっつうのは、一体どういうもんなんだ?」
「僕も、その話を詳しく聞きたいです」
店主とオットーの一言に、リアはこくりと頷くと、エルキアたちにした話と同様の説明を聞かせた。
オットーは「ほう」と感心し、店主は思い当たる節があるのか「なるほど」と呟いた。
「じゃあ、この店は今、僕の元いた場所と、ここウイルダムを繋ぐゲート……つまりは、門の役割をしてるんですね?」
「そう。だからこの店を逃がそうと思った場合は、門となってるこのワープゲートを、閉じてしまえばいいだけのこと。
そうしたら店はここへは繋がらないし、こっちから店にも繋がらない。元どおりさ」
「じゃあ、リアさんがゲートを閉じさえすれば、ゲートの効果はなくなって、店長は逃げられる!」
「で、でも、それだと……!」
笑顔を見せたラウロに、エルキアが声を張り上げた。
「それだと、もう……店長とは、さよならになっちゃうんですよね?」
「あ……」
「うぅむ。それもそうだな」
上がりかけた空気が、再び静かに落ちていく。
エルキアは地面を見つめたまま固まり、ラウロたちも困ったように視線を泳がせていた。
「すみません、リアさん」
店主の、はっきりとした声が空気を揺らす。
「リアさんの提案は嬉しいですが、僕はさっきも言ったように、ここから退くつもりも、譲るつもりもありません。……僕にとって、ここにいる皆さん。この町の皆さんが、この店の存在理由なんです」
「店長……」
「ごめんね、エルキアちゃん。迷惑ばかりかけて」
涙ぐんでいたエルキアが、ぶんぶんと首を横に振る。
リアは眉をハの字にして、困ったように笑った。
「でも、店長。俺たちとしては嬉しいですが、どうやって奴から逃れるんです……?」
「そうだぞ。店を譲りたくねえ気持ちは痛いほどにわかるが、対抗するにも手段がねぇ」
「考えます。いくらでも。なにがなんでも、切り抜けて見せます」
そう答えた店主の声に、迷いは一切なかった。
リアは飴玉をぽいっと口に放り、にんまり笑顔を浮かべて見せる。
「なら、ぼくも一緒に考えるよ。ね、エルキアお姉さん」
「は、はい! もちろんです!」
「ありがとうございます、リアさん、エルキアちゃん」
「お、俺も考えます! 力になれるかわかりませんが、時間いっぱい考えましょう!」
「そうだな。俺でよれば力を貸すぜ、店主さん」
皆さん、と声を漏らした店主が、微笑を浮かべて全員を見渡す。
刹那、
――くぅうう。
と、控え目な腹の音が鳴り響き、キョトンと全員の視線がぶつかる。
「あははぁ、ごめんなさぁい。ぼく、お腹空いちゃった」
「なんでぇ、気が抜けるお嬢ちゃんだなぁ」
「ふふ、リアちゃんらしいです」
「残り時間がどれくらいかはわかりませんが、こんな時は一度、甘いものでも食べましょうか」
「わぁい! ぼく、店主さんの意見にさんせ~い!」
両手を上げて喜ぶリアが、ふわりと髪をなびかせてエルキアに抱き着く。
「ねぇねぇ、ぼく、さっきのクッキーが食べたい!」
「ああ、クッキー飴のことですね。かしこまりました、今追加でご用意しますね」
「クッキー飴? なんでぇ、そりゃあどんな菓子のことだ、うまいのか?」
「うん、とっても!」
満面の笑みで答えるリアが、机に残っていた一枚を手に取る。
光に照らし輝いている飴の姿に、オットーは感銘を受けたように「おお」と声を漏らした。
「こいつぁ見事なもんだ。まるでガラス細工だな」
「ありがとうございます。まだ不慣れなので形はいびつですが、慣れればもっと綺麗にできるかと」
「ほう。これ以上にまだ上が……」
「流石は店長、職人というかなんと言うか、強者の言うことは一味違いますね!」
「やめてくださいよ、ラウロさん。僕は普通の人間ですよ」
厨房に向かいかけていた店主が、ラウロの言葉に苦笑する。
オットーはリアからクッキーを受け取ると、まじまじと飴を眺めた。
「この素材、色彩も兼ね備えているのか。実に美しい、まさに職人技と言うものだな」
「ああ、いえ。それは、元々ついているといいますか。あの、自ら着色する飴細工と言うものもあるんですが、これ自体は普通の――」
言いかけて、店主が止まった。
「なんでぇ、どうしたんだ急に」
「クッキーがどうかしたんですか、店長?」
オットーの手元を見つめ、固まる店主は無言だった。
エルキアとリアは顔を見合わせ、ラウロとオットーは首を傾げる。
「……これだよ、エルキアちゃん」
「え?」
「子供だましのような作戦かもしれない……。でも、もしかしたら、突破口になり得るかもしれない」
「突破口って、店長――まさか、なにか思いついたんですか!?」
大声を上げたエルキアに、店主が悪戯に笑った。
「飴細工と、強者の称号だよ」




