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飲食店とデザート店


 冒険者という職業は、生死と隣り合わせにある。

 故に、冒険者には知恵が必要である。

 故に、冒険者には体力が必要である。


 故に、冒険者には肉が必要である。


 故に、故に、故に。

 オスカルは数年前、ウイルダムの商店街で、肉料理を売りにした店を開くことにした。

 その結果店はぐんぐんと上り詰め、今では商店街一番の人気を誇る店となり、他国への商品提供も後を絶たないほどとなった。

 のだが。

 オスカルには最近、ある疑問があった。

 それは、同じ商店街に並ぶという、デザートを専門とした店のことだ。

 噂話によればその店は、オスカルの店と同様、冒険者たちに人気だという。

 肉を好み、肉を欲す冒険者たちから。


 これは、オスカルにとって一大事であった。

 肉を売りとしてやってきたオスカルの常識を、ぽっと出てきた店に覆された気分だ。

 なぜか。


 体力を必要とする冒険者たちには、肉が必要だからである。

 甘い甘い糖分よりも、肉が必要だからである。


「ここが、例の店か……」


 白い壁に赤い屋根、茶色の扉がかもし出す、周りと違った異様な雰囲気。

 気のせいか、周りからの視線が痛い。


(やはり、私のような年寄りの男が、デザート専門店を訪れるなんて異様に映るのだろうか……)


 長年の肉さばきにより鍛えられた腕。立ち仕事、配達仕事により鍛えられた足。

 肌は持ち前の分もあるが、太陽により健康的に焼けている。


(だが、気にしていては先へ進めない……。大丈夫、冒険者が通うという店だ。中に入ったって、最悪浮くことはないだろう……)


 オスカルはゴクリと息をのみ、ドアノブを捻る。

 カランカランと、心地よい音が耳に響いた。

 入った瞬間に振り返ったのは、亜麻色の髪の、色白の少女だった。


「いらっしゃいませ~! 一名様ですか?」

「あ、ああ……。入れるか?」

「はい! こちらのお席へどうぞ!」


 一瞬、あまりに眩しく微笑む少女にたじろいだオスカルだが、案内する少女に続き、角席の隣へと座った。

 角席には、どうやら先客がいるらしい。


「こちらメニューと、サービスのお水になります。おかわり自由なので、お気軽にお申し付けくださいね」

「ああ、ありがとう」

「エルキアちゃん、ちょっといい?」


 亜麻色の髪の少女、エルキアは角席の女性に呼ばれると、親し気に「はぁい」と返事をする。

 角席に座るのは、髪をサイドで一つ結びをした、黄色の瞳が美しい、大人っぽさを纏う女性だった。

 オスカルは話し出す二人から目を逸らし、受け取ったメニューに目を通した。


(ショートケーキ、チーズケーキ、チョコレートケーキに……んん。ここは焼き菓子の欄か? デザートを出すというだけあって、本当に豊富なんだな……)


 ぺらりとページをめくり続け、オスカルは進めば進むほどに首を傾げて小さく唸る。


(主食はないのか? まさか、甘いものだけなんてことないだろう?)


 ぺらりと最初に戻るなり、オスカルは必死にメニューを読み漁る。

 すると、ふと手を止めて、サンドウィッチという文字に目をやった。


(あった、ここだ。……と言っても、サンドウィッチとパスタ……それから、ハンバーグにオムライス……? うぅん、これじゃあどれがいいのかわからないな)


 冒険者の腹を満足させるのだ。

 それ相応の量を持ち、それ相応の満腹感を与えてくれるのだろう。


(デザートがメインではあるが、まずは主食を挟みたい……。とりあえず、このハンバーグと言うのを頼んでみるか)


 オスカルが顔を上げ、店内の仕事に戻っていたエルキアに声をかける。


「この、ハンバーグというものを一つ」

「かしこまりました。こちら、セットメニューにもできますが、どうしますか?」

「セットメニュー?」

「はい。ハンバーグとご一緒に、パンとお飲み物、それからデザートをつけるサービスです。普通にお飲み物などをご注文するより、お安くなりますよ」

「へぇ、そんなサービスがあるのか……。参考になる、セットメニューで頼む」

「かしこまりました! では、こちらからお飲み物をお選びください」


 メニューをめくり、エルキアが指を刺したのはドリンクと書かれたページだった。

 オレンジジュース、アップルジュース。など、ジュースとつくものから。コーヒー、ココア、ミルクなど、単体の名を持つ物。

 オスカルは眉間に皺をよせ、小さく唸りながらメニューとにらみ合った。


「じゃあ、この、一番上のオレンジジュースというのを……」

「オレンジジュースですね、かしこまりました。お飲み物はお先にお持ちして構いませんか?」

「ああ」

「かしこまりました!」


 ぺこりとエルキアが頭を下げ、店の奥へと消えていく。


(セットメニューといい、飲み物を持ってくるタイミングも気遣ってくれるのか……。多少がさつでも許してくれる冒険者たちに甘えて、そういったサービスは考えたこともなかったな……)


 オスカルは少しだけ、この店が徐々に人気となる理由がわかった気がした。

 水を手に取り、一つ心を落ち着けた。


「お待たせしました。こちら、お先にお飲み物のオレンジジュースになります」

「ありがとう」


 戻って来たエルキアはそういうと、丁寧な仕草でコップを置いた。


(透き通ったガラスの容器……ここは、商品だけでなく食器にも力を入れているのか。中のこの液体、それにこの香り……オレンジジュースと言うのは、オレンの実を絞ったものか)


 オスカルはコップを手に取り、口づける。

 カランカランと氷が音を立て、冷たいジュースが喉を通り抜けていく。


「おお。甘く、それでいて酸味も忘れない。スッキリとしたうまみがあるな」

「ありがとうございます。お食事の方は、もう少しだけお待ちください」

「構わないよ」


 いい。すごくいい。

 一言でいうなら、すごく落ち着く。

 まず、従業員の感じも良い。店の雰囲気ととても合って、落ちつく空気を壊さない態度だ。

 しかし、別にオスカルは賑やかな自分の店が悪いとは思わない。オスカルの構える店とは正反対で、全く違った魅力があるというだけだ。


(俺の息子も、この店のようにハキハキと働いてくれればな……)


 昼前と言うだけあって客は少ない。

 オスカルはこの静かな空間を堪能することに気分を切り替えた。


「お待たせしました。こちらハンバーグと、セットのパンです。デザートは、フルーツポンチになります」

「待っていたぞ。さて、一体どんな――」


 コトリ。置かれた皿の上には、ちょうどいい彩り。

 茶色く焼けた香ばしい香りを放つ、ハンバーグと称されるものだと思われる楕円の物体。オスカルは匂いからして肉であるとすぐに察する。

 続き、ハンバーグの下に敷かれ、皿の反面を覆う葉野菜の緑。刻まれた野菜たちによる赤や紫は、草原に咲く花々のようだ。


(綺麗だな……、気の使われたこの見栄えの良さは、食欲を促進させる)


 だが、オスカルの疑問は未だ晴れない。

 量だ。量が少ない。

 冒険者たちは一体、これのどこに満足を得てこの店に通うのだ。


(いや、考えるのは後にして、まずは味だ。私の出す肉料理と、どんな違いがあるのか……)


 オスカルはナイフとフォークを手に取り、器用に肉を切っていく。

 流石は慣れ親しんだ肉――と、言うわけでもない。


(柔らかい……! このハンバーグというメニューは、ミンチにした肉を固めて作るのか!)


 じゅわり。じゅわりと、肉の隙間から肉汁が溢れ出る。

 女子供でもたやすく切れるような柔らかさ。程よく漂う湯気に誘われて、オスカルは思わず息をのんだ。


 まずは、一口。

 オスカルはハンバーグを頬張った。


(こ、これは……っ)


 噛んだ瞬間、崩れていく。

 ホロホロ、ホロホロと、柔らかな肉たちが口内を踊り、溢れる肉汁がうまみを口いっぱいに広げていく。

 切った際にあれだけ溢れていたというのに、まるで湧き水のように溢れてくる。


(パリッとした外側が、中に肉汁を閉じ込めていたのか? なんて器用な)


 オスカルはすかさず、籠に入れられたパンに手を伸ばした。

 ふわりとした手触りは、オスカルが知るパンとは違う。

 いとも簡単にちぎることが可能で、咀嚼だって手軽い。だが、香り、味は完璧だ。


(進む。いくらでも進む。葉野菜があるおかげで、肉ばかり食べている背徳感もない)


 物足りないといえばそれまでだが、これも一つの楽しみだ。

 オスカルは夢中になってハンバーグを頬張り、皿の上と、パンの入っていた籠が空になってようやく手を止めた。


「うん、美味しい」


 オスカルは思わず呟いて、食事に一息の休憩を挟む。


(美味しいけど、少しだけ物足りない。でも、もう一つ食べるには量が少し多すぎるな……)


 オスカルは視線を動かし、フルーツポンチに目を向けた。

 白、オレンジ、緑、黄色、などなど、様々な色がスフレカップから顔を覗かせる。

 真っ白でシンプルな、浅めの皿のデザインは、量を調節しての選択だろう。


(ここでさっぱりとしたフルーツとは……。なるほど、気が利いた組み合わせだ)


 スフレカップに添えられた、小さめのフォークを手に取ったオスカルは、オレンジ色のフルーツを一つ刺す。

 透明な汁が滴り、艶やかな表面が光を反射していた。


(甘い! けど、少し酸味がある……オランの実を、なにかに漬けたのか?)


 他のフルーツも試してみれば、どれも同様に甘く、しかしフルーツならではの味は失っていない。

 それぞれの個性を残しながら、甘いシロップのようなモノで包まれているようだった。


(飲み物とデザートがフルーツでかぶってしまったが、これはこれでありかもしれない。喉を潤す酸味と、瑞々しい果実の甘味……。実に贅沢だ)


 オレンジジュースを飲み切って、オスカルはコップをそっと置く。


「ご馳走様でした」


 あっさりと食べ終えたデザートは、物足りなかった感覚を見事に満たして空となった。

 何もかもが丁度よく、バランスを計算されたメニュー。


(量だけで押していた私とは、全く違う商法だな)


 オスカルは、ある意味での敗北感を抱いていた。

 疑問に思う必要などなかったのだ。

 この店はこの店のスタイルで、冒険者達に好かれている。

 オスカルの店が、好かれるように。


「いい店だな。ここは」


 呟いたオスカルの一言は、店の者には届かなかった。

 しかし、角席に座っていた女性は、オスカルの言葉にニンマリと笑った。


(ああ、私も……)


 この店を好きだと言ってくれる他の客に、微笑む存在になりたいものだ。

 そう、オスカルは思いながら、再び店に来ることを、密かに胸中誓ったのだ。

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