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老人と若者


 昼過ぎの異世界スイーツに、動揺の声が上がった。

 カランカランと音を立てる扉を、エルキアが驚いた顔のまま見つめる。


「しばらくぶりだにゃあ。今度こそ、おじいちゃん連れてきたのにゃあ」


 ぴょこっ。

 獣族特有の耳が揺れる。


「ほっほっ。邪魔するぞ」


 同じく獣族の老人、マドック・バッディスタが穏やかに笑う。

 エルキアは状況を飲み込み、片付けていた手を止めて、慌てて二人に向き合った。

 もちろん、厨房に「店長!」と叫ぶのも忘れずに。


「エルキアちゃん、どうし――。あ、あなたは!」

「ほっほっ。いつぞやの事件以来じゃな」

「こんにゃちは。デザート、食べに来たにゃ~」


 顔を覗かせた店主が、二人の姿を捕らえた途端、すぐに状況を理解する。

 店主は慌てて席に案内し、メニューと水を差しだした。


「ご来店ありがとうございます。……あの時のお礼を、ずっと言いたかったんです」

「ほっほっ。よいよい。あの程度のこと、気にすることはない」

「そうはいきません。ね、エルキアちゃん」


 うんうん、と勢いよく頷くエルキアに、マドックが「ほっほっ」と穏やかに笑う。


「コルダンス卿には、以前から問題児として目をつけておった。それがたまたま、制裁できそうなタイミングじゃったから手を貸したまでじゃよ」

「ですが……」

「よい。そう言っておるのじゃ、素直に受け取っておくがよい」

「……かしこまりました」


 穏やかな笑みを保ちつつ、言い放ったマドックは、有無を言わさぬ声色でそういうと、店主の回答ににんまりと笑みを深めた。

 すると、マドックの隣でメニューを見ていたフィオラが、おもむろに顔を上げて、


「んにゃあ、どれがにゃんだか全然わからないにゃ。この間の、キャラメルフォンデュはないのかにゃ?」

「フィオラ、ここは屋敷ではないのじゃぞ。そのにゃーにゃー言うのをやめるのじゃ」

「にゃ~、これはフィオラのアイデンティティなのにゃ」

「えぇと……。申し訳ございません。あちらは、チョコレートフェアの限定メニューとなっておりまして、通常時には取り扱っていないんです」

「にゃあ、残念」

「ほっ。わしも目にしてみたかったのぅ」


 しゅん、と下がる二人の耳に、店主とエルキアは思わず目をやり、二人そろって顔を見合わせる。

 しばらくして、フィオラの耳がピンと立つ。


「なら、なにかおすすめはないのかにゃあ。フィオラ、おじいちゃんに美味しいもの食べさせてあげたいのにゃ」

「ほっほっ」

「美味しいもの、ですか。そうですね……御爺様は、甘いものは好きですか?」

「うぅむ。嫌いではないが、わしも歳じゃからのぉ……。胃がもたれて、あまり食べられはせんな」

「となると、甘さ控えめのものがいいですね。例えば、抹茶系のスイーツなどどうでしょう?」

「ほっ。抹茶、とな」


 メニューのページをめくる店主に、マドックが興味を示して手元をのぞき込む。

 フィオラはエルキアと顔を見合わせ、商品を選ぶ二人を大人しく待っていた。


「抹茶は、本来飲料として用いられるのですが、苦味が砂糖とよく合うことから、お菓子なんかにも使われるんですよ。風味があって、苦味を楽しめる方なら、美味しくいただけると思います」

「ほっほっ、それはいい。では、その抹茶とやらを貰おう」

「かしこまりました。でしたら、抹茶は抹茶でも、抹茶ロール、抹茶パフェ、抹茶アイスなどございますので、そこからお選びください」

「む、むむむ。抹茶は抹茶でも、さらに種類があるのか。若者の店というのは難しいのぅ……」

「じゃあ、フィオラが選んであげるのにゃ!」


 見ていることに飽きたのか、フィオラは急にそう声を上げると、店主が開くページを見つめる。


「これ! 抹茶パフェがいいにゃ!」

「かしこまりました。それでよろしかったですか?」

「ほっほっ。どうせじじぃにはわからぬものよ。孫が選んでくれたのじゃ、それで頼む」

「かしこまりました。フィオラさんはどうします?」

「ん~、フィオラはぁ……ん~と、ん~~と。おじいちゃんとお揃いがいいにゃ!」

「かしこまりました。一応、フィオラさんの方は甘めにお作りいたしますね」

「お願いしますのにゃ!」


 ハキハキと返事をするフィオラに、店主はにこりと笑って、厨房の方へ消えていく。

 残されたエルキアはメニューを片し、途中だった他の机の片付けに戻った。


「ところで、そこのお嬢さん。この間の事件なのじゃが、グランと言う冒険者が捕えた犯人たちはどうなったのじゃ?」

「あ、えぇと。ラインヴァルトさんの話によると、実行犯の冒険者さんは、冒険者の称号を剥奪されたのち、ウイルダムから追放されてしまうそうです。……もう一人のアーベルンさんは、今も騎士団で拘束中です」

「ふむぅ。悪事を働いた者に対してなら、当然の報い、か……。コルダンス卿め、粗相がすぎると痛い目を見るというのに」

「はい……。ですが、今回の事件では、ジヨルドさんは容疑者にも挙がってません」

「ほっほっ。奴も悪知恵が働く奴じゃ。うまいこと逃げられたのぅ」


 ほっほっ。ほっほっ。と笑い続けるマドックは、穏やかな笑みを崩さない。


「して、先に捕まっていた冒険者というのは、無事に釈放されたのかね?」

「はい! それもこれも、皆さんのおかげです」

「ほっほっ。良いことじゃ良いことじゃ。コルダンス卿はいずれ、因果というものを知ることになるじゃろうな」


 笑って放つマドックに、フィオラがこてん、と首をかしげる。


「お待たせいたしました。こちら、抹茶パフェおふたつになります」


 しばらくして、厨房に消えていた店主が、銀色の盆を手に持って現れた。

 盆の上にそびえ立つのは、高さのある、ふちが波打った美しい杯。

 中には緑、深緑、白、藤紫色などが、層のようになって重ねられているのが目に見えてわかる。

 店主が丁寧にパフェを置き、長いスプーンを傍へ添える。


「ほぉ。これはこれは、面白い見た目をしておるな」

「すっごいにゃあ! 綺麗だにゃあ!」


 手を合わせはしゃぐフィオラと、好奇心に光るマドックの瞳が抹茶パフェを捉える。

 フィオラはさっそくスプーンを手に持ち、てっぺんで渦巻く緑色のなにかに矛先を向ける。

 マドックはゆっくりと後に続き、同じくてっぺんの渦をすくった。


「ほう、柔らかい。スッと匙が通った」

「それは、抹茶味の生クリームです。滑らかで、抹茶の香りが楽しめて、とても美味しいですよ」


 なるほど。とスプーンを見つめるマドック。

 店主とエルキアは「ごゆっくり」と一言告げると、食事に集中して貰うため席を離れた。

 フィオラは「あーん」と口を開け、早くも一口目を頬張った。


「ん~~! 甘い、とっても甘いのにゃ!」

「ふむふむ。ではわしも」


 はむり、とマドックが一口目を頬張る。

 途端、ふわり、広がったのは茶の風味。続いてきたのは滑らかな口どけと、僅かな糖。ミルクに混ざった抹茶の苦味だった。

 なるほど。確かに甘さが控え目だ。

 マドックは納得から一つ頷き、二口目をすくう。


「ほっほっ。実に食べやすい。わしでもスイスイ行けてしまうぞ」


 実際、スイスイ生クリームを口に運ぶマドックは、渦巻く生クリームを食べ終えると、真っ白な球体に目を向けた。

 艶やかで、光を反射する、真っ白な物体。

 マドックはスプーンでちょんちょん、と突き、一つ頬張る。


(むむ。これは――!)


 もち、もち。

 もち、もち。

 マドックの口内に、今までに食べたことのない食感が訪れた。

 もちもち、もちもち。

 なんだ、なんだこれは。マドックは咀嚼し続けて、僅かに甘いそれをごくりと飲み込んだ。


「この白い物体は一体……。フィオラよ、お前のところにも――」

「んまぁ。ごちそうさまでしたにゃあ」

「……全く、マナーがなっておらんのぅ」


 ペロリと唇を舐めたフィオラが、満面の笑みで食事を終える。

 フィオラは不意にマドックのパフェを見て、はたと首を傾げ固まる。


「おじいちゃんの白丸、フィオラのよりサイズが小さめだにゃ?」

「む。そうなのか? 見る前に平らげてしまったから、全く気付かなかったのじゃ」

「にゃはは。このもちもち、急いで食べると喉につまりそうなのにゃ。おじいちゃんには、ちょうどいいサイズかもしれないにゃ」


 ニコニコと笑みを浮かべ、マドックを見つめるフィオラ。

 マドックはすくい上げた白丸を見つめ、ふと店内に立つエルキアの方を見た。


(あえて、なのか……?)


 であれば、何たる心優しい気遣いか。

 マドックは感動に打ちひしがれ、最後の白丸を噛みしめた。


「ほっ。また色が変わったのぅ。藤紫色の、綺麗なもんじゃあ」


 どっしりと重みがある、底に眠っていた藤紫色の何かを掘り当てると、マドックはまじまじとそれを見つめた。

 ところどころ豆のような粒があって、ほんのりと甘い香りが漂う。

 見たことのない食べ物だったが、マドックは嬉々としてスプーンにかぶりついた。


「おお、これは美味!」


 スプーン越しに感じた重量感に反して、口に入れ、咀嚼を試みた途端、ふにゃりと形を変えたソレ。豆の粒々が刺激となり、飽きない食感をくりだしてくる。

 これは、合う。

 抹茶と言う苦味のある存在に、とても合う甘味を持った存在だ。

 マドックは夢中で中身をすくって、パクパクと食を進めていく。


「ほっ」


 気が付けば、グラスの中は空になっていた。


「美味しかったね、おじいちゃん」

「ほっほっ。わしとしたことが、つい夢中になってしまったわい。実に美味であった」

「ありがとうございます」


 離れたところに立っていたエルキアが、マドックの言葉に微笑んだ。

 すると、今まで厨房に消えていた店主がホールへと出てきて、空になったグラスに気付く。


「お口に合いましたか?」

「ほっほっ。実に。とてもいい時間を過ごさせてもらった」

「それはよかった。もしよろしければですが、飲み物の方の抹茶もいかがですか?」

「飲み物じゃと?」


 興味を示したマドックに、店主が「はい」と頷いた。


「暖かく、菓子などに使われる抹茶とはまた違った楽しみができますよ」

「ほっほっ。それは是非ともいただこう。フィオラ、もう少しよいかの?」

「んにゃあ、もちろんにゃ~」


 頭を下げた店主を見送り、マドックは期待に胸を膨らませた。

 フィオラは足をパタつかせ、フリフリと尻尾を揺らしている。


「お待たせいたしました。こちら、抹茶になります」

「ほぉ。濃いな」


 ことり、置かれた碗の中に広がっていたのは、一面の深緑。

 暖かな湯気がゆらゆらと上がり、抹茶の香りを運んでくる。

 マドックはそっと碗を手に取り、その形をまじまじと見つめた。


「大きいな。そして変わった形じゃ。これは焼き物か?」

「はい。僕が作ったものではないですが、僕の国では、こういった焼き物も文化なんです」

「ほっほっ。実に良い。美しい見た目、心地よい手触り。中身の熱を通しすぎない、ほんのりと暖かさを持つバランスも素晴らしい」


 マドックは両手で碗を包み、しみじみと感想を述べていく。

 ああ、こうして抹茶の香りを嗅いでいると、まだマドックが若かったころ、度々遊びに出ていた獣族の森を思い出すようだ。

 木々の間を潜り抜け、緑の香りがしみこんだ土を踏みしめ、さらさらと流れる川を飛び越えた。

 マドックはそっと、一口目を含んだ。


(ああ――なんと暖かい)


 飲み物としての熱だけではない。

 人の暖かさ。手間をかけて作られたという大切さ。その丁寧さ。

 それら全てが混ざり合い、優しい熱がマドックの心に沁みわたる。

 はぁ。

 思わずため息が漏れそうな心地だった。

 マドックは静かに茶を楽しみ、瞳を閉じた。


「ここは、いい店じゃなぁ」


 呟いたマドックの一言に、フィオラが静かに微笑んだ。


「ねえ、おじいちゃん。フィオラもそれ、飲んでみたいにゃ!」

「ほっほっ。フィオラには少し苦いかもしれんぞ?」

「大丈夫にゃ!」


 そう言って、マドックから碗を受け取ったフィオラが、ゆっくりと抹茶に口づける。

 ピクリ、耳が動き、熱かったのかフィオラは瞳を強く瞑った。


「うにゃぁあ、苦いのにゃぁ、さっきの抹茶と全然違うのにゃぁ」

「先ほどの抹茶パフェは、フィオラさんの方は甘くしておきましたからね。それに比べると、随分と変わってくると思います」

「う~、フィオラはさっきの方が好きにゃあ」

「ほっほっ。フィオラはまだまだ子供じゃのぉ」


 明るく笑うマドックの声と、エルキア、店主の声が重なった。

 

 また、何度でも訪れよう。

 マドックは密かにそう思う。

 そしていつか、孫のフィオラと一緒に、この抹茶の味を楽しめればいい。

 そんな小さな願いを込めて、マドックは抹茶を飲み干した。

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