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去る厄災


 日が昇りはじめ、光が街を照らす頃。

 開店準備を終えた店主たちは、入り口付近の席に腰かけ、無言の時間を過ごしていた。

 カランカランとベルが鳴り、開店前だということを告げようとした店主は、顔を覗かせたラインヴァルトに「あ」と声を漏らす。


「ラウロさんは、どうですか?」


 扉を閉めるラインヴァルトに、店主が立ち上がって問う。


「今、騎士団にて事情聴取をされています。奴はやっていないの一点張りですが、証拠品が出た以上、罪に問われるかと」

「……もし、ラウロさんが罪に問われたら。彼は、どうなるんですか?」

「冒険者としての資格を剥奪され、ウイルダムから、追放されるかと……」

「追放!?」


 ガタリと、勢いよく立ち上がったエルキアに、ラインヴァルトが無言で頷いた。


「物が、悪すぎたといえます。ビーの蜜は高級品で、通常の盗みよりも罪が重くとられる」

「そんな……どうにもならないんですか?」

「今のところ、奴を救える策は……」


 俯き、沈黙が続いた後、ラインヴァルトは顔を上げると、「一度戻ります」と店を出た。

 取り残された店主たちはベルの音を聞き届け、互いにため息を小さくこぼす。


「一体、どうしたら……」

「……」


 席に座り、うな垂れるエルキア。

 店主は無言のまま厨房へ向かうと、ホールから姿を消した。

 店内には甘い香りが漂い始め、程なくすると、皿を持った店主がエルキアの前へ戻る。


「はいこれ。エルキアちゃん、食べて」

「え……?」

「フレンチトースト。朝にちょうどいいメニューだよ」


 にこりと笑う店主が、戸惑うエルキアの前に皿を置いた。

 皿の上に並んでいたのは、四角く切られた黄色い、パンのようなものが二切れ。

 店主は食器を一緒に並べると、黙ってエルキアの様子を見守った。


「……」


 しばらく、エルキアはフレンチトーストを見つめていた。

 しかし、ナイフとフォークを手に取ると、ふわりとしたそれを一口サイズに切った。


「いい匂い……」


 呟くエルキアの鼻孔を刺激したのは、甘い、糖の香り。続き、パンが焼けた時の、独特のあの香りだ。

 ぐぅ、と唸る腹の音に、エルキアは一つ間を置いて。

 フォークにあった一口を、おそるおそる頬張った。


「――甘いっ」


 エルキアが目を見開く。

 焼けた糖の香りに続く、全体にしみわたるミルクの風味。

噛むたびにあふれる濃厚な卵の味と、糖の甘味が絡み合っている。

 エルキアはすぐに二口目を切り、食べる。


 ふわり。ふわり。

 柔らかなパンを噛みしめる度に、エルキアは顔をほころばせた。


「おいしい、美味しいですぅ……」

「よかった。元気がない時は、美味しいものに限るからね」

「すみません、店長。私、どうしても考えてしまって……」

「仕方ないよ。僕だって、昨日からずっと気が気じゃない。エルキアちゃんが落ち込むのも、無理ないよ」


 優しく、しかし悲しみの色を含んだ店主の声に、エルキアは食べる手を止めた。

 ぐっと気持ちをこらえるように唇を噛みしめ、店主の方を勢いよく見上げる。


「店長、一緒に食べましょう!」

「え、僕も?」

「はい! 美味しい食事は、誰かと一緒に食べればもっと美味しいです! さぁ、お水はご用意しますから!」


 座って座って、と椅子を引いたエルキアに、店主は小さく笑みをこぼす。


「じゃあ、僕の分のフレンチトーストも、焼いてきちゃおうかな」

「はい! あ、あとこれ、食べてみて思ったんですけど、ハチミツとかメープルシロップとか、どちらもすごく合いそうですよね。せっかくですから、色んな味を試しませんか?」

「あ、そうだね。ハチミツは今切らしちゃってるけど、メープルシロップなら――」


 言いかけて、店主が止まる。

 エルキアは水を注いでいた手を止め、不思議そうに店主を見る。


「ハチミツと、メープルシロップ……」

「店長?」

「……エルキアちゃん。急いで、ラインヴァルトさんを呼んで来よう」

「え?」

「もしかしたら、ラウロさんの疑いを晴らすチャンスかもしれない」


 ――と、店主がエルキアに告げて、数刻の時が流れた。

 店にはラインヴァルトが呼ばれ、約束をこじつけたジヨルドたちも、日が昇る頃には店にやってきた。


「さぁ、答えを聞こうか、店主よ」

「……その前に、一つよろしいでしょうか?」

「ふむ…………。どうせ最後だ、聞いてやろう」

「ありがとうございます。実は、今回の事件にて新たに分かったことがあったので、それをお伝えしようかと思ったのです」

「ほう? 犯人はもう捕まっているというのに、まだ何かあるというのか?」

「ええ。実は、今回盗まれたと思っていた商品は、『ビーの蜜』ではありませんでした」

「なに――?」


 サラリと告げられた店主の言葉に、ジヨルドとアーベルンが目を見開く。

 ジヨルドは急ぎアーベルンを振り返り、それに気づいたアーベルンは、慌てたように首を横に振った。

 店主はその様子に、にこりと微笑んで、


「今回盗まれたものは、『ビーの蜜』に酷似している、『メープルシロップ』という商品です。見た目は殆ど『ビーの蜜』と変わりませんが、味、香り、原料、全てが『ビーの蜜』とは違い、全くの別物。……あなた方の言う高級品とは、全然違うものなんです」

「そ、そんな馬鹿な。そんなもの、あるわけないだろう!」


 アーベルンが叫んだ。

 ジヨルドの目が向き、アーベルンからヒュッと血の気が引くのがわかる。

 店主は黙って笑みを深めた。


「でたらめだ、捕らえられた冒険者を庇い、調査を錯乱するためのでたらめに違いない! 目的はなんだ。再調査か?」

「なにを根拠に言ってるんですか。この店の商品は、僕が誰よりも知っているんですよ。それに、品物ならここにあります」


 そう言った店主の言葉に合わせ、エルキアが店主の横に並ぶ。

 手には透明の瓶があり、中は黄金色に輝いていた。……まさに、ビーの蜜のように。


「う、嘘だ……だって、私はあの時全て確認をぉ――!」


 言いかけて、止まる。

 アーベルンだけでなく、ジヨルドにラインヴァルト。

 笑みを深めた店主以外が、アーベルンの言葉と共に止まった。


「あの時、なんですか?」

「……愚者め」


 問いかける店主の言葉に、ジヨルドがアーベルンに言い放つ。

 固まったアーベルンは言葉を失い、震える体でジヨルドを見上げた。

 刹那。

 カランカラン、とベルが鳴り、勢いよく扉が開かれる。


「邪魔するぞ、店主」


 現れたのはグランだった。

 続き、入店したグランの片手には、引きずられるようにして首根っこを掴まれる、見知らぬ男の姿があった。

 店主たちは首を傾げ、その場にいた人物では、アーベルンだけがハッと息をのむ。


「ふむ。役者はそろっているか……いいタイミングだったな」

「き、貴様はなにものだ! 今は取り込み中であるぞ!」

「構わん。どうせ事件についてだろう。俺も、その件について用がある」


 声を荒げたアーベルンを受け流し、グランは引きずっていた男を立たせる。

 茶色の髪に癖毛であるその男は、所々怪我をしており、もみ合った末グランに負けたのだと一同が理解した。

 男の見た目にまず声を上げたのは、エルキアだった。


「茶色の髪に癖のある毛……! グランさん、もしかして!」

「うむ。探し出すのに少々時間はかかったが、こいつが此度の実行犯だ」

「なっ!?」

「なんですって!?」


 目を見開くジヨルドと、ラインヴァルトの声が重なった。

 立たされた男は目を逸らし、悔しそうに表情を歪めている。


「実行犯って、グラン殿、この人がですか……!? しかし、その場合ラウロは……!」

「証拠品が見つかったとのことだが、恐らくラウロはハメられたのだろう。ラウロの宿泊していた宿を調べたところ、事件が起きる晩、ラウロの隣にはコイツが泊まっていた。

 加えて、俺はここ最近、目撃情報のあった路地を巡回していたが、ある証拠を押さえることに成功したぞ」

「証拠?」


 エルキアが首を傾げ、グランが無言で頷いた。


「俺の捕らえたこの男と、そこにいる小太りの男が話している現場だ。聞き取れた内容はわずかだが、報酬金らしき金貨を手渡している様子をこの目で見た」

「ほ、報酬金だと? なにを言い出すかと思えば、そんな根も葉もない発言を信じるほど、我々は馬鹿ではないぞ、冒険者」

「ほう。この期に及んで、身に覚えがないというのか。恐らくだが、探せば出てはくるだろう? 冒険者を雇う時に必要な、契約書と言うものが」


 グランににらまれたアーベルンが、息をのむのが伝わった。

 ジヨルドはすっかり黙り込み、ラインヴァルトもグランとアーベルンの様子を窺うことに集中している。


「白状するなら今のうちだ。報酬金である金貨は、今ここにあるのだからな」

「し、知らんっ。私はそんな金知らん! その男のことも、事件のことも、なに一つ知らんのだ!」

「そうか。それがお前の答えか」


 グランが目を閉じ、男の腰に巻き付けてあった、布巾着を机に放る。

 すると、ジャラジャラジャラ、と音を立て、数え切れないほどの金貨が机の上へと広がった。

 アーベルンは、その金貨の眩しさにやられたように、顔を歪めて目を逸らす。


「あとは、この男が証言すれば済むことだ。そこにいる小太りに金を積まれ、悪事を働いたとな」

「……グラン殿」


 ラインヴァルトが呟く。

 みれば、ジヨルドがにやりと口角を上げて笑っていた。


「流石、学のないネズミがすることだな。そんな根拠もない言い分が、法の下で通用すると思っているのか」

「いいや、思っておらんさ、コルダンス卿。だから俺は連れてきたのだ。俺だけでは足りぬ説得力を、補ってくれる人材を」

「……なに?」


 開けっ放しになっていた扉に、二つの影がちらついた。

 ラインヴァルトは顔を向け、その人物に気付いた途端、慌てて姿勢を正して敬礼した。


「お久しぶりだにゃあ。店主さん、ウエイトレスのお姉さん」

「ほっほっ。孫に連れられてきたというのに、とんだ悪運が飛び込んできたもんじゃ」

「ふぃ、フィオラさん! ……と、そちらは……?」


 声を上げて驚く店主が、フィオラと共に入店してきた、獣の耳に尻尾を携えた、獣族の老人に視線を向けた。

 フィオラは「ん?」と首を傾げると、「おじいちゃんにゃ」と無邪気に返す。


「ば、バッディスタ伯爵……!? 何故、なぜあなたがここにいるのです?」


 震える声で問いかけたのはジヨルドだった。

 店主とエルキアは目を見開き、「伯爵!?」と小声で確認し合う。


「これはこれは、コルダンス卿、久しいのぅ。いつぞやの会食ぶりか? いえな、ついこの間、孫がこの店で世話になったみたいでのぉ。ひどくここを気に入っているものだから、一度見に来ようと思ったのじゃ。

 ……じゃが、店に来る途中、なにやら店が事件に巻き込まれたと聞いてな。わしらで力になれることがないか、その冒険者に付き添ってきたのじゃ」

「ほ、ほぅ。それはそれは……。バッディスタ伯爵のようなお方が、こんな下賤なものに付き合うとは……」

「ほっほっ。なぁに、どうせ暇な老人じゃからな」


 と、明るく笑い続けるバッディスタと対比し、ジヨルドの表情がぴしりと固まり動かなくなる。

 その横では、もはや隠し切れないほど汗を流した、アーベルンが呼吸を乱して立っていた。


「して、先ほどの冒険者の証言じゃが、わしが全て保障しよう。わしらは確かに路地へ向かい、そこな小太りの男と、連れてきた若造が二人話す姿を見た。そして、そこに放ったはした金を、確かに手渡す様子もな。……そうじゃろう? 若いの」


 バッディスタが問いかけたのは、今までずっと黙秘を続けていた、グランにより連れてこられた茶髪の男。

 男は弱々しく頷くと、アーベルンの方をチラリとみる。


「ち、違う、私は……私はッ……」

「見苦しいぞ、アーベルン。この期に及び、まだ自らの罪を否定するか」

「こ、コルダンス卿!?」

「……」


 言い放ったジヨルドに、グランが無言で視線を向ける。

 アーベルンはジヨルドの言葉で、とうとう心が折れたようだった。


「アーベルン殿。どうか、ご同行を」

「違う……違うのだ……私はやってない……やってないのだ……」


 うわ言のように繰り返すアーベルンを、ラインヴァルトが優しい声で店の外へ促す。


「グラン殿、どうかその男を連れて行くお手伝いを頼めますか。……どうやら、再調査が必要みたいですので」

「お安い御用だ。であれば、バッディスタ伯爵にも同行を願いたい。彼は、大切な証人ゆえ」

「ほっほっ。よいじゃろう。フィオラ、此度は甘いものはお預けじゃ」

「にゃ~!? また歩くのかにゃ!?」


 歩き出すラインヴァルトたちを、追いかけるフィオラの声が響く。

 店内に残されたジヨルドは、全員の背中が見えなくなるまで見送ると、不意に店主を振り返る。


「これで終わったと思うでないぞ。……私は帰る」

「ご来店、ありがとうございました」

「ふん。生意気だ……。虚言による誘導尋問など、下手にもほどがある」

「おや、バレていましたか」

「バレない方がおかしいのだ。アーベルンは、見事にかかったみたいだがな」


 コツコツと靴音を響かせ、ジヨルドは店を去った。

 残された店主とエルキアは、開いた扉をゆっくりと閉め、カランカランとベルの余韻に息を吐く。


「まるで……」

「嵐が去ったみたい、だね」


 息を吐いたエルキアたちは、誰もいなくなった店内。

 二人で笑みをこぼして呟いた。

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