犯人
「犯人は……ラウロです」
飛び込んできたラインヴァルトが、息を切らしてそういった。
店主にエルキア、それから椅子に腰掛けていたグランは、信じられないという表情でラインヴァルトをみつめている。
「副団長……それは確かか?」
「はい……。つい先ほど、目撃情報を元に犯人を捜したところ、証拠品となるビーの蜜を発見しました。……そこが、奴の。ラウロの、宿泊している部屋でした」
「……なんという」
眉を寄せるグラン。
店主と目を合わせ、神妙な表情で黙り込む。
しかし、エルキアはじっと、ラインヴァルトを見つめて、
「ラウロさんが……犯人?」
と、小さな声で呟いた。
「そんな……そんなの、絶対何かの間違いです! ラウロさんはこれまで、何度もお店に来てくれてるんですよ……!?」
「うむ。俺もにわかには信じがたい。俺が知る限りのラウロは、曲がったことが嫌いだ。……盗みをする奴とは思えぬ」
エルキアの言葉に頷くグランに、ラインヴァルトが顔をしかめる。
「しかし、証拠品が出ています。ラウロがどんな人間であろうと、起きたことは事実です」
「でも、そんなことって……! ……ラウロさんじゃないです、ラウロさんじゃありません!」
「では、いったい誰だと言うんです。その場合、ラウロはハメられたとでも仰るのですか」
言いかけて、エルキアが口を閉じる。
「なにかあるのか?」
「いえ、その……」
素早くグランが反応して問いかける。
ちらりと店主の方を見た、エルキアが少し言い淀む。
店主は代わりにグランたちの方を向くと、先日、店で起きたことを事細やかに説明した。
話が進めば進むほど、グランの表情は険しくなり、ラインヴァルトは居心地が悪そうに顔を逸らしていた。
「――なるほど。事情は大方理解した。して、そのジヨルドと言う貴族、よもやチョビ髭をたくわえた者ではあるまいな?」
「そ、そのチョビ髭の貴族さんです……」
「……そうか」
息を吐くグラン。
エルキアと店主は、顔を見合わせて首を傾げた。
「あの、そのチョビ髭の貴族さんって、一体なにものなんですか……?」
「俺も詳しいことは知らん。が、以前ギルドで見かけた時は、権力を振り回す嫌な奴にしか」
「グラン殿」
ラインヴァルトの声が響く。
「ボクの目の前で、コルダンス卿を愚弄するのはやめていただきたい。……一応、面識はある」
「……そうだな。すまん、配慮が足りなかった」
「いえ……」
下を向いたラインヴァルトが、グランの言葉に息をこぼす。
ため息のようにも、安堵の息にも聞こえたそれに、エルキアも口を閉じた。
「それにしても、ラウロも不運な奴だ。ギルドの件含め、ここでも目をつけられるとは……」
「その、ギルドの件って、以前見かけたっていう時と同じですか?」
エルキアが首を傾げる。
グランは「うむ」と頷くと、
「以前、そのジヨルドと言う貴族が冒険者ギルドで騒動を起こしてな。受付嬢が困っていたところ、ラウロがジヨルドにたてついたのだ」
「な、なんですって!? あのバカめ、考えなしにもほどがある……!」
「うむ。こればっかりは副団長の言う通りだ。俺も尻ぬぐいに苦労した」
顔を上げたラインヴァルトと、呆れたグランの声が交差し、店内に賑やかさが少し戻る。
エルキアは腕を組みながら宙を見上げ、「冒険者……、騒動……?」とうわ言のように呟いていた。
「にしてもラウロの奴、一度ジヨルドに会っているくせに気付かなかったのか? あのチョビ髭は、一度見たらそう簡単には忘れんぞ」
「そう、ですね。ですが、昨日の様子を見る限り、気付いた素振りはなかったと思いますよ」
「呆れたな。さすがは冒険――いや、ラウロが馬鹿なだけか」
「うむ」
はぁ、とため息を重ねたグランとラインヴァルトに、店主が苦笑をこぼす。
すると、それまでずっと考え込んでいたエルキアが、ハッとしたように目を見開いて、
「ルーナさんが言ってた二人って、もしかしてグランさんとラウロさん!?」
「む? なんだ、お嬢ちゃん、あの受付の姉ちゃんを知ってんのか?」
「知ってるもなにも、実は、彼女もお店の常連で……」
「ほう。同じ町とは言え、ウイルダムは大きい。妙な縁があったものだな」
「そうですね――。って、そうじゃないです! ラウロさんが捕まっちゃったのに、のんびり話してる場合じゃなかったです!」
顎に手を当て、感心したように声を漏らすグランに、流されかけたエルキアが叫んだ。
グランは黙って宙を見上げる。
「今回の事件、いくらジヨルドが怪しいとはいえ、ラウロが犯人でない証拠はどこにもない。捕まったからと言って、感情的に動くのは賢いとは思えんな」
「で、でもグランさん、ラウロさんが盗みなんてするはず……!」
「エルキアちゃん、気持ちはわかるけど少し落ち着いて」
「店長まで……!」
声を上げるエルキアの肩に、店主の手がそっと置かれた。
振り返ったエルキアの目には涙がたまり、それを見た店主は胸を痛めたように顔をゆがめた。
その時。
カランカランとベルが鳴り、店の扉が開かれる。
「なんだ、店の扉はもう直したのか。この店の店主はずいぶんと働き者だな」
「コルダンス卿……! それに、アーベルン殿も!」
コツコツと靴を鳴らし、入店してきた二人の男。ジヨルドとアーベルンは、ラインヴァルトの驚いた声に心地よさそうに笑みを浮かべた。
「――いらっしゃいませ、ジヨルドさん。本日はどのようなご用件でしょう?」
「その呼び方、無礼は相変わらずのようだな。……いや、それよりも。どうやらこの店、盗人に入られたみたいではないか。
しかも、盗まれたのは高級品の『ビーの蜜』! 私に無礼を働いた手前、早くも罰が下った様子を見に来ようと思ってな。……忌々しいことに、平然とした顔で営業しているようだが」
「ええ。あの程度の出来事で、店を休むことはできませんから」
「ほぉ……」
にこりと微笑む店主だが、その目は笑っていないとその場の誰もが確信した。
対し、それは笑みをたたえるジヨルドも同様で、店主を見る目は一切微笑んではいない。
エルキアは息を飲み、グランは静観し、ラインヴァルトは張り詰める緊張に拳を握った。
ジヨルドの背後に控えるアーベルンすら、額には汗が滲んでいる。
「罰が下れば多少は考えを改めると思ったが、どうやらそれすらも出来ない無能のようだな。店主がこれでは、ここに訪れる客などたかが知れている。そうであろう? アーベルン」
「は、はいぃ。コルダンス卿のおっしゃる通りでございます」
「…………」
笑みを失くした店主と、ジヨルドの視線がぶつかった。
アーベルンは行き場を失くし、両者を交互に見た後、へこへこと頭を下げて後ろに下がる。
すると、ジヨルドは店主から視線を逸らし、ラインヴァルトの方を見て、
「時に、君は確か、騎士団の副団長――ラインヴァルトと言ったかな?」
「は。自分になにか御用でしょうか?」
「うむ。先ほど、この店に来る途中、盗人が捕まったと耳にした。……それは事実か?」
「はい。目撃情報を元にたどったところ、証拠品と共に一人の冒険者が見つかりました」
「ふむ……。その冒険者と言うのは、癖のある、茶髪の若造か?」
「はい……そうですが、なぜそれを……?」
問い返すラインヴァルトに、ジヨルドは笑みを浮かべるだけだった。
店をぐるりと見渡して、ジヨルドが店主に歩み寄る。
「力を貸してほしいか? 店主よ」
「……力、ですか?」
「そうだ。もしお前が盗人を開放して欲しと望むなら、私が騎士団に頼んで開放してやってもいい」
「コルダンス卿!?」
アーベルンが声を上げ、店主が僅かに目を見開く。
ラインヴァルトにグランは見守りつつも、ジヨルドの言葉に驚いた様子だった。
「……何故、僕が盗人を開放したいと?」
「なに。店にとっても、盗人が現れたなどと大事にはしたくなかろう。……それに、ここの店主はネズミが好きだろう」
「……あやつ」
ジヨルドの言葉に、聞こえないくらい小さな声でグランが呟いた。
拳を握り、エルキアたちと共に黙ってジヨルドを見つめる。
「僕が開放を望んだ場合、あなたは何を望むんです?」
「ほう、物分かりが良いな。……そうだな、私が対価に望むのは、貴様自身だ、店主」
「なんですって?」
驚きで、店主の表情が変わった。
エルキアは思わず前に出かけ、グランに制止されてとまる。
「もし貴様が、私に力添えを求めるなら、そのかわりに私は貴様自身を貰う。なに、当然の対価だろう? 人ひとりを助けるのだ、同等な価値など同じ人間以外ありえん」
「だからって、店長を!」
「落ち着け、お嬢ちゃん!」
ガタリと、席を立ったグランが、掴みかからんばかりのエルキアを引き留める。
ジヨルドは一瞬だけ視線を向けたが、すぐに目線は店主に戻される。
「好きな方を選べばいい。私は寛大だ、少しくらいなら待ってやる。……そうだな」
「…………」
「明日、陽が落ちるまでに答えを聞きにやってくる。その時までに、答えを決めておけよ」
カランカランと、踵を返したジヨルドが、速足で店を去っていく。
取り残されたアーベルンは、慌ててジヨルドに続くと、店内にはベルの余韻が鳴り響いていた。




