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冒険者とパンケーキ

 冒険者が行き交う巨大な都市ウイルダムには、ある店についての噂があった。


 デザートを専門とした、デザートをメインに提供する異国の店。

 その店に見知ったメニューはなく、異国のものと思われる『甘いもの』がたくさんあると言われていた。甘いもの。いわゆる菓子。

 『シュガー』の名を持つその店――別名、『異世界スイーツ』は、異国の物が出され、その味が未知であることから、誰かが呼び出した名称だ。

 その店、異世界スイーツは、菓子が出される場所なのだ。

 本来、菓子は貴族ばかりがむさぼり食うことの出来る、糖を使った至高の品。

 一生に一度も食べられないほどのものではないが、一般人、ましてや冒険者などと言った不安定な職業で食いつないでいるラウロにとって、糖を使った菓子は到底手が出せない代物であった。


 しかし、だ。

 その噂によると『シュガー』では、最低価格である銀貨、たった十枚程で糖を使った菓子が食べられるという。

 スライム退治などでは少々厳しい金額ではあるが、並の冒険者になってきたラウロであれば、偶のご褒美感覚で行ける値段だ。

 もし、本当にその程度の値段で食べられるのだとしたら、などと、希望を抱かずにはいられない。


 特に、探求心に燃え、未知との遭遇に飢えている冒険者であれば、目の前にあるチャンスを逃す理由など存在しなかった。


「ここが、その例の店か……」


 ウイルダムに入ってすぐ伸びる大通りから、一本左にずれた通りに『シュガー』はあった。

 大通りに比べると道幅は狭まり、商店街とはいえ行きかう人も少ない通りだ。

 ラウロは店を見つけられるか不安だったが、周りとは違う赤い屋根という異彩を放つその外観ですぐに見つけることが出来た。


(白壁に木製の扉か……。屋根以外は案外シンプルなんだな)


 店の中は見えない。しかし、それがいい。

 異国のデザートを出す店と言われているのだ、どんなものかわかってしまっては、宝箱を開ける楽しみもなくなってしまうというものだ。

 意を決したラウロが扉に手をかけると、扉はなんの抵抗もなく開いた。


「いらっしゃいませ~!」

「おお、これは……!」


 入店と同時、ラウロを迎えたのは店内を照らす橙色の優しい光。中の色合いは外観と同じ、白と木材のみの色合いで整えられている。しかし、中側は木材の色が大半で、落ち着いた雰囲気が一瞬で気を緩ませる。

 そして何より、店中が甘い。

 糖の香りが一帯に漂っている。


「一名様でよろしかったでしょうか?」

「は、はい」

「こちらのお席にどうぞ」


 ニコリ、と微笑んだメイド服の少女は、長い亜麻色の髪を揺らしてラウロを席に案内した。

 メニューと思われる冊子を置いて、丁寧に一礼してから席を離れていく。


(異国、というものだから、他種族の店かと予想したが……店員は普通の人間か)


 となれば、やはりメニューだ。

 ラウロは赤い冊子を手に取って、パラパラとページをめくっていく。

 上から下、めくって再び上から下。戻ってはたまた上から下。

 これでもかと言うほどメニューを眺めたラウロだったが、書かれている文字に動揺が隠せない。


(なんだ。何なんだ、この店の商品は。文字は読める、なのに、中身が全くわからない……!)


 メニューに書かれている文字は、異国の文字でも何でもない。ラウロが最も見慣れている文字だった。

 しかし、どの商品を見てみても、デザート全体をイメージできるものが一つもない。


(イチゴのショートケーキ? ケーキが焼き菓子というのはわかるが、ショートとは何だ? チーズケーキというものは、チーズと焼き菓子を組み合わせたのか? チーズはデザートになるのか?

 チョコレートにモンブラン、何者なんだこれは。一ミリたりとも想像がつかない……ッ)


 まさか、ここまで未知なる存在とは……。

ラウロはまるで呪文を見ているかのような感覚に襲われて、こみ上げる不安から慌ててページをめくった。


「ん。パンケーキ……? パン・ケーキでいいのか?」


 パン、というのは、普段の食事で日常的に目にするあのパンのことだろう。

 パサパサとして少々硬いが、慣れ親しんだ食べ物だ。

ラウロはようやく理解の追いつく食べ物を見つけ、ほっと息をついた後、パンケーキを頼むことに決めた。


「すみません、この『パン・ケーキ』というものを一つ」

「パンケーキがおひとつですね。かしこまりました。こちら、無料でお出ししているお水になります、お代わりも出来ますので気軽に申し付けてくださいね!」

「水を? これはどうも」


 予想外のメニュー欄に、冷汗が止まらなかったラウロはありがたく水を受け取ると、ゴクゴクとそれを飲み干した。

 カラカラと氷が音を立てて、ひんやりとした水が体内を巡るのがわかった。


「にしても、ずいぶんと小さめの容器――んんっ!?」


 ラウロは手に持っていた容器に目をやって、思わず瞳を見開いた。

これは、ガラスか? いや、間違いなくガラスだ。

先が見える透明感。ずいぶんとサイズの小さいコップだと思ったが、ガラス製ならば納得だ。なんせガラスは貴重品だ。そう安々と手に入れたり使用できるものじゃない。

 ない、のだが……。


(今思えば、先ほどウエイトレスが水をくむときに持っていた容器もガラスでできていたな……。あの容器はこのコップと違って、ずいぶんと大きかった……)


 この店、本当に銀貨十枚で済むのだろうか……?

 と、急に不安になったラウロをよそに、ウエイトレスが甘い香りを運んできた。


「お待たせいたしました~! こちら、パンケーキになります」

「おぉ! おぉ!!」


 これは美しい! と思わず声を上げそうになるラウロは、何とかその衝動を抑え込む。

 目の前に積み重ねられたのは、恐らく『パン・ケーキ』だと思われる三枚の丸いなにか。一面に広がるこんがりとした狐色には、一切の曇りがない。


「こちらはハチミツになります。美味しいのでぜひかけてお召し上がりください」

「ハチミツ……?」


 ラウロは首を傾げながら、ウエイトレスが置いた小さな容器に目を向けた。

 中に入っているのは、なにやら艶のある液体のようだった。


「かける、のだから……ひっくり返せばいいんだよな」


 中身がなんだかわからない以上、ラウロは慎重に容器を斜めにして見せるが、中の液体はゆっくりと動いて、中々出てくる様子はない。

 しばらく待って、ようやく流れ出た液体は、店内の明かりに照らされてキラキラと輝く。

 そう、まるで黄金のように……。


(トロリとしたこの粘り、この輝き……ッ! 間違いない、これは『ビーの巣』からとれる花の蜜の輝き! しかしあれは魔物から採れる素材として、高値で取引されているはず……。こんな豪快に使える店など見たことがない!)


 ゴクリ、と思わず喉が鳴るのがわかった。

 相手は高級品、財布の中身が不安になったが、甘い蜜というお宝を目の前に、引き下がることなど出来やしない。


「パンケーキは、フォークとナイフで一口サイズに切ってお召し上がりください」

「食べ方があるのか……なるほど」


 言われるままにナイフとフォークを手に持ったラウロは、意を決してパンケーキに立ち向かう。

 一手目、ふわ。

 二手目、ふわ。

 なんだ、なんだ、とラウロの中で再び疑問が飛び交っていく。

 柔らかい。あまりにも柔らかい。

 恐る恐る口に運んで、頬張った瞬間に広がったのは卵の味とミルクの香り――そして、トロリと口内を満たしていく、ハチミツとやらの濃厚な甘味だった。


 じゅわ。もち。もち。

 じゅわ。もち。もち。


 噛めば噛むほどに甘い。柔らかくもありながら、確かな弾力が食欲を満たしていく。

 これがパン? 本当にパンだというのか?

 あのパサパサとしていて、少々硬いパンだというのか?

 ……断じて違う、これは全くの別物だ。


 冒険で鍛えられた剣さばきがそうさせるのか。はたまたパンケーキの魅力に、ラウロが侵されてしまったのか。もはや本人にもわからなかったが、ラウロは夢中でパンケーキを切り、食し続けた。


(うまい。うますぎる……! 甘味はほとんどがハチミツによるもの。しかし、ハチミツと絡み合うことを想定されて作られた、この生地の控え目な甘さがまたいい……!)


 花の蜜とはまた違う、糖による甘味。心を癒してくれるような甘さだ。


「お水、お注ぎしますね」

「ああ、ありがとう。ところで、このハチミツと言うのは、ビーの蜜で間違いはないのだろうか?」

「ビー……。ああ、そうですね。店長によると、それであっているみたいです。私自身ビーを見たことはないんですが、びっくりですよね」

「やはりそうなのか……」


 となると、仕入れは相当大変なのだろう。

 買い取るにしても大金が必要とされ、自身で採りに行くとなっても、相手は魔物、命がけの行為だ。

 ここの店主がどちらの方法で手に入れているのかはわからないが、底知れない財力、または実力を感じずにはいられなかった。


「あ。そう言えばさっき、店長が良かったらこれも試してくれって。さっきのハチミツと違って、『菜の花』って花の蜜だけを集めさせたものらしいんです」

「菜の花『だけを』……だって?」

「少し苦味があるみたいなんですが、苦手じゃなければ是非――」


 笑顔で語るウエイトレスの言葉は、途中からラウロの耳には届いていなかった。


(菜の花、だけを? だけを、『集めさせた』と言ったのか? あの、『ビー』に)


 ラウロの記憶が正しければ、ビーは生息数は多いものの、一撃必殺を持つ凶悪な魔物。その針に一度でも刺されれば、毒にやられて死に至る。

 もしビーを相手に挑むなら、同じ羽音の音を鳴らす、相手を油断させる役割を持つビーの笛が必須アイテムだ。

 並の冒険者、旅人や商人など、どれほどの人間がその毒で命を落としたか。数え切れるものではない。

そんな天敵を目の前に、店主はハチミツを手に入れるだけでなく、作らせるというのか?

 ――恐ろしい。あまりに恐ろしすぎる行為だ。はったりに違いない。


 ……でも、もし本当に、特定の花の蜜だけを集めさせたのだとしたら……?

 そんな品、生まれてから一度だって聞いたことがない。


「パン・ケーキの、お代わりを」

「はい、かしこまりました!」


 確かめなくてはなるまい。

 モンスターを使役し、蜜を作らせることまで可能とする人物が存在すること。

 本当にそんなことが可能なのか、確かめなくてはなるまい。

冒険者の上を目指すものとして。そう、一人の冒険者として、だ。

断じて他の種類のハチミツも味わってみたいだとか、こんなチャンス二度とないだとか、そんな思考からではない。


(これは、戦いなんだ……!)


 コトリと置かれた新たなるパンケーキに向き合って、ラウロは再びナイフとフォークを手に取った。


 ――。

 ――――。


「ありがとうございましたぁ。またお越しくださいね」

「ごちそうさまでした。あの、本当に一皿銀貨十枚でいいんですか?」

「はい。店長が決めた価格ですので」


 結局、店主が姿を現すことは最後までなく、正体を確かめることはできなかった。


(魔物を使役し、異国のデザートを作る……。一体、ここの店主は何者なんだろうか)


「ありがとうございました~!」


 店を出ていくラウロの背後で、パタンと音を立てた扉が閉まる。


(なんにせよ、まだまだ謎は多そうな店だ……)


 となれば、冒険者たるもの、攻略するほかあるまい。

 ……その時は、また『パン・ケーキ』を食べよう。


 そう、ラウロは決めたのだった。

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