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18と28のメランコリア  作者: 星 雪花
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渡り廊下


 学校で一番好きな場所は、渡り廊下だ。


 じっとそこで佇んでいるとき、遠くから、しいんと心地よい風が吹いて、耳をすます。テニスボールの打ち合う音、掛け声、男の子がサッカーをしている歓声。そういったものが風と混ざって、青空の下、たえまなく響いている。


 本当はもう少しそこにいたいけれど、たいていの場合、(いくらもたたないうちに) 私は歩き始めてしまう。


 教室の廊下ならともかく、渡り廊下は、じっとしているには不向きだから。誰かに見られているかもしれない場所で、意識的に一人でいることは心細くて、この居たたまれなさは、学校のいたるところにひそんでいる。


 濃紺のセーラー服。

 学校のなか、移動教室の途中、教科書とノートと筆箱を持って歩いていくとき。

 揺れ動くスカート。

 重力が、この場所に存在していること。そのひだの重さは、奇妙に私を安心させてくれる。


 本当の名前を思いだせないけれど、ときどき挨拶をする、違うクラスの女の子たち。

 (だってあだ名で呼びあってるんだもの)

 芸のない「おはよう」で始まっていく一日。

 色んな上靴がぎっしり並ぶ下駄箱。私の上靴は、右端に、こっそり星が書いてある。持ち帰って洗うたび、そのマークは、薄く小さくなってゆく。サインペンの小さな星。


 自分のことは不明瞭におぼろげで、授業中、となりの校舎を眺めながら、あの一番てっぺんに座って足をぶらぶらさせながら、空を眺められたらいいのにと思う。

 窓辺から見える景色。手を繋ぐ、男の子と女の子のカップル。その二人が外側に発している空気がめずらしくて、なんとなく最後まで目で追ってしまう。


 テスト中の、静けさのなかにいる安心。

 分からない問題を何度も眺めてみるけど、やっぱりどうしても分からなくて、そのまま空白にしておくと、その不自然にあいた場所が自分の空洞であるような気がしてくる。


 全校集会で二列ずつに並んで、体育座りをするときの騒々しさ。明日もあさっても同じ顔ぶれの気がするけど、来年にはこの校舎にいないのだと思うと、なんだか変な心地がする。自分のことも分からないのに、未来のことなんてもっと分からなくて、ゆらゆら揺れながら、いつまでこんなにも不安定な気持ちでいるのだろう、と思う。



 渡り廊下の次に気に入っているのは、夕闇に佇む体育館。秋が近づいて、冬になると日暮れが速くなるから、(それがたとえば夕方でも) 夜の体育館を味わえる。

 体育館のそばには、キンモクセイの木がいくつも植わっていて、その甘くかぐわしい匂いをかぐと、いつも胸が締めつけられてしまう。


 どうしてなのか、分からない。心の深いどこかをその匂いは刺激して、何度も揺り動かされるのだ。私はキンモクセイを見つけると、目をつむって、大きく息を吸い込んで空を見あげる。


 空はきれいに晴れていて、私はほんの一瞬、空を飛ぶことができるような気がする。ここではない、どこか遠い場所へ。


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