第9話 魔法
う…………ねむぃ……でも起きなきゃ…………
零に抱き着いて、匂いと体温を堪能したらゆっくり起き上がってベッドを出る。
静かに下着を身に着けて隣の部屋へ行き、着る物を選ぶ。幅広のパンツにゆったりブラウスかな。
洗顔をして髪を梳きリボンで纏めてうっすら化粧をして出来上がり。
玄関を開けて朝の空気を吸い込み周りの景色を眺める。
本当に綺麗。湿原も草花も木々の青もキラキラして。雲もない澄み切った空に吸い込まれそう!ここに来れて本当に良かったかも。
いつものリスがトコトコやって来て肩まで登って来る。実は密かに"アリス"と名付けてるの。安直かな?
牛さんと鶏さんに挨拶して扉を開けておく。卵の確認も忘れない。
家に入りキッチンへ。朝食はどうしようかな?和食かな?
お米とお味噌汁。焼き魚と卵焼きとお漬物。うん、決めた!
家の窓を開けて回り、洗濯物は漬け置き。下着は洗って干しておく。毎朝の習慣になってきたかな?
ちょっと身体が怠いので、リビングで毛皮に横になる。朝食は魚を焼くだけだから安心。
うーん。朝か、起きよう。固まった身体を伸ばし、起き上がる。
夕梨は既に起きていて居ない。微かに彼女の甘い体臭が残っている。良い香りだな。
服を着替えて顔を洗う。何か静かだな?キッチンに居ないからリビング?と思ったら、夕梨が横になっている。
どうした?体調悪いのか?ちょっと焦って起こす。
「おはよ…………ちょっと…だるくて…………大丈夫………支度するね」
いや、無理するな。どうしたんだろうな?
「ううん…………お魚焼くだけ…待ってて」
キッチンに行って焼きはじめてしまった。あれで頑固なトコも有るからな。
俺も準備を手伝いながら夕梨の様子を窺ってたが大丈夫そうだな。
「いただます。今日は糸巻きの段取りをしてから森に入る。夕梨は無理をするなよ?」
「え?行っちゃうの?…………急いで作るから……お弁当」
俺はどうとでもするつもりだったし、食べなくても平気なんだけど……夕梨に泣きそうな顔で言われてしまったので折れた。
昨日の内に言えば良かったと反省。糸巻きの準備が有るから、急がなくても良いと伝えて朝食を終えてから倉庫に行って作業を始める。
糸をつむいで巻糸にしないと布織が出来ないので、先ずは巻糸を生産しないと。
動力は屋根に付けたプロペラが風を受けてシャフトに伝えてギヤが方向を変えて各動力として伝えて糸巻きや梳きなどの動力になる。
バッテリーも作って風力発電と水力発電で起こした電気を溜めて、家の家庭電源にする予定。照明だけでも夕梨が助かるはずだ。
手早く済ませて刀のベルトを腰に巻きナイフも吊るす。スローイングナイフを足のホルダーにセットして準備完了。
リビングに行くと夕梨が座って裁縫をしていた。
「ちょっと待って……鞄、縫ってるの……」
10分程で完成した鞄は、弁当と水筒を入れる肩掛け鞄だった。何から何までありがとうな。
なので、5分だけでも夕梨を抱き締めてねぎらっておく。
気を引き締めて森に入る。出る時の夕梨の表情が心配だったけど、自然界では気の緩みは死に繋がる。
今日は探索と出来れば肉や毛皮の採取が目的だ。
午前中は特に何も無く過ぎ、弁当を食べるのに場所を探していると木々の向こうに居た狼?と目が有った。
デカい!アレって魔獣か?こっちに近付いて来る。荷物をゆっくり置いて、目を離さず慎重に刀を抜く。
突如魔獣?魔狼が突進して来る!冷静にタイミングをみて身体を半身ずらして刀を振る!
魔狼はくずれ落ちたけどまだ息が有る。止めの一突きを入れてホッとするが、単体って事有るか?斥候かも知れない!
グズグズしてると群れが来るかも知れないと思い、川まで最短で引きずり血抜きを行う。
確か昔と一緒なら、キツイ匂いの薬草とか嫌いなハズ。念の為にその辺の野草を摘んですり潰してばら撒く。気休めだな。
急いで皮を剥がそう!これは中々に良い毛皮だ。安全に離脱したい。
ジャリっと音がした!パッと前を見て横に飛ぶ。後ろからもう1頭飛び掛かってきた!
そうだ、魔法障壁!咄嗟に思いつき、すぐさま飛び掛かって来た魔狼が障壁に激突して地面に倒れる。サッと首を切り、刀の背で叩いて頭蓋を割る。焦ったけど………何とか無傷で倒せた。油断はしてないつもりたけど危なかった。
川で濡れてしまったのでシャツを脱ぎ、タンクトップで皮剥ぎの作業を行う。
右肩に三本筋の切傷が有った。魔狼の攻撃を避けきれてなかったらしい。緊張で気が付かなかったが痛みはそれ程でもないが結構出血している。かなり深くてまずいか?
ナイフの柄から、糸と針を出して傷口を縫ってシャツの袖を割いて肩に巻いて止血する。
魔狼の剥がした皮を川に浸けて死体は土や葉を被せておく。
落ち着かないから、少し離れた場所で弁当を広げる。
夕梨に急がせてしまったが、弁当は嬉しい。入れ物の鞄まで……夕梨には頭が下がる思いだ。
ハンカチに包まれていた弁当を開けるとおむすび、空揚げ、野菜炒め、卵焼き、トマトが入っていた。
感謝して美味しくいただきながらも、周囲は警戒しながら気を張っていた。
食後のお茶を飲み、片付けてから毛皮を回収に戻りすばやく湿原側に森を抜ける。湿原に出ると先の方に岩場が見える。何か気になるな。
近付いて確認したいが荷物も怪我の痛みも段々と酷いので遠巻きに見ていると、大きな鳥が飛んで来た。
どうやら巣にしているのだろう。行かなくて正解だった。だけど…………獲物としては欲しい。だけど、無理しない。機会が有ればにしよう。
湿原に沿って家に向かう事にする。恐らく夕方までには帰れるだろう。
朝から怠かったし、零も心配してくれたけど甘えられない。身体は動くのだから。
零の予定を聞いてお昼が心配になったから、お弁当を作る事にしたのだけれど、持ち運ぶバッグが無い事に気が付いて急遽、予備のシーツを切って鞄に作る事にしたの。
出掛ける前に零が抱き締めてくれたおかげで少し気分が楽になったかも。
後は毎日の日課をこなして、お昼は調子も悪いしお雑炊にしたの。
ちょっと元気になったからお菓子を作る事に。チョコレートとプリンね。
その後はお茶を飲みつつ綿花の作業。予備の布団に枕とクッション、ソファー……布が出来たらやる事が沢山有るから綿は常に備蓄しないとね。
そう。布が有れば服に下着、カーテン、クロス、袋に鞄……作る物は山盛り。大変だわ。
レース編みも前持って作っておかないと、カワイイのが作れないわね。色の種類も欲しいから染料も少しづつ調達しないと。
晩御飯を考えながら玄関を出て小屋に向かうとアリスが掛け寄って来て肩に乗る。
牛さんと鶏さんを呼んでブラッシングしたり撫でて構っておくのも大事よね?
畑で野菜と果実を収穫して家に置き、お花とハーブ、栗も取って中に入りお花を飾って髪にも差す。カワイイかな?
栗を茹でながら考える。うん、チキンカレーにしよう!チキンじゃ無いけど………サラダもね。
そうだ!お米じゃなくてナンを焼きましょ!
ルーは出来ているからお肉を入れて煮込む。生地は作っておいて直前に焼きましょ。
栗は明日以降の為だけど皮を剝いて下ごしらえよ。
零遅いなぁ…………心配になって懐中電灯片手に玄関から出て少し待ってみる。
…………どうしたんだろう…………夕方までに帰るって言ってたのに。暗いの怖いけど………
足音が聞こえてきてビクってなったけど、零って分かって安心。心配で怖かったわ。
何か荷物を抱えてるけど…………わぁ!毛皮!ステキな毛並みね?大変だったでしょ?家に入りましょ。
リビングで毛皮を見ていると何故かタンクトップに気がついて…………
「れ、零!どうしたのその怪我!!酷い出血よ!!」
私は動転して零にすがりついて泣いていたら、結んでいた布を取って血は止まったって言うけど…………結構深くない?糸で無理に縫い付けていて酷かった。病院行かないと!痛いとか言うレベルじゃ無いと思う…………
無我夢中で誰か直してって。神様でもお医者様でも、誰か!って。息が苦しい。誰か!
気が付くと私の手が光っていて、みるみる怪我が無かった事になっていく。
自分でも分からなかった。何が起きたのか。放心してしまって起きた事が分からない。理解できない。
零の声が聞こえるけど………
「夕梨!ゆうり!!しっかりしろ!」
え?何?え?ゆうり?わたしだよ…………けが、なおったの。治った?治ったの??
「え…………治ってる。零…………治ってるよ?何がおきたの?」
「いや、わからない。夕梨の手が光って熱くなって…………そしたら消えた。夕梨の力なのか?」
「分からない……分からないよ……どして…………治ってって、誰か直してって…………」
「…………この世界には、治癒の魔法が有った。凄く難しく使える人も余り居なかった…………夕梨は治癒も出来るのかも知れない…………試すか」
そう言うと零はナイフを取り出し自分の左腕を切り割いたの!
「な、なんで!は、は、早く…………血が、凄い、れい、なに、してるの!」
「なら、早く夕梨が直してくれないか?」
「ど、どうやって、どう」
「落ち着いて。夕梨、おちついて。念じるんだ。俺の怪我を直したいのだろ?念じて」
まだ、動転してたけど………直して。治って。お願い。
また、私の手が光って切れた腕が何事も無く治った。治ったの。どう言う事?思考が追い付かないよ……
「…………やはりね。夕梨には治癒魔法が使えるみたいだ。凄いよこれは!昔転生した時でも、瞬時に治る治癒魔法って、使える人が居ないって言われていたんだ。後はどれだけの怪我や病気に効くかだな」
ビックリし過ぎて実感が無い。治癒魔法?わかんない。でも…………零の怪我が治って良かった。心臓が止まるかと思ったの。今も心配で鼓動の早鐘が止まらない。肩と腕をさすっても心配で震えが止まらない。
零がゆっくりと、しっかりと抱き締めてくれて、漸く身体の力が抜けてきた。血の気の失せた身体に熱が戻った様な。
とにかく。混乱してはいるけど安心したわ…………あ、おしっこ漏れそう!
危なかったわ。お漏らしはマズイものね。さ、夕飯にしましょ?ナンを焼く時間だけください。
零はその間に皮をハーブで揉み込んで水に漬けるみたい。
「いただきます。夕梨のカレーも久しぶりな気がする。美味しいよ!怪我も直してくれてありがとうな」
「…………良かった。怪我が治って……心臓が止まるかと思ったわ。でもぉ…………何だか実感が沸かないの魔法?もだけど、心配で………」
「うん。何ともないよ?ごめんな、心配かけて」
「でも…………でも、ほんとに……わたし?………れいかも…………私、そんなじゃないょ」
「自分で分かってるだろ?俺も自分の発動したモノかどうか分かってる。あれは夕梨だ」
「……………………うん………ちょっとね……ビックリしちゃって」
その後は2人でお風呂に入って色々話したの。
なんだか……信じられなくて、戸惑ってて。でも…………零の役に立てるのは嬉しいから。
お風呂から出て、零が魔法で髪を乾かしてくれて、利便性も教えてくれた。
ベッドで零に抱き着いて寝たの。怖くて……心配で………何か不安で………