訪ねた依頼人
大きな音と一緒に、舞う埃と「いってー……」という少年の声。
少年は床から体を起こす。
「ごほっ、ごほっ」
顔を上げ、左には先ほどまで自分が寝ていた茶色のソファ。
体を起こそうとし、右側にある机に片手を乗せようとするが、資料がたくさんあり、片手を置くスペースすらない。少年は小さく息を吐き、左側のソファに片手を乗せ、立ち上がる。
グッと体を伸ばし、部屋を見渡した。
「あーらら……」
両側は全て本棚で埋まり、本棚の中も本、下には何枚も束ねられた紙が重なって置かれていた。
机も資料が散らばっていて、食事なんてできる状態ではない。
「これじゃ、来た客も帰っちまうな……」
少年はそう呟き、後ろの頭を掻く。
「しょーがねー」と言って、奥の窓を開け、掃除を始めた。
*
机の上を片し、せめて客を迎えることができるくらいには綺麗にした。
「こんなもんか。つっても、他の資料は、捨てるわけにはいかねーし……。けど、保管できるところもないんだよなあ」
頬を少し掻きながら、ソファに座ると、ノックが二回。
その音に首を傾げる。
「……幻聴か?」
そんなことを呟くと、もう一度ノックが二回。
幻聴ではなさそうだ。
少年は「はーいはーい」と言いながら、扉を開ける。
そこには、緑色のフードを深くかぶった、自分よりも20センチほど低い人が立っていた。
「えーと、どんなご用で?」
「……ここは、代盗屋ですか?」
高く優しい声は、明らかに女の声だった。
少女の言葉に、少年は口角を上げる。
「中へどうぞ、お嬢さん」
少年はそう言って、少女を部屋へと入れた。
「悪いね、汚いところで。ソファにどうぞ」
「……はい」
少女は手前のソファに座り、少年はテーブルを挟んで奥のソファに腰を下ろした。
「コーヒー切らしてるんだ。すまんね」
「いえ……。何か、お調べ物を?」
「んーまあね。仕事柄、知識はあった方がいいからさ」
「……はあ」
「ところで、そのフードはずっと外さないつもりかい?」
少年の言葉に、少女の方が跳ね上がる。
そして、少女はフードでさらに顔を覆った。
「……依頼は、なんでも受けるわけじゃない。俺が決める。内容でも決めるし、依頼人の態度でも決める。顔を見せない依頼人の頼みごとは、聞くわけにはいかないな」
唯一見える少女の口は、ぎゅっと紡がれていて。
「わか、り、ました……」と、か細い声をだした。
そして、ゆっくりとフードを外す。
フードから現れたのは、一つに纏められた金髪の髪、整った顔、そして鋭い耳。
「……お嬢さん、エルフだったのか」
「……はい。目立ち、ますので……」
今、エルフといえば、迫害の対象だ。
長く鋭い耳、強力な魔法、長寿であること、それ以外はほぼ人類と同じだ。だからこそ、人類は自分たちと少しだけ違う種族であるエルフを、除け者にし、嫌う。
今では影で、丈夫で長寿なエルフは、富豪の奴隷として扱われている。
「安心しな、あんたを売ろうなんて思ってないから。それに、俺も同じ化け物だしね」
「え……」
「俺は、銀。お嬢さんは?」
「……ハク、です」
「ハクさん、か。じゃあ、依頼を聞こうかな」
そうニッと笑う銀に、ハクは先ほどまで強張っていた表情が少しだけ緩まった。
そして、ゆっくりと話し始めた。
「……一週間前、私の家に人類が襲いに来ました。そいつは、金目のものが目当てで、私の父の形見である腕時計を持って行きました」
ハクは、下を向きながら言葉を続ける。
「私の魔法は効かず、抵抗も虚しく……持って行かれました」
「アビリタ持ちか」
「ええ、防御系でした」
「そりゃまた、相性が悪いな」
肩をすくめる銀に、ハクは視線を逸らし呟く。「何も……できませんでした」
膝の上で、ぎゅっと強く握られる拳。
「……翌日、街を歩いていたら、その腕時計が骨董屋で売られていたんです。店主に、何度も頭を下げました。私のだから返して欲しい、と。けれど……」
「……ま、ダメだろうな」
「欲しいなら金を払えと。お金は……とても、払える金額ではありませんでした」
震えている声、目にはうっすらと涙が溜まっていた。
ハクは立ち上がり、銀の目をまっすぐと見つめる。
「噂であなたのことを聞き、必死に調べて、ここに来たんです! お願いします! 父の腕時計を……っ、骨董屋から、盗んでください……っ!」
そう言って、ハクは体を九十度に曲げた。
頭を下げるハクを見て、銀はゆっくりと息を吐き、体をソファへと預ける。
「断る」
「どうして……っ!」
「あんたが働いて稼げばいいだろ? こんな社会でも、エルフを優しく雇ってくれるところならあるはずだ」
「でも……っ、もしも他の人に渡ったら……っ。一刻も早く、取り戻したいんです……!」
「……」
「……私が、エルフ……だから、ですか……?」
「違う。……あんたが、本当に欲しいと思っているように見えないからだ」
「なんで……!」
「話は終わりだ。悪いけど、帰ってくれ」
そう言って銀は立ち上がり、ドアを開ける。
ハクはぎゅっと唇を噛み締め、「……話を聞いていただき、ありがとうございました」とか細い声で言い、扉をくぐる。そんなハクの背中を見て、銀はため息をひとつこぼした。
*
ハクが部屋を出て行って、数分後。
ドアのノックが二回聞こえた。
「どーぞ」
銀はソファに座って本を読みながら声をかけると、扉が勢い良く開いた。
「やー! やー!」
扉を開けたのは、紫色のマントを羽織り、グレーのワカメ頭をした男。
見知った顔だった。
「黒かよ……」
「んー? なんか元気ないねー? 何かあったのかい?」
「別に」
「それより銀、そろそろ家賃払ってよ〜」
「払いたくても金がない」
「なんで? 依頼こないの?」
「情報だしてないしな」
「ふうん」と言いながら、黒は銀の向かい側にあるソファに座る。
そして、ニッと笑う黒に、銀はため息を一つ。
「こらこら銀く〜ん、嘘はいけないな〜。さっきここに、来たんだろう? お客さん」
「……ほんとお前の能力はたちが悪い」
「やだなあ。僕はこれで有名占い師になってるんだよ?」
「……触ったものの記憶や情報がわかるんだから、当たり前だろ」
「それで? 銀くんはさっきまでいたエルフの依頼を受けのかい?」
「断った」
「えー? エルフの本読んでるのにー?」
「……嫌な奴だな、お前」
「お褒めにあずかり光栄だ」




