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遊園地、落下

 週末(しゅうまつ)

 (にぎ)わう遊園地の人混みはさすがの日曜日といったところか。

 それでも瑞葉は楽しみを(おさ)えきれないような、子供のような恍惚(こうこつ)な表情で遊園地を見渡した。

「お父さん!!着いた、着いたよ!」

「あぁ。見ればわかるよそのくらい」

「お父さんテンション低―い」

 ジットリとした薄目(うすめ)で瑞葉は父を凝視(ぎょうし)した。

「うん?あ、いや、遊園地だなあ!瑞葉、着いたな!」

「お父さんなんか変」

 せっかく娘に合わせたのだが、それを全否定される。それでも父はめげない。

「変って言われてもなあ…でも楽しみにしてたのは俺もだ!今日はいっぱい楽しもうな!」

「うん、帰りたいって言っても帰さないよぉ!」

やる気に(みなぎ)る瑞葉を父は幸せそうに見守っていた。

 そして、数時間後。

 瑞葉はまだまだ遊び足りない様子で、しかし父は、少しの疲労感(ひろうかん)を見せていた。

時刻はちょうど昼頃。園内のレストランに二人は(こし)()けた。

「お父さん、まだ半分も乗り終わってないよ?」

 普段から一緒に生活しているせいもあってか、父の疲労感を瑞葉はすぐに見抜いた。それでも父は笑顔を()やさず、ひた隠しにしていたのだが。

「なんのこれしき!まだまだ、瑞葉には負けてられないからな」

 そう()(つくろ)ったが、実際(じっさい)ゆっくりと腰を下ろせる昼食の時間に心底(しんそこ)感謝(かんしゃ)していた。

 更に数時間後。

 日も暮れ始め、瑞葉はほぼすべての遊具(ゆうぐ)制覇(せいは)したところで、父の限界(げんかい)も近かった。さすがに五十代ともなれば、十代の()(あま)る元気に振り回された当然の結果とも言えよう。

「んー、楽しかったあ!」

「あ、ああ。そうだな。も、もうそろそろ帰る時間だぞ…?」

「そうだねー…でもね!まだ乗ってないのが一個あるの!」

 ここまで来ても瑞葉の元気は(おとろ)えを知らなかった。

「な、な、なんだ?」

 (おそ)(おそ)る、慎重(しんちょう)に瑞葉に(たず)ねる。もしそれがなんであれ、父に拒否権(きょひけん)はないのだが。

「んーとね、観覧車(かんらんしゃ)!実をいうと楽しみに最後に取っておいたんだ」

「そ、そうか!観覧車か!いいものとっておいたな、さすが瑞葉だ」

「でしょー。()めて褒めて!」

「うん、えらい!」

 会話こそかみ合っているものの、意味合いは通じ合えてはいなかった。

「ほら、早く行こ、お父さん!」

「走らなくったって観覧車は逃げないぞ」

「わかってるけど、はーやーくぅ」

 半ば引きずられるように父は瑞葉に連れていかれた。瑞葉と父は観覧車に乗り込み、父はいち早く腰を下ろした。

「ねぇねぇ、夕日が綺麗(きれい)だよ」

「あぁ、いいタイミングで乗ったな」

 幾ばくか、夕日を(なが)めていた瑞葉が急に父に向き直った。

「そういえば、こないだアルバム見てたじゃん?」

「あぁ、それがどうかしたか?」

「それでね、夕日を見ていて一つ思い出したことがあるの」

「なんだ?」

「ほら、私ずっと外出(がいしゅつ)禁止(きんし)だったじゃない?でも敷地内(しきちない)ならいいからってよく散歩(さんぽ)してたの覚えてる?」

「あぁ、俺も何度も連れ出されたからな」

「それで、ある時ね、ゆーくんと一緒に散歩してたら―――――」


「ねぇねぇ、みーちゃん」

「なぁに?ゆーくん」

「あそこ、行ってみたくない?」

 ゆーくんの指差すままに、私はその方向に視線を向けた。

「ほら、ゆうひ。さわってみたくない?」

「え、さわりたーい!」

「でしょでしょ、ぼくね、いきかたしってるよ!」

「えー!ゆーくんすごーい!」

 (むね)()るゆーくんを私はなんの(うたが)いもなく信じ切っていた。

「ぼくがつれてってあげる。だからいってみよ?」

「うーん、でもおとうさんもおかあさんもびょういんからはでるなって…」

「だいじょーぶだよ!ぼくがいるじゃん!ぼくがまもってあげるよ!」

「でもでも……」

 決断(けつだん)しかねている私の手を、ゆーくんはしっかりと(にぎ)りしめた。

「もっといろんなとこいきたいっていってたじゃん!ほらはやくー」

 私はゆーくんの体温(たいおん)を感じながら、その手に引かれるまま連れ出された。

「ゆーくん、ぜったいてはなさないでね?」

「もちろん!いっぱいいっぱいぎゅーってにぎってぜったいぜったいはなさない!」


「て言って、二人でいっぱい歩いたけど結局(けっきょく)夕日は全然近づいてこないし、迷子(まいご)になっちゃうし、なんとか帰れてもお父さんとお母さんにこっぴどく(おこ)られるしで散々(さんざん)だったことあったよね」

「あぁ、そんなこともあったか…」

 父も思い出すように相槌(あいづち)を打った。

「でもね、その時帰れなくなってから私ずーっと泣いてたんだけど、ゆーくんは最後(さいご)まで泣かなくて、私のことすごい心配してくれて、必死に帰る道探してくれて、すごく心強かったの。なんていうかそういう(あきら)めなくて頼りになるとこ、いっぱい好きだったなあ、と思って」

「………そうか」

 返す言葉に(こま)る父と自分の世界に浸る瑞葉。不意に瑞葉が現実(げんじつ)に戻ってきた。

「わ、私なんの話してるんだろうね」

 急に恥ずかしくなったのか、瑞葉は再び夕日に視線を投げた。

 ちょうど観覧車が()(かえ)しを迎えようとしていた。夕日に染められた赤い空と町並みが綺麗に映え、絶景(ぜっけい)を作り出している。

「きれー」

「本当だな」

 二人は夕日に見惚(みと)れていた。

――私は本当に幸せ者だ…瑞葉とこんな日が迎えられる日が来るなんて…

確かに父親として時に(きび)しく、いつも甘やかして育ててきたが、年頃(としごろ)の娘と二人で出かけられるというのは幸せなことなのだが、父が思う意味合いはそれではなかった。

涙を溜めていた父だったが、瑞葉は一向(いっこう)に気づくことはない。

そんな中、不意に瑞葉たちが乗る観覧車が激しく()れ動いた。

「きゃあ!」

「瑞葉、大丈夫か!?」

 父はいち早く瑞葉を抱きかかえる。

「お父さん、怖い」

「大丈夫、すぐ収まるさ」

 しかし、父の言葉も願いも通じることはなく、観覧者の揺れはさらに激しくなり―――――支えをなくし、落下した。


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