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墓前にて

「やっと、終わった気がするよ」

 響人は目の前の(はか)に花を()えた。そう、キョウコの墓に。

 病院で目覚めた響人は命に別状(べつじょう)はなく、すぐに回復(かいふく)もしたのだが、一週間は絶対安静とされていた。響人の隣にいる瑞葉もまた、同じような状態ではあった。

 響人はこの日、早朝(そうちょう)から病院を抜け出した。抜け出さなければいけなかった。今日はキョウコの誕生日だったのだ。

「もう、二年も経つんだね…キョウコ」

 墓を見詰(みつ)めながら、響人は(さみ)しそうな表情を見せた。

「そういえば、これ。キョウコ好きだったよね…」

 響人は小さなぬいぐるみを取り出すと、花と共に添えた。

「猫軽さんだっけ…?こんなの好きなんて、驚いたっけな、あの時は…」

 響人は悲しみに必死に()えているように見える。二年という時間でもその悲しみが癒えることはなかったのだろう。

「キョウコ…なんでもういないんだよ…キョウコお……」

 響人はゆっくりと(うつむ)いた。

「僕は…これでよかったのかな。わからないんだ。復讐(ふくしゅう)をするべきだったのか、それすらもわからない…でも、あれが僕なりの決着(けっちゃく)のつけ方だった。後悔(こうかい)はしてないよ。でも、キョウコがいたら、なんて言ってくれたかな…」

 答えを求めても返ってくる言葉はない。

「少しずつだけど、前を向こうと思った。いや、思わせてくれる人たちがいることを知ったんだ」

 響人は目に溜めた涙を拭い、顔を上げる。

「だから、キョウコのためにも、君に(つぐな)うためにも、僕は少しずつ進もうと思った。この先どうなるかはわからないけどね…」

 響人のすぐ近くに人影があった。響人は気づいていないのだが、人影は近寄(ちかよ)ろうともせず、それを見守っていた。

「それじゃあ、また来るよ」

 響人は振り返り、初めてその人物に気づく。

「勇人君、久しぶりだね」

 人影、キョウコの父は花を持って立っていた。

「お父さん…僕は…」

 立ち去ろうとする響人をキョウコの父が(せい)した。

「待ちなさい」

「でも、僕には会わせる顔がありません」

「そんなことはない」

 キョウコの父は墓に歩み寄り、花を添えた。

「去年もこの日に花が添えてあったから、今年は少し早く来てみたんだ。正解だったな」

「えっ…?」

「君だろう?去年の花も」

「…はい」

「君は知らなかったのかもしれないが、キョウコはね、よく実家に帰ってきていたんだ」

「…そうだったんですか」

 キョウコが響人に実家に帰ることは一度も伝えたことはなかった。

「きっと、君が気を使うだろうと思って、(だま)っていたんだろう。キョウコはそういう子だったな」

「…はい」

 キョウコの父は記憶を辿(たど)るように(てん)(あお)いだ。

「キョウコはね、帰ってくる度に私や母さんに自分がどれだけ幸せかを話してくれたよ」

 響人はその話に驚き、(まゆ)を上げる。

「私や母さんも勇人君に娘を(たく)して、後悔はしていない。あの子があんなに楽しそうに何かを話すことは家にいた時はほとんどなかった。でも、君と暮らし始めてから、あんなにも幸せそうな顔をするのかと、母さんと驚いていたよ。最初は反対していたが、そんなあの子の姿を見てしまったら、私は少し嫉妬(しっと)してしまったくらいだ」

「そんな…」

 響人は片手で顔を(おお)う。悲しみを隠すかのように。

「だから、君が私たちに負い目を感じることはない。キョウコは自分自身でその道を選んで後悔しているとは思えないんだ。もうキョウコはいないが、その分を君が生きてくべきだ」

「お父さん…」

「私たちもそうだが、きっと誰よりも辛かったのは君だろう」

「僕は…僕は…」

 顔を覆う手の影から、涙が零れ落ちる。

「本当に申し訳ありませんでした…」

「私たちのことは気にするんじゃない。辛くても、君は生きていかなければいかないんだ。そして、幸せになることをきっとキョウコも願っているはずだ…」

「僕はお二人に謝ることもせず、逃げていた…それなのに…」

「よかったらまた今度、うちへ来なさい。私たちの知らない、キョウコの話を聞かせてほしい。ご飯くらいはご馳走(ちそう)できると思う。作るのは母さんだがな」

「……ありがとうございます…」




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