あしらう先輩と決意の後輩
あの日から一週間ほどが過ぎた。
須藤はその後、腹心の部下が全てを暴露したことで、その処分を待つ身となった。実に、十件以上の殺人隠蔽など、数えきれないほどの罪が明らかになったことで、須藤には非常に重い罰が待っている。
「あれ?せんぱーい」
特務課の事務室内で、新堂は辺りを見回してから、首を傾げた。
「謙也なら、いつものあそこじゃないか?」
「あ、またサボってるんですか!?もしかして!」
「だろうな」
瀧崎がそれを見透かしている、ということさえも本人は気にもしないだろうが。
「ちょっと、連れ戻してきます!私も話したいことあったんで」
新堂は事務室内を飛び出し、瀧崎はその背中を見送った。
向かった先は地下五階、研究部門の施設がある場所、つまり、響人が幽閉されていたあの場所だ。
その部屋で、鈴沢はベッドに体を預けていた。
「せーんーぱーい!」
「お。なんだ、新堂か」
「なんだじゃないです。何してるんですか、こんなところで」
「何ってお前、見ればわかるだろ」
「はい、わかります。サボってるんですよね?」
「人聞きの悪いこと言うな」
「いやいや、誰がどう見ても、贔屓めに見ても、そうですよ!!」
新堂はビシッと鈴沢を指差した。
「指差すなって」
「そんなことより…」
「そんなことでもないだろ」
「そういうことじゃなくて!先輩にお話しがあったんです…」
急激に新堂の表情が暗くなる。気づきはしても、鈴沢が気に留めることはない。
「なんだ?」
「あの、この前は本当にごめんなさい…」
「そんなことか」
「そんなことじゃないです…」
「さっきよりずっと、そんなことだぞ?」
鈴沢はそれを鼻で笑った。
「私、今回いろいろあったことで先輩の言っていたこと、よくわかったんです」
「なんか言ったか?」
「もう忘れたんですか。力がなければ何も変えられない。そういっていたことをすごく痛感させられました。私は、私は本当に弱い。特務課でこの一年、しっかり任務をこなしてきて、自信を持っていたつもりでしたが、それは勘違いでした。強いのは私じゃない、先輩をはじめ、特務課の皆さんが強いだけで、私もそれで強くなった気でいただけなんです」
「……それで?」
「私は、もっともっと強くなりたい…!」
新堂の目はしっかりと鈴沢を見据えていた。
「…そっか。がんばれ」
鈴沢は話を聞くだけ聞いたのだが、それでも素っ気なかった。
「酷くないですか?可愛い後輩がこんなにも決意に満ち溢れた宣言をしたっていうのに」
「いや、だから、がんばれって言ったじゃん」
「先輩には人の心というものがないんですか…」
新堂は自分の意志に全く興味を示さない鈴沢に飽きれていた。
「でも、話はここからです。今日の私はそんなことじゃへこたれませんよ」
「嫌な予感しかしないな…」
「先輩、私に稽古をつけてください!お願いします」
勢いよく、新堂は頭を下げる。それも深々と。
「はあ?稽古ったって、お前、刀を使うわけじゃないよな?」
「使いません。先輩と同じとかはちょっと…」
「ちょっとってなんだ」
やはり、新堂に尊敬の念はないのだろうか。
「まあそれは置いといて。お願いします!先輩!!」
「んー、まあいいけど。系統が違う俺が稽古をつけるより、同系統の発現者に稽古してもらった方がいいんじゃないか?」
「でも、私は先輩がいいんです。改めて、先輩の強さを実感しました。先輩のように強くなりたい、そう思ったからお願いしてるんです」
「まあ、俺もそろそろとは思ってたとこだ」
気怠そうにベッドから起き上がる鈴沢。
「それともう一つ。聞きたいことがあったんですけど…」
「なんだ?」
「どうして、鉄が斬れるんですか?私の鉄球といい、須藤さんの能力も金属だった筈ですが…」
「え、それ聞く?」
「私たち、なんだかんだ言ってもパートナーじゃないですか。なのに、私が先輩の発現能力を知らないのって、不公平じゃないです?」
不満そうな新堂に鈴沢は困り、頭を軽く掻いた。
「それ言うか」
「ええ、言いますとも。発現能力を教え合うのは信頼関係に繋がるって聞きましたよ。瀧崎課長から」
「あー…仕方ねえな。そもそも、間合なき居合は全部で三つあるんだ」
「ほうほう?」
新堂は実に興味津々といった様子だ。
「一つは空間内の斬撃発生。お前の銃弾を弾き飛ばしたのがこれだ。もう一つは斬撃複製。それはあの時にも言ったが、斬撃を増やす。そして、最後が、その空間を斬ることができる空間一閃。ほんの一瞬だが、空間自体を斬ることができる。つまり、鉄を斬ったんじゃなくて鉄が存在する空間そのものを切断したようなイメージだな」
新堂はただただ感心し、首をずっと縦に振っていた。
「……先輩の発現能力、やっぱりすごいんですね」
「すごいんじゃねえって。要は鍛え方次第だ。発現能力ってのは自分で決められるものじゃない。だからこそ、自分の力をよく理解することが大事だ」
「やっぱり私、先輩に鍛えてもらいたいです!!」
新堂の決意がますます強固なものとなる。
「………はぁ」
溜め息をつく鈴沢だが、何かを思い出したかのようにその顔を上げた。
「よし、じゃあまず最初だが、俺の後処理全部やっといてくれ」
「ダメです。それとこれとは別です」
「でもよお、あれが終わらないと稽古も何もないぞ?」
「ダメです。仕事と稽古は別です」
「時間取れなくて稽古にならないかもしれないぞ?」
「ダメです。先輩を甘やかすようなことはできません。そもそも、自分の仕事くらい自分でしましょう」
「お前、やっぱり生真面目だな」
鈴沢は肩を落とし、もう一度溜め息を吐いた。
「それと、最後にもう一つだけ!」
「今度はなんだよ…しつこい奴だな」
「あの、先輩はどうしてあんなに仙波部長に馴れ馴れしいんですか?正直、いくら先輩でもそこまで空気読めない人だったとは…」
「殆ど馬鹿にしているだろ、それ」
「そんな、まさか…」
新堂はそっぽを向いた。確信を突かれたからだろうか。
「いや、そもそも、颯太とはここに入る前からの付き合いなんだ。要は幼馴染ってやつだな」
「……それにしても立場ってものが…」
「あいつがそういうの嫌うんだよ。別に俺もあいつが総帥になろうが、気を遣うような相手じゃないと思ってるし」
「そうですか。さ、自分の机に戻りますよ」
聞きたいこと、言いたいことが全て終わったのか、新堂は早々(そうそう)に話を切り上げた。
「まったく…」




