蔵下響人
「なっ!頼むよ!こんなの頼めるの、響人しかいないんだって」
「んー、でもなあ。今日はなあ」
「響人―、頼むって今回は本気なんだって」
「つい一ヶ月前に彼女と別れたばっかりの奴が言う台詞とは思えないな」
「うっ、痛いとこ突くな…」
「ったく、少しは引きずったらどうだ?」
「もう引きずった!たっぷり引きずった!」
「嘘つけ」
「ううっ。ってちがーう!そういう話じゃないじゃん!カラオケ行くか行かないかの話してたじゃん」
「落ち着けって巧。でも、女が来るんだろ?」
「いや、まあ、それはね…」
「行かない」
「ちょ、ちょっと待てって。お前もな、高校三年にまでなってるのに、だ。彼女の一人もいなくてどうする?」
「どうもないよ」
「うん、うん。寂しいよな、人肌恋しい夜もあるよな。わかる、わかるよ」
「あったことないよ」
「うん、うん………うん?ないのかよ!なんでないんだよ!」
「なんでって言われても…」
「そもそもな?その左手の指輪を外せ!小指はいいとしても薬指につけてたら、まるで女除けみたいだろ!」
「そもそもって、もう完全に関係ない話になってるだろそれ」
「くーっ。こうなったら力づくでも連れてってやる」
「わかったわかった!そのもう一人の子を僕が相手してればいいんだろ?」
「そうそう!よくわかってるじゃないの、旦那」
「旦那なんて言う年じゃないけど」
「まあまあ細かいことは気にしない!ほら、もー時間もないし、早く行こうぜ!」
「テンション高いな、お前…」
呆れられた男、巧は短髪に長身、スポーツマンであることが一目瞭然と言わんばかりの雰囲気だった。
それとは対照的に蔵下響人は穏やか顔立ちに少しパーマがかった髪が特徴的だが、優しさの滲み出る爽やかな青年、といったところだろう。
放課後の教室を飛び出していった巧とそれを気怠そうに響人は追いかけていった。