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鈴沢の実力

 (から)くも勝利した新堂は必死に響人を追いかけていた。

――地下二階にもいなかった。じゃあもう無事に脱出できている…?

 各階を探しながら回っていたが、その姿を見つけることができなかった。

「とにかく、探さなきゃ…!」

 地下一階まで上がってきた新堂は息も絶え絶えながら、駆けることをやめなかった。

 行き着いた先は、格納庫前(かくのうこまえ)

――(とびら)が開いてる…?てことはここをうまく抜けれたのかな…?

 慎重(しんちょう)に格納庫に足を踏み入れると、そこに待っていた光景(こうけい)に、新堂は目を疑った。

 (しば)り上げられる自身の上司、瀧崎。床に倒れている瑞葉と響人。そして、その二人に向けて今まさにその刃を振り下ろそうとする、中世(ちゅうせい)騎士(きし)

――なに?どういうこと??

 理解が追いつかなかったが、それでもその中世の騎士が敵であるという認識(にんしき)だけはできた。

 すかさず新堂は銃を取出し、銃弾を放つ。

 振り上げられたその刃に命中するも、それを止めることなど到底(とうてい)無理だったが、注意をこちらに()らす、という意味では絶大(ぜつだい)だった。

「誰だ…?」

 中世の騎士、須藤がその刃を止め、振り向くと、銃を構える新堂の姿を捉えた。

「誰だかわかりませんが、両手を上げなさい!!」

 両手を上げたところで確保できるかどうかは置いといて、新堂はやはり訓練で教わった通りの手順を行った。

 じわじわと歩み寄る新堂は、近くまで来てもそれが誰なのかは判別(はんべつ)がつかない。

「なんだ…?瀧崎のとこのガキか」

「まさか…貴方、須藤!?!?」

「だったらどうしたあ!?」

 須藤は振り上げた刃の目的を変え、新堂に振り下ろした。新堂は横に跳び、それを回避(かいひ)する。

「貴方、自分が何をやってるのか、わかってるんでしょうね!?」

「殺す奴が一人増えただけだが?」

「貴方を許すことはできない。私は、貴方のその自分勝手さが本当に嫌いです!!」

 銃を構え、何度も銃弾を放った。しかし、金属の騎士にそれが通用することはない。

 新堂は知っていた。須藤は新堂とは同系統(どうけいとう)の発現者であるがゆえ、須藤が金属を液状化すること、それを再び成形(せいけい)すること、それがどれだけ難しいことなのかを。

 勝機(しょうき)が見えなくとも、それでも新堂は須藤を許すことができなくて、その銃を向けたのだ。

「黙れ。だまれええええ!!」

 須藤が更に振り下ろす斬撃。それを新堂は銃で受け止めた。しかし、力の差は歴然(れきぜん)で、押される新堂は必死に抵抗するが、その刃が、肩に食い込んでいく。

「ぐっ…私は、どんなことがあっても貴方に負けたくない…!」

 新堂は須藤の刃を何とか受け流し、後ろへ跳んだが、着地するとともに既に眼前に須藤が(せま)っていた。

――かわしきれない…!

 それを(さと)ったとき、鈴沢の言葉が不意に思い出された。

――どうしても変えたいものがあるなら、そのためにはそれだけの力も権限(けんげん)も必要なのさ。

「死ねええええ!」

 新堂は死のへ恐怖で、反射的に目を(つむ)る。

――助けて…!

振り下ろされた刃は、しかし、新堂に届くことはなかった。恐る恐る、新堂が目を開く。

「せ、せん…ぱい…?」

 須藤の刃を受け止めたのは、見覚えのある日本刀、まさにそれだった。

「いつまでたっても、手間のかかる後輩だな。まったく」

 言葉を吐き捨てるそれは、鈴沢その人だった。

「せ、先輩…どうして…」

「お前が変なことするせいで、俺の計画が台無しだ」

「もう少し後輩には優しくしたらどうなの?謙也。そんなんじゃ嫌われちゃうよ?」

「へっ?」

 また別の声に、新堂が振り返ると、そこに立っていたのは仙波だった。

「もう十分尊敬(そんけい)されてねえよ」

「普段の行いのせいだね」

「うるせえな」

 この状況でも、気の抜けた会話を繰り広げる二人は実に親しげだった。

――どうして仙波部長と先輩が…?

「仙波…仙波だと…?」

 須藤もその存在に気づき、明らかに表情を曇らせる。

「あぁ。須藤さんどうも。元気そうですね」

「な、何しにきやがった…」

「いえね、実は漸く貴方の悪事を(あば)けるときが来ましてね。私も貴方には困っていたんですよ。でも、僕の犬が君の部下を口説き落としてくれてね、全部教えてくれましたよ」

「犬じゃねえよ」

 鈴沢は静かに否定した。

「なん…だと…?」

 仙波の冷静な説明は須藤の動揺(どうよう)(さそ)った。

「と、言うわけで、素直に投降(とうこう)していただけるとありがたいのですが?どういたしましょう?」

「ふざけるな…ふざけんじゃねえ!」

「あぁ、はい。そう言うと思ってました。さすが、と言えましょう」

 仙波は全てを見透かしたような目でクスリと笑った。

「謙也、あとはお願いできますね?私は瀧崎さんでも助けてます」

「おう、任せとけ。新堂、下がってろ」

「あ、はい…」

 新堂は立ち上がり、避難(ひなん)した。その間も、須藤はずっと刃に力を()めてはいたのだが、一寸(いっすん)も動くことなかった。

 鈴沢は須藤の刃を弾き返し、須藤を蹴り飛ばした。

「ぐっ…特務課(はぐれ)のガキどもが、調子に乗りやがって…」

「せっかくだ。調子に乗っているのがどっちか、ここではっきりさせようじゃねえか」

 鈴沢はゆっくりとその日本刀を鞘に納めた。

 二人の間合いはどちらも届かない、絶妙(ぜつみょう)な距離感で向き合った。

 鈴沢が日本刀に手を掛け、構える。それに応じるように須藤も構えを取った。

「俺が、この俺様がてめえのようなガキに負けるはずかねえ」

御託(ごたく)はいい。こい」

 鈴沢に殺気が満ちる。それを察しても、須藤に怯えはない。

 幾許(いくばく)かの間を置いて、二人が空気感を張りつめさせていく。

「死ねッ!」

 先に動いたのは須藤だった。駆け出し、それと共に刃を振り上げる。鈴沢もまたそれに応じ、そのままの態勢で駆けだした。

 二人が交錯(こうさく)し、鈴沢は日本刀を振り切り、須藤は刃を振り下ろした。

 が、しかし。二人に変化は見られない。

 須藤は振り返り、次の攻撃に移る。鈴沢が振り返ることはない。

 鈴沢はやはり、ゆっくりと日本刀を鞘に納める。それを言葉で()(くく)った。

総破(そうは)刀剣流(とうけんりゅう)奥義(おうぎ)(ざん)居合(いあい)

 言葉の終わりと共に、日本刀が甲高(かんだか)い金属音を()らした。それに呼応(こおう)するように、須藤の全身に斬り(きざ)まれた跡が浮かびだす。

「がはっ…!」

 須藤の驚愕(きょうがく)がその数十にも上る斬られた跡を止めることはない。須藤が纏っていた全ての金属が、引き()がされ、騎乗していた馬も跡形もなく破片へと成り下がり、須藤は元の一人の人間へと戻った。

 鈴沢は顔だけを振り向かせる。

「まだ、やるか?」

 殺気に満ち満ちた表情に、今度こそ須藤は(おそ)れをなした。言葉もなく、その場で天を仰いだ。

 その様子をご機嫌に見ていた仙波は、拍手を送った。

「いやいや、やはり素晴らしいね、謙也の剣術(けんじゅつ)は」

「ほんとに…先輩すごい…」

 鈴沢の力を見せつけられた新堂は、ただただ感嘆(かんたん)を受けていた。

「そんなことより―――――」

「瑞葉!!」

 鈴沢の言葉を遮ったのは瀧崎だ。戦闘の終わりを見届けるとすぐに娘へと駆け寄った。

「瑞葉!大丈夫か?!」

「お父さん…私…助かった、のかな」

「あぁ、よかった…」

 瀧崎は瑞葉を涙ながらに抱きしめた。

「響人君、ありがとう…本当にありがとう…」

 倒れたままの響人はそれに反応しなかった。意識は確かにあったのだが。

「そんなことより、早く二人を運んだ方がいいんじゃねえか?」

「大丈夫ですよ。既に医療班は手配済みです。すぐ来ると思いますよ」

 鈴沢の心配を仙波が一蹴した。

「こんなことあっていいのか…こんなはずじゃ……こんなはずじゃ……」

 須藤はぶつぶつと(うわ)(ごと)を呟いていた。

 響人と瑞葉が握り合う手は、いつまでも強く繋がれていた。

 


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