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フラッシュバック

 不気味(ぶきみ)に笑う須藤は、それでも自信に満ちていた。

 須藤が両手を広げると、全身から液状化した金属が溢れ出し、落ちた。それは須藤を中心に沼のようなものを作り出している。

 その沼が、()(しお)のように須藤の全身に纏わりついていき、何かを形成(けいせい)していく。

仕様(スペック)合金騎士(パラディン)

形成されたのは、馬を()したもの、それに(またが)る須藤は甲冑のようなものを身に纏っていた。

 相変わらずだが、左腕には盾を、しかし右腕には長い円錐型の(ランス)が作り出されている。まるでその姿は、中世ヨーロッパの騎士を彷彿(ほうふつ)とさせるものだった。

「フッハッハッハ!!なぜ俺がここまで出世できたかわかるか!?この力があってこそだ!!」

「お前の出世なんて興味ない」

 その姿を目の当たりにしてもなお、響人は冷静だった。

「後悔させやる!!俺様に逆らった(ばつ)としてな!!!」

 響人が再び駆ける。が、須藤のその円錐型の(ランス)の間合いに入った瞬間、振り払われたそれが襲いかかってきた。

 響人はそれを飛んで避け、更にかけようとしたが、着地より前に折り返してきた円錐型の(ランス)が響人を捉え、弾き飛ばす。

「フッハッハッハ!!お前は俺に指ひとつ触れることができないだろう!!」

 須藤の自信、余裕、そのすべてが戻ってきた。

 響人はしっかりと着地し、再び駆けるが、同じように立ち塞がる円錐型の(ランス)太刀打(たちう)ちできなかった。

 何度か繰り返すが状況は変わらない。響人は駆けるのをやめ、須藤を見据えて思案する。

「なんだ?もう終わりか?」

 響人は答えず、再び駆けた。

「何度やっても同じだろうが!」

 やはり振り払われた円錐型の(ランス)が襲いかかった。響人は態勢を変えることで、その円錐型の(ランス)の下に(すべ)り込んだ。

 響人は馬の股下(またした)を通過し、須藤の背後で止まる。

 須藤もすぐに対応し、背後に馬ごと振り返ったが、そこに響人の姿はなかった。響人は跳躍(ちょうやく)し、須藤の頭上にいたのだ。

 響人は須藤の脳天(のうてん)目掛(めが)け、その拳を振り下ろした。激しい衝撃が須藤を襲う。

「がっ…」

 それほどの痛みは伴わなかったものの、確かに須藤にその一撃を加え、何より須藤にとっては屈辱的(くつじょくてき)だっただろう。

 響人は須藤の方に足をかけ、それを踏み台にして、更に跳躍する。

 須藤はそれを追い、空中で逆さ向きの響人目掛け、円錐型の(ランス)を突き放つ。

「死ねええええ!!」

 しかし、響人は寸前で円錐型の(ランス)の先端に掌底(しょうてい)を喰らわせ、軌道(きどう)を変えたおかげで、右肩を(かす)める程度で済んだ。

 響人が着地する。

「もう一度、やるか?」

「てめえだけは許さねえ。そういっただろうが!!」

 須藤が、いや、馬が駆ける。決して速いものではなかったが、響人に向けて円錐型の(ランス)を構えた。

 自らの間合いに入ると、円錐型の(ランス)を突き放つ。しかし、今の響人にはもう通用しなかった。響人は、軽やかに避けるが、須藤はその足を止めることなく、何度も突きを繰り出す。

 二人が眼前(がんぜん)対峙(たいじ)するとき、須藤は円錐型の(ランス)を振り払った。それをやはり避けるが、それでも須藤の足は止まらなかった。

 そう、須藤の目的は響人ではなく、それに響人が気づくのがあまりに遅かった。

 須藤の目的は―――――瑞葉だった。

「えっ…」

「瑞葉!!」

「避けるんだ、瑞葉!!」

 響人は駆け出すが、手遅れだった。瀧崎の言葉にも(きょ)を突かれた瑞葉は混乱しているばかりだ。

 須藤が瑞葉を捉え、そして。

 何の躊躇(ためら)いもなく、その円錐型の(ランス)の餌食とした。

「瑞葉!!」

 腹部を貫かれた瑞葉は円錐型の(ランス)(くし)()しの状態となった。

「ヒャッヒャッヒャッ!!さあ苦しめ!!またお前のせいで周りの人間が死ぬことになったぞ!!」

 響人を見詰め、瑞葉は力無く、言葉を紡いだ。

「ゆーくん、ごめんね…」

――ゆうくん、ごめんね…

 記憶が。

 感情が。

 後悔が。

 悲痛が。

 あの日の。

 その全てが。

 呼び起こされた。

「ミズハアアアアアアアアアァァァァアアアアアアアアアァァァァアアアアアアァァァアァァァアァアアアアアア!!!!!!」

 この時まで、必死に封印(ふういん)してきたその記憶の全てが響人の中で鮮明(せんめい)(ほど)かれる。

怒りが溢れ、悲しみが溢れ、響人は感情に取り込まれた。

「スドオオオオォォォォォォォォオオオオオオオオ!!!」

「さあこい!いい表情だ!!俺はその顔が見たかったんだ!!ヒャッヒャッヒャッ!!」

 瑞葉から円錐型の(ランス)を抜くと、須藤は響人に向き直り、迎え撃った。響人が怒りに任せ、須藤に向かう。

 須藤はあっさりと響人を捉え、そして円錐型の(ランス)で貫いた。

「がはっ…」

「俺様をなめるからこうなるんだ!!見たか!!ヒャッヒャッヒャア!!」

 響人の足はしっかりと地を踏んでいる。

「ふざける……な!」

 響人はまだ力を失ってはいなかった。自身が串刺しにされた状態でもなお、円錐型の(ランス)を両手で掴み、押していく。

「なっ…!」

 須藤は負傷(ふしょう)している響人にも力で(まさ)ることはなく、滑るように後ろへと押されていく。

「み…ずは…しっかり…し、ろ」

「ゆー…くん…はぁ、はぁ…」

 瑞葉は力の限り、響人へと手を伸ばした。

 響人もまた瑞葉へと手を伸ばす。

 あの日、(つか)めなかったその手を求めて。

 あの日、届かなかったその手を探して。

 あと(わず)かのところで、瑞葉の手から力が抜ける。

 しかし。

 響人はその手をすくい上げるように、間違いなく、掴み取った。

「瑞葉…」

 響人は瑞葉の手を握ったまま、もう片方の円錐型の(ランス)にかけていた手に、力を()める。瞬間、円錐型の(ランス)にヒビが入り、粉々(こなごな)に(くだ)かれた。

「そんな力がどこに…」

 須藤は響人から一度距離を取った。恐れを()していた、ということだろう。

 響人は体に刺さった残骸(ざんがい)を抜き取ると、力無くその場に倒れたが、その手を離すことはない。

 瑞葉の傷は既に大部分(だいぶぶん)が塞がっていた。これで致命傷(ちめいしょう)にはならなくて済むだろう。

「よかった…」

「ゆーくん…」

 涙を零しながら、瑞葉は続けた。

「絶対、手離さないでね…?」

「あぁ。絶対絶対離さないよ…」

 幼きあの日のように、響人はその手を力強く握った。

 響人の腹部(ふくぶ)の穴も(ほとん)どが塞がっていたが、完治、というほどではなかった。もう、響人にはその力も残ってはいないのだろう。

 須藤は距離を取った後、円錐型の(ランス)修復(しゅうふく)(はか)っていた。しかし、粉々に砕かれたそれは、簡単に修復されない。

 残った部分を液状化させ、剣へと変貌させた。

「くそ、こんなの初めてだ…あの野郎はやっぱり生かしちゃおけねえ」

 須藤の表情は恐怖で(くも)っていた。それでも、もう動けないであろう標的(ひょうてき)、響人に向かうにはまだ十分な気力を残している。

 須藤が駆ける。瑞葉と響人を今度こそ、()き者にするために。

 二人は起き上がることすらままならない状態だった。もう、足掻(あが)くことすらできない、ということだろう。

 須藤は相手の状態を見定(みさだ)めることもなく向かい、その剣を振り上げた。



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