須藤という男
響人は瑞葉、瀧崎と合流してから、地上を目指し、その足を止めることはなかった。先導する瀧崎は経路を決めていたのか、迷いがない。
二人はただただそれを追うことしかできなかった。
「あとどのくらいですか、瀧崎さん?」
駆けながら、響人が問う。
「もう、地下一階まで来ている。あとは格納庫を抜ければ外に繋がる非常口がある。あと少しで、格納庫が見えてくるはずだ」
「わかりました。瑞葉、大丈夫か?」
「うん。もう少しなら、大丈夫。頑張れる」
息も絶え絶えに走る瑞葉を、響人は心配していた。
廊下の角を曲がり、突き当りに自動扉が見えてくる。それはまさに、格納庫への入り口だった。
「あそこだ」
三人が入り口へと行き着くと、瀧崎がセキュリティを解除し、その口を開く。進もうとするが、呼吸を整えていた瑞葉は動こうとしない、いや、体力の限界が近く、動けなかった。
「瀧崎さん、ちょっと待ってください」
いち早く響人はそれに気づき、瀧崎の歩みを制した。
「瑞葉?大丈夫か?」
「はぁはぁ…うん…もう少し、だもんね…大丈夫。足手まといにはなりたくない」
力を振り絞り、瑞葉は再び足を動かした。
格納庫は広々とした空間がただただ広がっているだけだった。本来ある筈の専用車両などは、今は出払っているのだろう。
響人は三人より早くその人影に気が付いた。そう、その広い空間の中心に佇む男がいたのだ。男は口元を歪め、自信が確信に変わったことを大層喜んでいた。
男―――――須藤は、三人を見るなり、拍手を送った。
「いやいや、素晴らしい。本当にここに来るとは。相変わらず、わかりやすくて助かりますよ、瀧崎さん」
「この人…あの時の…」
「須藤…なぜここにいる?」
それぞれ反応は示したのだが、響人だけは無表情で、なおかつ無言だった。
「それはこちらの台詞ですよ。なぜ、貴方がその犯罪者と一緒にここにいるのか、説明してほしいですねえ」
すべてをわかっていながら、須藤はそれを質問として口にした。
「お前には関係ない」
「冷たいじゃないですか。それとも、まさかとは思いますが、逃亡の手助けをしていた、なんてことはありませんよね?」
「答える必要はない」
「ふっふっふ…まあいいでしょう。しかし、私は本当に残念だった。貴方が回復したとの連絡を受けた時はね」
須藤は悪びれもせず、自ら告白していった。
「せっかく、娘ともども殺して差し上げようかと思っていたのに、実に面白くない結果となりましたね」
「須藤…貴様っ!!」
「おやおや、恐ろしい。でもね、貴方がいけないんですよ?私のことをこそこそと嗅ぎ回っていたでしょう?まさか、私が気づいていないとでも思っていたんですか?もしそうであれば、実におめでたい方だ」
はっはっはっは、と須藤は高笑いした。余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)、といったところだろう。
「すべて、貴方がいけないのですよ。だが、ちょうどいい。こんな最高の場面を自ら用意していただけるとは。貴方は逃亡幇助をしたが、私にそれを見つけられ、抵抗の末、返り討ちに合う。他の二人も、逃げるために反撃し、私は自分を守るため、誤って殺してしまった、という筋書きにはぴったりですね」
須藤は笑いを抑えられない、といった様子で喜々(きき)として話し続けていた。
「どこまでも腐っているな」
「貴方…最低ね!!」
瑞葉が堪えきれず、言葉をぶつけるが、須藤に変化はない。
「威勢のいい娘さんですねえ。嫌いじゃないですよ?私の奴隷として飼ってあげましょうか?」
「そんなの死んだ方がましよ!!」
――だが、この状況でどうする?
瀧崎は冷静に状況を分析するが、須藤一人を相手にしても、こちら側に戦闘に長けた人物がいない以上、勝機は薄いと感じていた。
実際、須藤は現場に出る人間で、任務をこなしてきたことからもわかるように、その強さは折り紙つきだ。
「瑞葉、響人君」
須藤に悟られないように小声で二人に呼びかけた。
「正直、まともに相手をして勝てる相手ではない。ここは、私が囮になる。だから、その間に二人は脇を抜けて、地上を目指せ」
「でも、お父さんは…?」
「俺は大丈夫だ。だから、振り返らずに進むんだぞ」
その様子を察した須藤が、一歩、踏み出る。
「いったい、何の相談をしてるんですか?まあ何をしても、私に勝てるわけではないでしょうが」
「須藤!俺と勝負しろ!ずいぶん余裕そうだが、本当に俺と勝負して勝てるのか!?」
「あらあら、今度は稚拙な挑発ですか。ずいぶんと幼稚なお考えをお持ちで」
瀧崎もまた一歩、踏み出た。
「まあ、どうしても一番先に殺してほしいというなら、構いませんがね」
しかし、その直後。
背後から蛇のように這い寄る鎖が三人襲いかかり、瑞葉と瀧崎は縛り上げられた。しかし、響人だけはそれをわかっていたかのように、素手で掴み取る。
「なんなのこれ!」
「ぐぅ…貴様!!どこまでも小癪な!」
「ヒャッヒャッヒャッ!!馬鹿じゃねえか、瀧崎よお!そんな挑発に乗ってやるわけねえだろ、ヒャッヒャッヒャッ!」
下衆な笑いで、須藤は瀧崎を蔑んだ。
「で、お前はどうしたいんだ?皆沢勇人君?」
響人はその掴み取った鎖を須藤に投げ返した。
「おやおや、やる気ですか?」
須藤はそれを受け取ると、投げ捨てる。響人はゆっくりと須藤へと歩み寄っていく。
「お前だけは、お前だけは許さない。キョウコに謝れ」
「キョウコ…はて、どなたでしたかね?」
「ダメだ!!響人君、あいつと戦ってはダメだ!!あいつは腐っていても、恐ろしく強い!」
「ゆーくん、やめて!」
響人は足を止め、振り返る。二人を心配させないためか、無理をして、力無く笑った。
「僕は、僕は大丈夫です」
――まさか、死ぬ気か…!
響人の力無い笑顔に瀧崎はそれ以外、思いつく当てがなかった。
「ダメだ!君が敵うよう相手じゃない!!君の力は戦闘できるものでもないだろう!!だから、やめるんだ!!」
「ゆーくん、ダメ!!」
二人が呼び止めても、もう響人が振り返ることはなかった。
「まさか、とは思うが、二年前のように逃げられると思っていたかな?」
「僕は、決めたんだ。あの日に決着をつけると、お前とけりをつけると」
「それは偶然ですね。私もそう思っていたところだ」
須藤の体から、汗のように液状化した金属が溢れ出し、それが両腕に集結していく。金属が纏わりつき、右腕には剣を、左腕には盾を作り出した。
「さあ、始めようか。一方的になってしまうがな」
「こい」




