合流
響人は新堂の言われた通りの迂回路を駆けていた。所々で職員と思しき人影を見る度に、物陰に隠れる、というのを繰り返し、地下三階に辿り着いていた。
「あと、もうちょっとか」
息切れした呼吸を整え、駆けだそうとした時、廊下の角から人影が現れた。
――くそッ。
隠れられそうな場所はなく、響人は逃げ場を失った。しかし、そこに現れた人影こそ、瀧崎と瑞葉だったのだ。
「ゆーくん!」
「響人君!」
いち早く二人は響人に駆け寄り、瑞葉はそのまま響人に飛び込んだ。
「どう、して…?」
「ゆーくん!ゆーくん!!よかった…本当に良かった…」
瑞葉の行為に戸惑う響人だったが、まるで兄のように穏やかな表情で瑞葉の頭を撫でた。
「瑞葉…瀧崎さん…どうしてここに?」
「どうしてって…ゆーくんが悪いんだよ!」
「な、な、なんの話?」
「バカバカ!ゆーくん死んじゃったら、私嫌だよ…」
感情的になる瑞葉とそれを飲み込めない響人を、瀧崎が落ち着かせた。
「瑞葉、落ち着くんだ」
「でも、でも…」
「響人君、すまなかったね。すべて聞いたよ。私を助けてくれたんだな」
「あ、はい。気にしないでください。僕がそうしたかっただけなので」
「そうもいかん。何度も救われてばかりでは、な。俺にも君の力になれる時がきたんだ」
漸く、といった思いで瀧崎はその言葉を紡いだ。
「もしかして、もうすべて瑞葉には話したんですか?」
「いつかは話さなければ―――」
瀧崎の言葉を瑞葉は聞きもせず、遮る。響人の胸に埋めた顔を上げた。
「聞いたよ!全部聞いた。ごめんね、ゆーくん。気づけなくてごめん。助けてくれていたのに、知らなくてごめん。私を助けてくれたのに、お父さんを助けてくれたのに、私はまだ何もできてない。まだ何もしてあげられてない。なのに、死ぬつもりだなんて私、絶対許さない。どんなに辛くても、どんなに苦しくても、それを私はわかってあげられないかもしれない。だけど、その全部を私が受け止めるから、だから、もう死にたいなんて思わないでね…お願い…」
「瑞葉…」
響人が瑞葉の真剣な想いを見詰めていた。
「大丈夫。ありがとう、瑞葉。僕はもう、大丈夫だよ。馬鹿なことはしない。約束するよ」
そう口にしたものの、響人の笑顔は弱弱しく見えた。
「とにかく、だ。今はここで時間を使っている余裕はない。早く、次に進もう」
瀧崎の言葉に、二人は表情を引き締めた。
「はい」
「わかってるもん!」
三人は先を急ぎ、駆けて行った。
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鈴沢が意識を取り戻したのは、新堂が立ち去ってからすぐのことだ。
「ったく、いてえなあ。あいつ、手加減てのを知らないのか」
後頭部を撫でるとそこには明らかに腫れ上がっていた。
「たんこぶできてるよ、まったく」
「ふふふ、謙也でもそんなことあるんだね」
予想外の言葉に、鈴沢が振り向くと、そこに立っていたのは、瀧崎課長の上司でもある仙波颯太だった。
仙波は口元に手を当て、笑いをこらえているようにも見える。
「なんだ、颯太か。誰かと思ったぜ」
「後輩に伸される姿、私以外には見せられないでしょ」
「あー…まあ、恥ずかしいとこ見られるのはお前が一番嫌だけどな」
鈴沢は後頭部を擦りながら、そう言葉を返した。
「しかし、後輩思いだねえ。手加減してあげるなんて」
「なっ。お前、見てたのかよ?」
「わかっていながら、わざとやられてあげるなんて、謙也らしくもない」
「わかった、わかったから、これ以上解説しないでくれ。余計に恥ずかしいわ。で、そんなこと言いに来たわけじゃないだろ?」
先ほどまでのにやけ顔はなくなり、仙波の表情から感情が消えた。
「ええ。この前、頼まれていたことですが、漸く決着がつきましてね」
「なんだ。珍しく仕事が遅いな」
「遅かったのは、貴方の仕事の方でしょう。あと一日早くしてくれればよかったものの」
「そりゃな、こっちにも色々な事情ってもんがな…」
「言い訳ほど、見苦しいものはないよ」
「へーへー。降参ですよ、仙波さんには」
両手を上げ、鈴沢は態度でそれを示した。ふざけている、という風にしか受け手には見られないだろうが。
「まあ、そういうわけで、もう一仕事お願いできるよね?」
「あぁ。任せてくれ」
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