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立ちはだかる先輩と刃向かう後輩

 警報が鳴り響く中、地下四階を()けていた新堂と響人の前に、立ちはだかる人物がいた。

「よう」

 警報など気にも留めない、鈴沢がそこに立っていた。着崩(きくず)したスーツに、左手には日本刀、という異様(いよう)な立ち姿をしている。

「せ、先輩…」

「あんたか…」

 新堂は鈴沢を見つけ、表情が(くも)った。しかし、それでも戦わなくてはならないだろう、と新堂は覚悟した。

「まったく、ずいぶんと大層(たいそう)なことしてくれたじゃねえか。なあ、新堂?」

 やはり、協力してくれる様子はない。

「そんなことありません。私は、ただ間違いを正したいだけです」

「ったく、面倒(めんどう)起こしやがって。せっかくのエリート街道(かいどう)が台無しだぞ?」

「そんなの、興味ありません」

「相変わらず、可愛くねえこと」

「先輩、そこを通してください」

「やだね、後輩が間違った道に行くのを黙って見過ごすわけにはいかないもんでな」

「間違っているのは私じゃない。この機関(きかん)の考え方です」

「それが本当かどうか、そんなことどうでもいいんだよ。上が黒なら黒、白なら白で、それを俺たちが考える必要はない、任務を(まっと)うするだけ、そう話したつもりだったが?」

「そんな、(あやつ)(にん)(ぎょう)みたいには、私はなりたくない。自分で考え、自分で行動して、私なりに任務を全うしたいんです」

「任務も何も、裏切り者がここでもう一度働けることはないだろうけどな。お前の答えはそれってことだいいんだな?いま考え直すなら、俺はなかったことにしてもいいぞ?」

「冗談は顔だけにしてください」

「ほんと可愛くねえな、お前」

 新堂は響人に耳打ちする。それは地下三階への迂回(うかい)ルートだった。

「君は、どうするつもりだ?」

「先輩を足止めします。大丈夫、ここは私一人で何とかします」

「わかった。僕は先に行くよ」

 新堂に言われた通り、響人は駆けだした。響人が振り返ることはなく、新堂はその背中を見送った。

 そして、気合を入れ直し、鈴沢に向き直る。

「先輩、いいんですか?響人さんを行かせて」

「行かせるも何も、奴を一人で放っておいたってここから出られるとは思えないからな」

「ずいぶんな言い様ですね」

「まあ、それより俺は後輩の指導(しどう)で忙しいんでな」

 鈴沢は日本刀の柄に右手を掛け、構える。

「自分がどんなことをしたのかをしっかり教え込まないと、な」

 新堂もまた、銃を取出し、その銃口を鈴沢に向けた。

 そして、思う。

――私、一年以上一緒にいたけど、先輩の能力を見たことない…

 新堂は配属(はいぞく)されてから、鈴沢と組むことになったが、その能力はおろか、鈴沢が日本刀を(あつか)った場面にも数回しか出会ったことがない。

 つまり、鈴沢はそれほどまでに強い、ということだ。そして、新堂はずっとその(かたわ)らで見てきたからこそ、鈴沢の強さを誰よりも理解していた。

――私、本当に先輩に勝てるの…?

 (いや)な想像が浮かんだが、それを振り払うように頭を左右に振った。

「どうした?」

「いえ、私はどうしても先輩に勝たなければならないんです。だから―――――」

 新堂は言葉の最中(さなか)、銃弾を二発放つ。的確(てきかく)に鈴沢を(とら)えたものの、その銃弾は鈴沢のはるか手前で(はじ)け、壁へと命中する。

 その間、新堂には鈴沢が何かの動きを見せたようには見えなかった。

「えっ…!?」

「容赦はしない。いいな?」

 新堂にとって、鈴沢が何をしたのかは定かではない。しかし、その銃弾を弾いたのは、確かに鈴沢のはずだ。しかし、鈴沢の間合いの(はる)か手前でそれは起こった。

 新堂は銃を構えたまま、思案するが、すぐに鈴沢が突進(とっしん)してきた。

 鈴沢は日本刀を抜き、斬撃(ざんげき)()()した。新堂はそれを銃で何とか受け止めるが、何度も何度も鈴沢の斬撃は繰り返された。新堂はかろうじでそれを防ぎ切っていた。

――早いっ…このままじゃ…

 鈴沢の早い斬撃に段々(だんだん)とついていけなくなり、追いつかなくなった次の斬撃を避けるため、新堂は後方に大きく跳んだ。そして、着地(ちゃくち)

「もう、降参か?」

「まさか。私は負けませんよ」

 そういうと新堂は銃を構え、放つ。その銃弾の限りを放った。が、そのすべてが鈴沢へは向けられていなかった。

 その銃弾は壁へと向かう―――――が、壁の寸前(すんぜん)方向(ほうこう)転換(てんかん)し、鈴沢に襲いかかった。

 鈴沢は表情を変えないまま、見透(みす)かしたようにその銃弾のすべてを日本刀で弾き飛ばした。

「お前の能力は全て知ってる。小細工(こざいく)したって無駄だぜ。銃弾じゃ、いいとこ一回の方向転換が限界だろ?」

「わかっていますそんなこと」

 しかし、そこで新堂には一つの疑問が生まれた。

――どうして?さっきとは違って、先輩は普通に銃弾を弾いた。どうして…

 その疑問の答えは出せないが、一つの変化こそが謎を紐解く鍵となる。

 新堂は銃弾を補給(ほきゅう)し、鈴沢は日本刀を(さや)(おさ)め、(かま)える。

「さあ、どっからでもかかってこいよ」

「じゃあ、遠慮(えんりょ)なく」

 銃を新堂は隠し持っていた鉄球(てっきゅう)を取出し、それを上に投げた。鉄球は新堂の頭上で浮遊したままだ。

「お、お得意の奴か」

芸達者(げいたっしゃ)じゃなくてすみませんね」

「馬鹿の一つ覚えってのも嫌いじゃないぞ」

「私が馬鹿だったことありましたっけ?」

 そういうと新堂は銃弾を放ち、駆け出す。

 銃弾は鈴沢に向かうが、その遥か手前で弾かれる。それでも(おく)さず、新堂は鈴沢に向かった。

新堂が間合いに入る直前に鈴沢は抜刀(ばっとう)し、そのままの勢いで斬撃を繰り出す。直前で新堂は止まり、日本刀の餌食(えじき)となったのは服だけに留まった。

再び、鈴沢との間合いを詰めようとするが、それより早く鈴沢は日本刀を鞘にしまった。

――なんで、ここで納め―――――

 日本刀が鞘に納められたことによって発生した甲高(かんだか)い金属音。それによって、新堂の疑問は遮られた。

 音に呼応(こおう)するように新堂の全身に痛みが走った。

「いやああ!」

 新堂の体には全身に大小(だいしょう)様々(さまざま)な切り傷が浮かび上がったのだ。幸いだったのは、その全ての傷が浅く、致命傷(ちめいしょう)にはなりえないことだろう。

それにより、新堂はその場に力無く座り込み、鉄球も(ゆか)を転がっていった。

「な、な、何を…したんですか…?」

「何って、それ教えるやつがいるか?」

「くっ…」

 鈴沢に見下ろされ、新堂は悔しさを()()めた。

「まあ、どっちにしろお前じゃ俺には敵わねえよ」

「そんなの…やってみなければわからないでしょ!」

 新堂は銃を向け、放つが、鈴沢は軽やかに後転(こうてん)し、それを避ける。

「諦め悪いんだな、お前」

「ええ、頑固(がんこ)なんで」

「まあいいや。じゃあ、もう少しいたぶってやるよ」

 新堂はゆっくりと立ち上がり、鈴沢を見据(みす)えた。そこで、一つの仮説が頭に浮かんだ。それは新堂にとって最悪のものではあったが。

「まさか…!先輩、空間(くうかん)(けい)の発現者なんですか…?」

「まったく。敵に素直に質問してくるとは」

「答えてはくれないですよね…それを教えるやつなんていないって言ってましたよね…」

「空間系だよ、俺」

 さっきまでの言葉はなんだったのか、鈴沢は素直に答えを出した。

「えっ?はい!?答えるのなんてただの馬鹿だって、そんな奴ただただ死にたいだけだって、ただのクズだって言ってたのに」

「お前、どさくさに紛れてこれでもかってくらい俺のこと馬鹿にしたろ、今」

――でも、それじゃあ、私に勝ち目なんてあるの…?

 鈴沢の言葉は新堂には届かなかった。最悪の現実になったことで、なんとか勝ち目を模索(もさく)していたからだ。

「でも、空間系なんて、発現者全体の五パーセントもいないって聞きますけど…」

「そうだな」

「本当にそうなんですか?」

「そうだって言ってるだろ」

「実は(うそ)()いてて、私を(だま)してるんじゃ…」

(うたぐ)り深いな、お前」

「でもだって、私は今まで一度も見たことないし、そもそも教えてくれるなんて」

「お前、なんか弱くて可哀想(かわいそう)だから同情(どうじょう)しちっただけ」

 鈴沢の言葉に新堂の沸点(ふってん)が一気に上昇した。

「弱い言うなーーーー!!!」

 銃を構え、再度銃弾の限りを放った。しかし、怒りによって放たれた銃弾に的確なものは一つもなく、鈴沢を捉えることはなかった。

自分に命中する銃弾がない、そうわかっていたかのように鈴沢は立ちすくんだままだった。

「おお、ごめんごめん。ついつい本音がさ」

 鈴沢はやはり、あっけらかんとしていた。

「私は、どうしても先輩に勝たなきゃいけない。どうしても…響人さんを救わないと」

「覚悟があるなら、さっさと向かってこいよ。もう同情はしない。本気で、お前を殺す気でやってやる」

 鈴沢の表情が、雰囲気が、そのすべてが、一変し、抜刀(ばっとう)の構えを見せる。

――これが先輩の本当の姿…

(あふ)()すその殺気に、新堂は初めて恐怖を覚えた。

――私の能力では接近戦(せっきんせん)じゃないと、まともに渡り合えない。でも、先輩の間合いに入ってしまったら、また切り刻まれる。今度はさっきのようなことじゃきっと済まされない。でも、遠距離で戦うにはこの銃しかない。どうしたら…

足が(すく)む。呼吸が(あら)くなる。この場から逃げ出したい。

 そんな感情を必死に()え、新堂は銃弾を装填(そうてん)する。

「わ、わ、私は…」

「いいから来い」

「私は負けない!!」

 新堂はもう一つ、鉄球を取り出し、それを投げつける。更にその鉄球に向けて銃弾を放った。

銃弾が鉄球を捉える寸前で、鉄球は浮かび上がる。しかしそれでも、銃弾はやはり鈴沢の許まで届くことはなかった。

 そして、一度浮かび上がった鉄球は、勢いをつけ、鈴沢の眼前に迫る。鈴沢はわかっていたかのように抜刀し、それを真っ二つに斬り捨てた。力を失った鉄球が床に落ちる。

「これで終わりか…?」

「くっ…」

「一つ、教えてやろう。俺の能力。それは、間合(まあい)なき居合(いあい)、そう呼んでる。ある一定の、俺の剣が届く倍以上の範囲内すべてのものに対して、俺は斬撃を()らわすことができる。そして、その斬撃は一振りで十、二十と増やすことも可能だ。条件は他にもあるが、すべては教えてやらん」

 構えるのをやめ、鈴沢は勝ち(ほこ)った表情を見せる。

「つまり、だ。鉄球を使った近接戦闘を得意とするお前に勝機(しょうき)はない。範囲内に入った時点で俺の餌食だ」

「どうやったら…」

「諦めろ」

 冷たく言い放つ鈴沢に、新堂は心を折られた。

――私には敵う相手じゃなかった。実力差がありすぎる…

 そんな時、新堂は勝機になり得る材料を見つけた。

――あれは…

 新堂の視界が捉えたのは、鈴沢の背後に転がった一つ目の鉄球だった。

――これが最後のチャンス…これでダメならもう私は先輩に勝てる見込みがない。

 恐怖を必死に押し殺し、意を決する。

「私には勝てないかもしれない。でも、私はこのまま降参(こうさん)するわけにはいかないんです!」

「そうか。殺されたいのか。それもいいだろう」

 鈴沢は再び、殺気を()びて構える。

 新堂は銃を構え、銃弾を放つ。そして、駆けだす。銃弾は鈴沢の遥か手前で弾かれる。

――そこが範囲…!

 新堂は駆け出すと共に背後の鉄球を浮かべた。鈴沢がそれに気づく様子はない。新堂はその見極めた境目で足をとめ、再び銃を構えた。

 しかし、銃に衝撃を受け、新堂は銃を手からこぼしてしまう。構えた銃は鈴沢の間合いに入ってしまっていたのだろう。

背後の鉄球は新堂が最大限の勢いをつけ、鈴沢の許へ向かっていた。

 新堂がにこやかに笑い、鈴沢が怪訝(けげん)な表情を見せたその時―――――鈴沢の後頭部に鉄球が衝突(しょうとつ)した。

「がっ…?!」

 突然の衝撃に理解が追いつかなかった鈴沢だが、それを理解するよりも先に気絶し、その場に倒れてしまった。

「せ、先輩…?」

 反応はない。

「もしかして、勝った…?勝てたの…?」

 新堂は落とした銃を拾い、鈴沢の許まで歩むと、しゃがみこんだ。

「せ、せ、先輩?わざと気絶してるわけじゃないですよね?」

 新堂は気絶している鈴沢の(ほお)を銃口で突っついた。やはり、反応はない。

「ほ、ほんとに勝てた…先輩、油断(ゆだん)禁物(きんもつ)ですよ?」

 実に嬉しそうに新堂は聞いていない鈴沢に言い放った。

「って、こんなことしてる場合じゃなかった。早く響人さんを追いかけなきゃ!」

 なんのために戦っていたかを思い出し、新堂は慌てて駆け出した。



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