表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/34

過去、事実と手紙

 鈴沢が姿を見せなくなってから、四日が過ぎた。

 もともと、特務課は人手が足りていないのだが、それに鈴沢がいなくなったことで、忙しさに拍車(はくしゃ)がかかっていた。

 それでも、瀧崎は鈴沢に対して何の文句(もんく)を言うつもりはない。それほど、鈴沢が調査していることが重要(じゅうよう)で、なおかつ鈴沢がどれだけ有能(ゆうのう)なのかを上司として知っていたからである。

 瀧崎が仕事に追われる最中(さなか)、実は鈴沢は既にその無名(むめい)機関(きかん)の本部にいたのだった。調査を既に終えてはいたのだが、自らの課を(おとず)れることはなかった。

 向かった先は―――――勇人の許だった。

「よう」

 部屋の隅で丸くなる勇人は、返事はおろか鈴沢を見ようともしない。

 目を覚ました後の勇人にいち早く伝えられたのは、キョウコの死だった。それ以上の説明と尋問(じんもん)もされはしたが、勇人がそれに耳を貸すことはなかった。

「なんだ、まだ落ち込んでるのか?女々しいな、お前」

 存在を誇示するような挑発に勇人は簡単に乗った。顔を上げ、人を殺すかのような冷たい目で鈴沢を(にら)みつける。

「おお、まだそんな怖い顔できるんじゃねえか。それくらいの元気がありゃ、大丈夫そうだな」

「…(だま)れ」

「まあまあ。ちょっと俺の話に付き合ってくれよ。答え合わせに来たんだから」

 あっけらかんとする鈴沢に勇人は苛立(いらだ)ちを覚えた。

「…消えろ」

「そう言うなって、連れないなあ。ちゃんとご褒美(ほうび)も用意してやったってのに」

「…うるさい、消えろ」

 その言葉を最後に勇人は再び顔を埋めた。

「聞くだけでいいからよ」

 そう言うと、鈴沢は勇人の目の前に腰を下ろした。

「いろいろ調べてみたんだが、やはり俺の睨んだ通りだった。あのクズのやることもここまで来たら、さすがに放っておけないとは思ってるよ。杉宮ってやつのことは知ってるか?」

 勇人からの反応はない。鈴沢という存在を完全に拒絶(きょぜつ)したのだろう。

「返答しない場合はイエスを取るぜ。まあ、その杉宮ってのがな、子供を治してやっただろうに、恩をあだで返すような真似(まね)をしたのが始まりだ。奴は息子の命を助けてもらったにも関わらず、須藤に軽く(おど)されただけで簡単にお前のこととお前の恋人のことを()いちまった。んで、須藤がそれを元に彼女の連絡先を入手し、呼び出した。そして、その後をつけていった、って感じだな。しかも、杉宮の奴、お礼金だかももらったみたいでな。こいつもクズだな」

 勇人は知らない事実に興味を鈴沢に向けた。

「少しは聞く気になったか?」

「うるさい、いいから続けろ」

「かわいくないねえな。ここまではお前も知らない話だったろ?」

「うるさい」

「はいはい。まあそれで彼女の後をつけていった須藤は家で彼女を確保(かくほ)して、お前の帰宅を待っていたわけだ。そこから、須藤は彼女を殺し、お前まで手に掛けた。が、彼女は死に、お前だけが生き残った。須藤は前々から、奇跡の囀りを追うために組まれた特別なチームのリーダーをしてて、お前を捕まえるまではそこからどうすることもできなくてよ、拒否(きょひ)すれば出世も何もない。彼女はその八つ当たりに巻き込まれたってとこかな。どうかな?」

 ――そんなことのためにキョウコを…!

 勇人は溢れそうな涙を(こら)え、拳を強く握った。悲しみに震える拳は鈴沢からも見て取れた。

「その感じだと、大筋(おおすじ)話は間違いなさそうだな。課長に報告しなきゃいけないんでね、確信が欲しかったんだ」

「もう、いいんだ。もう…何をしてもキョウコは帰ってこない…」

「まあそうだな。死んだ人間を生き返らせるのは、流石のお前も無理ってことか。お、そうそう」

 思い出したように鈴沢は何かを取り出し、それを置いた。

「もう俺は十分に満足したから、ご褒美だ。これしか持ってこれなかったが、まあ受け取ってくれよ」

 鈴沢が差し出したのは、血に()れた便箋(びんせん)と指輪だった。

「さて」

 鈴沢は立ち上がり、その部屋を後にしようとするが、扉を開けたところで足を止めた。

「彼女は死んだが、お前は生きてる。次にお前がしなきゃいけないことは、なんだ?それを考えるんだな。答えはもう知っているだろうが」

 鈴沢は今度こそ部屋を後にした。

 勇人はその背中を見送ることはなく、うなだれていたが、鈴沢のご褒美とやらに目を向けた。血の付いた便箋には【ゆうくんへ】と書かれていて、それは確かにキョウコの字だった。

 勇人はおもむろにその便箋を手に取り、中から手紙を取り出した。



 世界一大好きなゆうくんへ

 初めはどうしようか迷ったけど、せっかくの記念日なので、手紙を書くことにしました。珍しいことするからうまく書けないかもしれないけど、そこは許してね。

 私たちが一緒に暮らし始めて、もうすぐ二年になるね。ゆうくんは記念日とか(うと)いからきっと忘れてるんじゃないかな?忘れられるのは(さみ)しいけど、その分こうやってサプライズのできるチャンスかな?とか思っちゃった。

 私たちが付き合ってからもう四年以上、出会ってからなら十年以上が経つけど、ゆうくんはどう思ってるかな?

 私はね、私が不安になって変なこと言ったりしても、ゆうくんはいつも優しく包み込んでくれてるし、いつも私のわがまま聞いてくれてる。

私はそれがとっても嬉しくて、甘えさせてもらってるなあ、と実感してます。いっぱいいっぱい感謝してるんだよ!

 最初に告白されたときのこと覚えてる?冗談めかしてごまかしたけど、本当はすごくすごく嬉しかった。実はね、ゆうくんが思うずっと前から、私はゆうくんのこと好きだったんだよ?知らなかったでしょ?

 ほんとはね、こうやって生活するようになってから、きっとゆうくんが生活をするのにいろいろ制限されてるのを見てるのがたまに辛くなっちゃうの。そんな時、私のお父さんとお母さんの言葉を思い出すの。社会は甘くない、って言われて、私も今それを実感してるし、でも私はお金がないから幸せじゃないなんて一度も思ったことない。

 心の底からゆうくんがいれば、それだけで後は何もいらないって思えるよ。ゆうくんもそう思ってくれてるかな?そうだと嬉しいな。

 ついでなので、普段(ふだん)言えないことを書いちゃおうと思います。私はゆうくんのこと、ほんとにかっこいいと思ってるよ。見た目のことだからね?

それにすごく頼りになるところも、いつも優しいところも、たまに小馬鹿(こばか)にしてくるところも、意外とかわいいところも、全部ぜーんぶ大好きです!!手紙なら恥ずかしくないかなって思ったけど、書いてたら恥ずかしくなってきちゃった。

 そして、いろんな人たちを救っているゆうくんを私は本当に(ほこ)らしく思います。ゆうくんの力が周りの人を幸せにしてる、そう思うたびに、私もゆうくんにいっぱい幸せをもらってるんだなあと思い出します。

 本当はまだまだ言いたいこといっぱいあるんだけど、長くなりそうだからこの辺でやめておくね。

 最後に…これは報告っていうか、サプライズプレゼント!みたいになればいいなあと思うんだけど…

 実は私のお腹には小さな命がいます。ゆうくんの子を妊娠(にんしん)しました!わーい!まだ一ヶ月だけどね。

 ゆうくんは喜んでくれるかな?私はそれを聞いた時、今までの人生で一番幸せな気持ちになったと思います。でも、きっとまだまだこれからこの一番を()えるくらいの幸せがいっぱいあるんだろうな、って考えるとわくわくしてます!

 そうやって、ゆうくんと一緒に毎日、毎月、毎年を過ごしていけることに感謝(かんしゃ)愛情(あいじょう)を忘れないでいたいと思ったよ。

こんな私ですが、この子ともどもこれからもどうぞよろしくお願いします。

三人で一緒に幸せになろうね。

ゆうくん、愛しています。

                                キョウコより



とめどなく(あふ)れる涙を、勇人は拭うつもりもなかった。

「ああぁ…キョウコ…ああ……」

 ぼろぼろと(こぼ)れ落ちる感情をどうすることもできなかった。

 勇人はゆっくりと指輪に手を伸ばし、それを左手の小指に()めた。

「あ、あぁ、ア…」

 (おさ)まることのない感情が、咆哮(ほうこう)となる。

「あああああああぁぁぁぁぁぁああぁぁぁあぁあああぁぁあああああぁああああぁあああぁあああアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァアァァァァアァァァァァァア」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ