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過去、事件後

「これが、俺が調べた限りの事件の概要、事実だ」

 新堂、瑞葉はともに言葉を(はっ)しなかった。いや、発せなかったのだ。あまりの事実を突きつけられて。

「少し休憩(きゅうけい)しよう」

 瀧崎の言葉に新堂はハッとした。

「あ、はい。そうですね。私、何か買ってきます」

 新堂はいち早く動き、病室を後にした。その目に涙を溜めて。

「どうして…そんなことが許されるの…?お父さん…」

「許されてはいけない…俺もそれが許されることがあってはいけないと思っている」

 顔を上げようとしない瑞葉の表情を窺い知ることはできない。

「続きを聞けるか?」

 瑞葉のことを心配した瀧崎は声を掛けるが、瑞葉は気丈(きじょう)に振る舞った。

「大丈夫。私は最後まで聞かなきゃいけないと思ってる」

 顔を上げた瑞葉のその顔つきは強い意志を持っている。

「ならいい。じゃあ、美那が戻ったら、続きを話そう」

「うん」



―――――――――――――――



 勇人が目を覚ましたのはベッドの上だった。医療(いりょう)器具(きぐ)が揃ってはいるものの、大よそ病院と呼べる雰囲気ではなかった。

 一面のみがガラス張りになっていて、残りは白い無機質な壁に囲まれた部屋。全体的に簡素(かんそ)な造りをしていて、部屋内にも、医療器具以外では洗面台、そして机と椅子という最低限(さいていげん)殺風景(さっぷうけい)な部屋だった。

 腹部(ふくぶ)に受けた傷は()え、跡形(あとかた)もなくなっていた。それもまた、勇人の力の恩恵(おんけい)と言えようか。

 意識こそ覚めたものの、彼はその場から動こうとしなかった。

 勇人が目覚めたのは、あの日から二週間が過ぎてからだった。



 瀧崎が所属する部隊部では月に一度、各課の課長が集められ、部内の定例(ていれい)会議(かいぎ)が行われる。毎回、各課の動きや周知(しゅうち)があればそこで報告されるのだが、今回だけは違った。

 二週間前に起きた事件についての話題(わだい)で持ちきりになった。そこには須藤の姿もあった。

瀧崎が事件を知ったのはそのすべてが終わってからだった。そして、今回の定例会議には自分の立場(たちば)を捨ててもいい、そんな気持ちで(いど)んでいたのだ。

 部隊部の長、仙波(せんば)がその議長を務めることとなることもこの会議の定例である。

「えーでは、一通りはこれで終わりですね」

 そう話を収めた議長の仙波はメガネをかけていて、知的な雰囲気を持ったスーツの似合う男だった。そして、その場にいる誰よりも若いという異質(いしつ)さを持っていた。

「では、最後に私から。えー二週間前にですね、えー起こってしまった事件について、少し議論(ぎろん)したいと思うのだが、皆はどうかな?」

 誰からも返事はない。しかし、瀧崎がその沈黙の中、挙手した。

「特務課、瀧崎です。よろしいですか?」

「うん。構わないよ」

 瀧崎が立ち上がる。

「先日起こった事件について、報告書を拝見(はいけん)させていただきました。しかし、不明と思われる点がいくつかあったので、当事者(とうじしゃ)である須藤さんに質問させていただいてもよろしいでしょうか?」

「もちろん、構わないよね?」

 仙波は須藤に視線を投げる。

「もちろん構いませんよ、私は」

 須藤は会議用のテーブルの上で自信たっぷりに手を組んでいる。

「ではまず、報告書の四十八ページ。皆さんも手元に報告書があると思われますので、参照ください。ここに記されている杉宮という男ですが、この男はどこから情報を入手したのでしょうか?そこの詳細(しょうさい)については記載(きさい)がなかったのですが」

「それは彼の方から連絡がありましてね、実に不思議なことが起きた、と」

「それは本当でしょうか?」

 更に瀧崎が追及(ついきゅう)する。

「ある(うわさ)によりますと、須藤さんの部下が難病(なんびょう)を完治した患者(かんじゃ)たちを(おど)して回っていた、などという話もありましてね」

「それはただの噂でしょう?そんな事実(じじつ)無根(むこん)な情報を頼りに質疑(しつぎ)応答(おうとう)しようとは、まったく瀧崎さんも焼きが回りましたかな?」

 はっはっは、と須藤は高らかに笑ってみせた。

「うーん、確かにそうだねえ。瀧崎君、そんな質問はよくないかな」

「申し訳ありません、では、次に移ります」

 分厚い報告書を瀧崎は更にめくっていった。

「少し飛びますが、三百七十五ページ。正直、ここには疑問を感じずにはいられませんでした。この、彼に加担(かたん)していた少女が能力者であり、刃向(はむか)ってきたためにやむなく正当(せいとう)防衛(ぼうえい)をした、というところです」

「そこがどうかしたのかい?」

 仙波にはまだ質問の意図が伝わっていない。

「まず第一に、少女の能力についての記述(きじゅつ)がないことです。本来であれば、少女の能力をわかる範囲(はんい)でも記載するのが義務(ぎむ)ではないでしょうか?」

「確かにそれもそうだねえ」

「いいですか、議長」

 須藤が挙手をする。

「もちろん」

「それに関しては、詳細は不明、と記載したはずですが?あの時は私どもも混乱(こんらん)していたのではっきりと覚えておらず、(あやま)った記憶による誤った情報の記載を避ける意味でもそういった表記にさせていただきました」

 正当な主張ではあるが、瀧崎は食い下がる。

「しかし、それにしても発現者であることがはっきりと証明(しょうめい)されていないことに私は強い違和感(いわかん)を覚えました。これに関してはどうお考えで?」

「どうも何も、確かにこちらとしても命の危険があったわけですから、それは発現者と考えるのが妥当かと思いますが」

「そもそも、我々は発現者たちを保護し、その存在を常に把握(はあく)しているのに、この少女に限ってはリストにも載っていない、というのはおかしいと思いませんか?」

「瀧崎君、質問の意図を明確にしないとだめだよ。それは明らかに今の件には関係ない」

 仙波の的確(てきかく)指摘(してき)に瀧崎は(さと)された。

「申し訳ありません」

「瀧崎さん、何が言いたいのかね?」

「この少女は本当に発現者だったのか、ということです」

 会議室内がざわめいた。誰もがその予想だにしない言葉だったということだろう。

「何を言い出すのかと思えば…まったく(あき)れますね。でしたら、貴方の方で死体でもなんでも調べていただいても結構ですよ?何も出ないのが目に見えていますがね」

――ぐっ。こいつ…!それをわかっていてか…!

 須藤に()()せられた瀧崎はこれ以上の追及を(あきら)めた。

「…私からは以上になります」

 瀧崎は腰を下ろした。




 激しく開かれた扉に中にいた数人は体をビクッと(ふる)わせた。

 部内会議から戻った瀧崎は荒れていた。須藤に質問をかわされ、その片鱗すら引き出せなかったことに苛立ちを(つの)らせていたのだ。

しかし、証拠もないこちらの身としてはそれをどうこうできるわけではない。ただの言いがかりでしかないが、瀧崎には確信めいた自信があった。

「あれ、課長。荒れてますなあ」

 のんびりとした声をかけてきたのは鈴沢だった。

「うるさい!あの化け狐め…許さんぞ!」

 その分厚い報告書を自分の机に叩きつけるように置いた、いや投げた。

「まあまあ、落ち着いて。そりゃあ、娘さんの命の恩人(おんじん)が関わる事件ですもんね。感情的になるのもわかりますけど、落ち着いて事実を見極(みきわ)めないと大事なことも見落としちゃいますぜ?」

「わかっている。わかってはいるんだ!!」

 瀧崎は机を両の拳で叩きつける。

わかっているようには見えないけど、と鈴沢は呟いた。

「で、どうするんで?」

「うむ。わからん」

「………課長?」

 やっぱりわかってなさそうだ、と今度は心の中で鈴沢は付け加えた。

「わかりましたよ。ちょっと、俺が調べてきますよ。こう見えても調査(ちょうさ)は結構得意分野なんでね」

 鈴沢は上着を羽織(はお)ると、悪戯(いたずら)な笑顔を見せた。

「じゃあ、課長。今週の俺の仕事、全部抜いといてくださいねー!」

 鈴沢は逃げるようにその場を後にした。それだけを言い残し。

謙也(けんや)!ったく、あいつだったら、本当に困ったやつだ」

 瀧崎の表情が困っているという風には決して見えなかった。




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